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第332話 究極の選択

 クロとホルンだけを残して、私たちは2人の声が聞こえないように移動した。

 もしかしたらルシアスは聞こえてしまっているのかもしれないけど、もうそれは仕方がない。

 それを気にするよりも、私たちには考えなきゃいけないことが山ほどあるんだから。


「お、お嬢様……」

「………」


 オトハがお嬢に話しかける。けどお嬢は何も話さない。ルクシア側も似たような感じだった。

 何も言えない。その気持ちは私でも分かる。お嬢の中には、当事者にしか分からない多くの感情が渦巻いているんだと思う。

 きっと関係のない、安全が保障されている第三者が聞けば、お嬢を責め立てる。私もお嬢への気持ちが無ければきっとそうしていた。

 だけど―――お嬢がナユタにしたことは、多分ナユタ以外の世界の人間全員にとって最善だった。それは間違いない。

 だって、お嬢たちにはナユタの目的なんて分かるわけが無かった。ナユタの目的が全人類絶滅とか、そんな可能性も考えなきゃいけなかった。だからこそお嬢たちは、自分の寿命を犠牲にしてまでナユタを封印した。

 いや、仮に目的を分かっていたとしてもお嬢は止めたと思う。ナユタの目的の完遂はすなわち、最低でもスイは失うことだったんだから。


 そう、最善のはずだった。

 けど、ナユタの目的は大切な人の転生で―――その大切な人は、今はお嬢の右腕のクロだった。

 クロにとっては今のお嬢は、親友を1000年も閉じ込めた酷い人だ。


「お嬢……」


 今回の話を善悪に振り分けるとしたら、きっと悪はナユタの方だ。

 だけど、そう単純な話じゃない。だって、ナユタがいなければクロに会えなかった。そしてナユタは、お嬢にとっては仇敵でもクロにとっては親友だ。

 そう、きっと―――私たちより、大事な。


「っ……」


 そう思っただけで、心がぎゅって締め付けられる感覚があった。

 クロを失う。それも、お嬢から離反するという形で。

 今まで、色々なシミュレーションを行ってきたわたしがただの一度も行わなかった想定だ。

 それほど、クロにとってお嬢は絶対の存在だった。

 だけど、もう1人いたのだ。決して絶対ではない、対等な―――それでいて大切に思い合う親友が。

 私も、こんなことを想定できるわけがない。

 それでも私は、自分の役目を果たさなければいけない。

 これまでのクロの行動やお嬢への思いを数値で仮定、その後クロのナユタへの思いも参照し、ある確率を計算する。

 たっぷり20秒かけて行った計算結果を、皆に伝えた。


「”クロが、裏切って、ナユタと一緒にいる、選択、する確率”―――68.5%」

「……!」

「高い―――いや、低いって思うべきなんだろうな」


 あのクロが、これから約7割の確率で私たちの元を去る。

 その事実に、私は身体の奥底から凍えてくるような身震いをした。

 誰も開かなかった口を―――最初に開いたのはルシアスだった。


「なあ、姫さん。複雑な気持ちのところちょっと悪いが、いいか」

「………」

「もしクロがあんたを裏切る選択をしたら―――俺はクロにつかせてもらう」

「なっ……!」

「ルシアス、何を言っているか分かってるんですの!?」

「分かってるよ。今回の件、正直あんたは何も間違ったことしちゃいない。非はナユタにあるんだろう。……だが、俺はこいつらほどあんたに忠義の心は持ってなくてな。それなら俺は、クロの味方をしてやりてえ」

「嘆息、この前盛大にクロに喧嘩を売ったらしい男がよく言う」

「はっ、まあな。あの時は随分アイツを怒らせちまった。だからその分はアイツに返さねえと。……それによ、あんな話聞かされちゃナユタにもちょいと同情しちまうだろ」

「……それは」

「そりゃ、目的のために手段を択ばないのはどうかと思うぜ。だがよ、そのスタンスは姫さんと同じだろ。ナユタとあんた、この世界に及ぼした被害は大して変わらない……むしろあんたの方が上のはずだ」

