第340話 リンクの戦い
「ご主人様」
「……ホルン」
アタシは伏せていたご主人様の傍まできてしまった。
前世も今も即断即決がモットーのアタシが、こんなに悩んでいるのは初めてだ。
それほど、答えを出すのに悩む選択だ。ご主人様か、那由多か。
久音と全く同じであろう気持ち。那由多を傷つけたご主人様のことは許せない。けどご主人様を大切に思っているのも事実。
この気持ちには自分で答えを出さなくてはならない……けど、その前に落とし前は付けなきゃならない。ご主人様に、那由多を酷い目に合わせた責任を取ってもらうのだ。
だが。
「えっと……その……」
勝てるわけないだろ。アタシが。
スイピアを宿したことで凄まじい強さを手に入れた久音と、転生によって弱体化したノアマリーとは違う。こっちは死体人形がなけりゃ仲間うち最弱のアタシと、転生の繰り返しによって今がまさに全盛期の、多分世界で2番目に強いルクシア様だぞ。
勿論勝てる勝てない問題じゃないんだけど、これはもうそれ以前の問題だ。
その気になればご主人様はアタシを1秒もかからずに瞬殺出来る。
仮に「ご主人様がアタシを一切攻撃しない」という条件をつけてくれたとして、1年の間に一撃でも入れば奇跡だ。
それくらいご主人様は強いし、アタシと絶対の実力差がある。
那由多がそれを望んでいるとは思えない。せっかく那由多に貰った第2の命だ、それを那由多のために戦って散らしたとなればあの子は悲しむ。
だからアタシは、久音と違って代わりの敵討ちに臨むことはできない。
それならアタシに出来るのは―――せめて那由多と一緒にいてやることじゃないのか?
大事な大事な親友の横にずっといてあげて、そのすべてを肯定してあげることなんじゃ?
答えは―――決まった。
「ご主……ルクシア、様。アタシは……!」
意を決して言葉を紡ごうとした、次の瞬間。
アタシの頬に凄まじい衝撃が走り、アタシは数メートル吹っ飛ばされた。
「ぶへっ!?」
ズキズキと痛む頬と取れた歯を吐き出しながら、何事かと振り向く。
そこにいたのは―――!
「あはははは!すっごい綺麗に入ったわね!流石リンク!ナイスストレート!あははははは!」
「てめぇ……なんのつもりだ!」
アタシを殴ったのはリンクだった。
普段ならアタシもやり返して喧嘩するところだが、今回ばかりはそうもいかない。
今の状況分かってるのか?アタシは今、本当に身を切る思いなんだ。
いつもみたいな殴り合いで済むとでも思っているのか?ふざけてる場合か?
バカだバカだとは思っていたが、そこまで愚かなやつだったのか?
「リンク!?」
「何をしているのだお前は!」
仲間たちもさすがに咎めるような声を出したが、リンクは笑いを止めない。
アタシは怒りとか呆れよりも、どこか困惑していた。
リンクは、アタシらの中で一番加入が遅い。だから確かに付き合いもこの中では短いし、そもそも嫌いだからよく知ろうとも思わなかった。
だけどそれでも仲間だ。寝食も苦楽も共にし、同じ主のために切磋琢磨した。
それなのに、なんでこんなことになる?頭がおかしくなったか?
