第337話 ノアvsクロ3
薙ぎ倒された木々の中心で、わたしの闇とノア様の光がぶつかり合う。
何度も互いに打ち消し合い、何度も魔法を掠らせた。
「《無数の粒光》」
大規模な魔法を使われるたびに、それとほぼ同量の魔力を用いた防御魔法で対処する。攻撃が終われば一瞬の隙をついてわたしが攻撃し、ノア様が打ち消す。それが続いたが、次第に戦況はノア様優勢に傾いていった。
「ぐっ……!」
理由は明白、純粋かつ単純な力量差だ。
わたしはノア様に魔力量では勝っている。逆を言えば、それ以外は負けている。
最たるものが魔法の発動速度だ。わたしは中位魔法であれば発動まで約0.4秒。この世界の平均と照らし合わせれば早い方のはずだが、それをノア様は0.2秒でやってのけてしまう。つまり、わたしが魔法を1つ用意する間にノア様は2発撃てる。
2倍の速度で攻撃されているようなものだ。だからわたしは先んじて魔力密度の高い防御を用意し、その影に隠れている間に別の攻撃魔法を使うしかない。
そのワンクッションで徐々にわたしの手札を削がれ、後手に回らざるを得ない。
それでもなおここまで食い下がれているのは、《制限解除》の力で反射神経と動体視力を高めているため、死角からの攻撃をすべて対処出来ているからだ。
「《食い散らかす闇》」
至近距離から魔法を発動させる……が、ノア様は遠くに設置している起点から発された光線で撃ち消した。
改めて感じる。互いに相性が悪いという闇魔法と光魔法だが、それは実力が拮抗している場合なのだと。
実力に天地程とは言わないまでも開きがあるわたしとノア様では、間違いなくアドバンテージがあるのはノア様だ。
わたしは闇魔法を”打ち消される”立場で、ノア様は”打ち消す”立場。戦いの主導権を握られている以上、このままでは打ち消しの隙をどこかで突かれてわたしが敗ける。
それを回避するには―――。
「流石の御手際です、ノア様」
「今のあなたに褒められてもあまり嬉しくないわ」
「本心からなのですが、残念です」
超高速で動くノア様の隙をついて、体のどこかを掴んで速度を殺し。
その至近距離で、打ち消すだけの出力を瞬時に出せない、最高位魔法を使うしかない。
「……良い気持ちじゃないわね。誰よりも信頼していた子を攻撃するっていうのは」
「お互い様です」
「じゃあ引き下がってくれないかしら。今ならまだ、私の我儘50回で許してあげる」
「ノア様の我儘はほぼノア様自身のためにならないものですのでダメです。それに、これはわたしの意思というよりは那由多のための落とし前ですから」
ノア様の光の剣が頬を掠る。瞬時に手の平に闇を収束させて撃ちだすが、案の定かわされた。
やはり、あの超高速をどうにかしない限りはわたしに勝機はない。ノア様のスピードは初速で約マッハ1.5、最高速ではマッハ100を超える。
身体を光と同質にして移動するために衝撃波などの影響はないが、それを差し引いても余りある速度だ。
だが、それ故に弱点もある。1つはいわずもがな、闇魔法の影響を受けると速度が即座に失われる点。
もう1つが、他人に掴まれていたり、一定以上のダメージを負っているとその速度が出せないことだ。他人に掴まれている箇所や傷が深い箇所は光と同質に出来ず、そのまま高速移動するとその箇所のみが光になれずに空気の壁で抉られる。流石に少し肉をつまむ程度ならノア様も多少のダメージは諦めて移動し、受けたダメージは即座に治癒することで補うだろうが、腕全体を掴めれば流石に使わないだろう。
何度も何度もノア様と組み手をして気づいた、わたしだけが知っているノア様の弱点。そこをつけば、いくらノア様といえど深手を負わせるくらいは出来る。
そうなれば治癒しきるまでは高速移動を使えなくなる。後は回復の暇を与えないように闇でゴリ押しすればおそらく勝てる。
だが、そこに至るまでの難易度はあまりに高い。今まで模擬戦や組手中にノア様をわたしが掴むことが出来たのはたったの一度。それもルシアスと組んで戦った時だけだ。わたし一人で本気のノア様を捕らえるなんて普通の方法では不可能だ。
「……一つ聞かせなさい」
「?」
「あなたにとって―――ナユタとは何?」
「……そうですね」
ならどうするか。
「親友であり、恩人であり、家族よりも家族らしい―――わたしの命よりも大切な人です」
「……そう。あまり聞きたくなかった、期待通りの答えね」
「申し訳ございません。……ですがノア様、『私とどちらが大事?』とは聞かないんですね」
「………」
「裏切り者として処断されても文句が言えない立場のわたしを、それでも気遣ってくださる―――あなたのそういうところにも、わたしは惹かれたんです。だから、ごめんなさい」
「なっ……!?」
「わたしはノア様の優しさを利用する、不出来で最悪な配下です。許してくださいなどとは口が裂けても言えませんが―――それでも、この戦いはどんな手でも使わせて頂きます。でないと那由多に合わせる顔がない」
わたしは手にピンポン玉程度の闇を生み出し。
それを、自分の腹に押し当てた。
「かふっ……」
「何をしているの!」
流石に内臓が傷つき、激痛と共に身体の奥から血が昇ってきて口から出てきた。
こんなことをしているわたしを、ノア様は焦ったような顔で見てくれている。
本当に、優しい方だ。
「……問題、ありません。闇魔法で消したものは、自分限定なら治せます。ただし」
体内に入れた闇は一旦収縮し、やがて膨張する。
具体的には、わたしの身体を細胞一片も残さず消し去るくらいまでだ。そこまで大規模ではないが。
「あらかじめ時限式にセットしておけば、自動で闇魔法による影響を元に戻せます。スイをこの身に宿した時も、この方法を使いました。ですがそれは、魔力が流れる肉体が、存在している場合です。魔力ごと、完全に身体を、消せば―――」
わたしの身体は、二度と戻らない。
その時点で死亡だ。
「なんのつもり―――」
「……御冗談を。聡明な貴方様なら、分かるでしょう?」
わたしは少しだけ震える身体を無理やり止めて、体内で闇を爆発させた。
徐々に大きくなる闇は、わたしの内臓をどんどん飲み込み。
―――フッ。
「……信じていました、ノア様」
「こ、んの……バカ……!」
目で追えない速度で移動してきたノア様が、わたしの胸に手をかざしたことで痛みが止まった。
消えた内臓はまだ戻っていない。けど心臓に届く前にノア様が打ち消したから、意識を失うまではまだ時間がある。
わたしはすぐに手を引こうとしたノア様の腕をガッと掴んだ。
「……わたしに止める意思がない以上、わたしを助けるには体内の闇を光魔法で打ち消すしかない。けど高密度の闇、しかも視認できないかつ重要臓器を傷つける可能性がある体内で正確に闇魔法だけに魔法を当てるには、嫌でも至近距離まで近づくしかない。わたしをまだ案じてくださっていると信じられる貴女に対してだからこそ出来る賭けでした」
「はなしっ」
ノア様を捕らえるのが難しいなら、ノア様から近づいてもらえばいい。
なら近づいてもらうにはどうすればいいか?色々手段はあるが、最もいいのは人質を取ることだ。
だからとった。わたし自身を人質に。
この至近距離なら、事前に編んでおいたこの魔法は躱せないし打ち消しきれない。
「《豊穣黒める闇》」
「!」
直後、闇が周囲を完全に飲み込んだ。