「……そうね」

「あんたにとっちゃ、ナユタは自分の仲間を殺した許しがたい宿敵かもしれねえ。だが悪いが、俺にとってはそいつらは顔も知らん1000年前の人間だ。それでナユタを恨めって言う方が無理だよな。……だったら、ただ親友と一緒にいたいっていうアイツの願いを、邪魔したくないと思うのは悪いか?」

「……っ」

「だが、最終的にナユタの元に行くかどうかを決めるのはクロとホルンだ。だから俺は判断をクロに委ねる。俺のスタンスは以上だ」


 いつもならきっと、ここでオトハが何かを言う。

 裏切る気かとか、不忠者とか……そんな言葉を。

 けど、何もオトハは言わなかった。私も何も言えない。

 だって、ルシアスの言い分も分かるから。

 ナユタから受けた痛みや苦しみなんて、当事者のお嬢以外に分かるわけがない。


「お前らはどうなんだ?もしクロが俺らの元から離れたら、どっちにつく?」

「意見、状況による。対峙した限り、ナユタの強さは正直異次元。ウチでも底が見えない。正面から敵対するのは愚策と言っていい。ナユタがクロたちを手に入れた後の目的が分からない以上、下手に敵味方を決めることは出来ない」


 ルシアスの問いかけに対し、リーフは彼女らしからない風見鶏みたいな回答をした。

 だけどそれもそのはず、リーフは私たちの仲間である以前に帝国の軍人だ。帝国に不利益を与える行動をするわけには行かない。

 例えば、もしナユタの目的が『全世界の人類を絶滅させて文字通り3人だけの世界を作る』こととかならリーフも全力で抗う気だと思う。

 だけど『お嬢の首と引き換えにこの大陸以外に手を出さない』とかなら?

 それならナユタの側についてお嬢を殺せば少なくとも今の帝国は守られる。

 フロムの”リーフを王にする”という目的は遠のくけど、史上最強のナユタとその息がかかった存在が解き放たれ、帝国を蹂躙されるよりはマシだ。

 ナユタほどの魔術師が、何の準備もしていないわけがない。彼女を閉じ込めている結界も破ろうと思えばそう遠くないうちに破れる可能性すらある。

 なにせ1000年経っている。話を聞く限り私以上に観察と解析の能力にたけた天才なんだから、そのくらいは出来そうな気がする。

 つまり、リーフはナユタの今後の目的次第。クロたちと再会できて一緒に暮らすだけでナユタが満足するなら、邪魔も手助けもしないってとこだと考えられる。


「お前らは―――」

「聞くまでもないでしょう?クロさんは大事ですが、私がお嬢様を裏切るなど天地がひっくり返って太陽が西から昇ろうと有り得ませんわ。最後までお嬢様につきます」

「僕は……正直、ナユタの気持ちも分かる。けど忠誠を誓った主人に加えて姉を敵に回したくはないかな。だから僕も最後までノアマリー様につくよ」

「そうか。……お前はどうするんだ、ステア」

「え……」

「いや、それはお前が一番悩んでるわな。悪い、忘れてくれ」


 唐突にルシアスから投げかけられた質問は、私が考えないようにしていたことを思い出させた。

 ああ、そうだ。もしもクロがお嬢の元を離れたら。お嬢と敵対したりしたら。

 私は、2人のうちどちらかを選ばなきゃならないんだ。

 どちらかを……敵に回さなきゃならないんだ。


(そん、なの……)


 どっちも、私を救ってくれた恩人。離れることなんて絶対にないと思っていた。

 だけど現実、2人は決別の危機に陥っている。

 私は……私は……。


(決められるわけ、ない……!)


 たった2択。なのに、今まで投げかけられたどんな問題よりも難しい。どっちを選んでも辛いに決まってる。


(私は、こんな辛い思いをするために……未来を変えたんじゃないのに……!)


 呼吸が荒くなり、視界がぼやけてくる。

 少し試すと、精神魔法がほぼ使えなくなっていた。


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