「何をしている、ですってぇ?決まってるじゃない、こいつがアホなこと言いそうだったからとりあえずぶん殴ったのよ」
「は、はあ……?」
「お前……」
「このクソアマ……何を言い出すかと思えば……!」
どうやら本格的に、思っていたよりもバカだったらしい。
「……リンク、あなた」
「なんだよお前、邪魔すんなよ!部外者だろうが!」
「部外者じゃないわよ。お姉様の問題はアタシの問題。つまりあんたはアタシの問題でもあるわけ。わかる?」
「無茶苦茶言ってる場合じゃねーんだよ!お前、アタシがどんな思いで……!」
「あんたが導いた結論がどっちか、見当はつく」
睨みつけてもリンクはひるまない。
それどころか語気を強めて、アタシにゆっくりと近づいてきた。
「けどそれを聞いたら、お姉様はショックを受けちゃう。だから言わせない。アタシが代わりに、あんたをとりあえずぶっ飛ばす。いつもやってるのと大して変わらないでしょ?」
「……っ」
何を言ってるんだこいつは。
滅茶苦茶なんてもんじゃない。空気が読めてないとかそれ以前の問題だ。
「どけリンク」
「どかしてみなさいよ」
「お前ごときと殴り合ってる場合じゃない」
「はっ。逃げるってこと?」
「んな挑発したって無駄だ」
「いずれにしろ、お姉様とは話させない。どうしても話したいなら、リンクを倒してみれば?やれるもんなら」
「ざっけんな、なんでお前の許可がいる」
「……ごちゃごちゃうるさいわね、こうしたら分かる!?」
「っ!?」
リンクはアタシと一瞬で距離を詰め、アッパーを繰り出してきた。
それを躱し、リンクに触れた状態で《魂魄衝波》を使用。
リンクを吹っ飛ばし、飛んでった方向にいた死体人形を操作しながら森の中を走る。
あいつには物理で戦えば勝機はない。アタシ自身は身を潜め、死体人形を操作して隙を作りつつ魂をぶつけて衝撃を与え続ける。
そのためには死体人形の数が心もとないな。どこかに強い魔獣がいれば殺して補充するのに。
リンクは「可愛くない」と言って否定しているが、あいつはあれで純粋な強さならアタシらの中で最強だ。実力を温存してくれている間にぶっ飛ばす。
普段から自分の強さを認めずに手を抜くクセ、今こそ後悔するがいい!
……え?
アタシ、なにやってんだ?
なんでリンクを追ってる?吹っ飛ばした時点でご主人様と話せばよかったのに。
伸縮魔法で戻って来られるとはいえ、数秒の余裕はあった。
そんな僅かな時間で片を付けたくない話だったから、邪魔なリンクを先に倒そうとした?
いや、違う、きっとそんな論理的な思考は持ってない。
ただ、あいつに―――リンクに売られた喧嘩だった。
だから買わないわけにいかない。それは負けを認めたことになるから。
なんでそんなこと思ってんだ、アタシ?那由多のことを思い出した以上、コイツのことなんてどうでもいいはずなのに。
「《縮地》」
「っ!」
困惑しているアタシのすぐ近くに、リンクが現れた。
《伸縮魔法》―――こいつの魔法だ。その名の通りあらゆるもの―――概念を含む―――を伸ばすか縮めるか出来る。
実に厄介だ。本当に癇に障る。
「6号!潰せ!」
空を旋回させていたプテラノドンみたいな魔獣をこちらに突撃させる。
リンクは命中の前にどこかとの距離を縮めて見えなくなった。
だが、オーラが見えるアタシに気配を殺しての不意打ちは通用しない。
それどころか時間をかければかけるほど、各地に設置しておいた死体人形が終結する。長期戦になるほどアタシが有利だ。
……まただ。だからなんで、リンクと戦う方に話が引っ張られる?
アタシはアイツが嫌いだろ?アイツもアタシが嫌いだろ?
今までは仲間だから最低限のコミュニケーションはとってたけど、離れると決めた以上それも必要ない。
なのになんでこいつに付き合ってる?
「余所見してていいの?そんなんじゃアタシを倒すなんて夢のまた夢よ?」
「……うるせーな。考え事してんだよ」
いや、もうやめよう。
よく考えれば―――最後にコイツと決着をつけるってのも、悪くないのかもしれない。
「もういい、とりあえず目の前のことだ!死ねええリンク!」
「やっとやる気になった?そっちこそぶっ殺してやるわホルン!」