第30話 帰宅準備
「あっ………」
「首輪が、首輪が外れた!」
わたしたちにビビって壁際に寄っていた子供たちは、しかし首輪が落ちた途端に歓喜の声を上げた。
ステアも、ボーっと落ちた首輪を見ている。
「ノア様、この者たちの死体はどうなさいますか?」
「金目のものだけ剥ぎ取って、闇魔法で消してしまいなさい。血の跡とかも全部よ」
「かしこまりました」
わたしはノア様に言われた通り、男たちが腰にぶら下げていた財布、腕時計、その他もろもろを回収した後に、闇魔法《底なし沼》に死体をドボンする。
「終わったようね。お金も結構取り戻せたし、言うことなしだわ。さあ帰りましょうか」
「ええ。ですがその前にノア様、ここの子供たちはどのように?」
「後で調べて、誘拐された子は親元に。売られた子はお父様に言いつけて、適当な貴族の屋敷の使用人見習いにでもしてあげればいいわ」
「ではそのように手配いたしますので、お手数ですがノア様は御父上にお話を通していただけますでしょうか」
「はいはい、わかったわ」
ノア様はテキトーに返事をしながら外に出ようとし、わたしもそれに続こうとした時。
「―――まって」
後ろから声がした。
振り向くと、ステアがそのポーカーフェイスをむにむに動かしながら、わたしたちを見ていた。
自分はどうすればいいのかとでも言いたげだ。
「何してるのよ、ステア」
「………あう、えっと」
僅かに不安の色が浮かぶその顔を見て、ノア様がため息をつく。
「早く来なさい。帰るわよ」
「―――っ!」
バッと顔を上げたステアに、ノア様は近づいた。
「いい、の?」
「いいもなにも、何のためにここまでしたと思ってるのよ。全部あなたを手に入れるためよ?それであなたが来なかったら、私は働き損じゃないの」
「………でも、めいわく、かも」
「迷惑な子を探すために、わたしたちはここまでしたって言うんですか、あなたは」
「………あう」
「あなたのことが必要だから、こんなにいろいろ手を回したのよ?それに恩を感じてるなら、この後のあなたの人生を私に捧げなさい」
そして、わたしにもかけた、酷く、だけどなによりも魅力的な言葉をステアにかけた。
「私の為だけに頑張りなさい。その代わり、今までの百倍は素晴らしい人生を約束してあげるから」
ステアの頭をポンポンと撫でて、ノア様がそう言うと。
ステアは同じ表情のまま。
その紫色の綺麗な目から、涙を流した。
ステアは表情に出ないだけで、感性豊かな、年相応の娘だ。
辛かっただろうし、痛かっただろうし、悲しかっただろう。
それを、一瞬で解決してくれた人に、魅了されてしまうのは当然か。
「………わかった。あなたのためだけに、がんばる。あなたのためなら、なんでもする。だから、たすけて」
「ええ」
三年もの月日をかけて捜索した、三人目の希少魔術師の才能を持つ少女、ステア。
奴隷として地獄のような幼少時代を送り、虐げられてきた彼女は。
「う、ううっ………ぐすっ………!」
「はいはい、泣かないの」
この時、完全にノア様のものとなった。
それが彼女のためにとって良いことなのか、悪いことなのかは分からないけど。
少なくとも、ステアの心は救われたって、言えるんだと思う。
***
「ノア様、例の子供たちの保護、完全に終了しました。とりあえずこの街の孤児院に一時預かりとし、後にティアライト家の方から遣いを出す方針とします」
「ええ、それでいいわ。領主にはよく言ってあるから、手を出されることもないはずよ」
「よく言ってあるとは、つまり………いえ、深くは聞きません」
昨夜の酒場騒動から一夜明け、わたしたちがティアライト領に帰る日となった。
既に表には馬車が用意され、いつでも帰れるように支度が済んでいる。
「それでノア様、聞いてもよろしいでしょうか」
「なにかしら」
「ステアは何をしているのでしょう?」
「知らない」
その一方で、ノア様が新たに手にした少女、ステアはというと。
「ベッドからピクリとも動きませんね」
「目は覚ましているのにねえ」
「………やわらかい。こんなの、はじめて」
どうやら、藁じゃない本物の布団の新感覚に感動していたらしい。
正確には前にも寝てはいたんだけど、あの時はステアもいっぱいいっぱいで、それどころじゃなかったんだろう。
「ステア、そろそろ行くわよ。家に帰れば、毎日それよりふっかふかのベッドが用意できるから」
「ごはんも、すごかった」
「ごはんっていうかホットケーキでしたけどね。帰ったら焼いてあげますよ」
「メイプルシロップと、なまクリームが、ほしい」
「メイプルシロップたっぷり、生クリームでパンケーキが隠れるくらいの作ってあげますから。どれだけ気に入ったんですかホットケーキ」
「クロ、だいすき」
「なんて現金な子………」
目をキラキラさせてがばっと起き上がり、わたしを涎を垂らしながら見るステアは、完全に子供だった。
「この年で魅力的なものがわかるなんて、何とも将来大物になりそうな子じゃないの。本当にいい子を見つけたわ」
「わたしは子供が二人に増えて、どうしようかと思い悩んでますよ。まあステアはあまり手がかからなそうなのでいいんですが」
「今、遠まわしに私のこと子供って言った?」
「言ってません」
「おじょう、クロ、はやくして」
ノア様がわたしに詰め寄り、必死に目をそらしていると、扉の前で既に準備を整えたステアの姿が見えた。
「いや、ティアライト領はここから馬車で三日かかるので、すぐにホットケーキは食べられませんよ」
「!?」
「そんなガーンとでも言いたげな顔をされても」
「仕方ないわね、前の店で幾つかテイクアウトして行きましょう」
「!!」
「パアア………って感じの表情になったわね」
「あ、ノア様もステアの微妙な表情の違いが読み取れるようになりましたか」
とにかく準備を終わらせ、部屋をある程度整えてから、わたしたちはホテルを出た。
「ところでステア、気になってたんですが」
「ん」
「何故ノア様のことを『お嬢』って呼ぶんです?」
昨日遅く、いきなりノア様がステアを「この子今日から私のものにしたわ」と言って、困惑したみんながノア様に詰め寄るのを振り切って以来、ずっとこう呼んでいる。
さすがに気になるので聞いてみると。
「だって、クロじゃないひとは、みんなおじょうのこと、『おじょうさま』って、よぶ」
「そうですね」
「でも、おじょうさまは、ながくて、いや」
「はあ」
「だから、おじょう」
「な、なるほど?」
確かにノア様を呼ぶ形で、一番短い形に落ち着いていることは否めない。
だけど「お嬢」ってなんかその、マフィアの首領の娘みたいな。
「ノア様はマフィアの娘どころか首領って感じなので、なにやら違和感が」
「違和感感じるところおかしいでしょう。誰がマフィアよ」
「まあそれはともかく、ノア様はこの呼び方でよろしいんですか?」
「いいんじゃないの、可愛いし」
「あ、そうですか」
それもそうだ。
可愛いからいいや。
「お待たせ。馬車の準備はできているかしら?」
「おはようございます、お嬢様。万全でございます。しかしその、本当にそちらの娘を連れていかれるのですか?」
「なによ、文句ある?」
「いえ、その………」
「あ、誘拐ではないので大丈夫ですよニナさん」
「そうなんですか?それならばよかったです」
「あなたたち、本当に私のことなんだと思っているの?」
ニナさんの不安も排除し、わたしたちは馬車に乗り込む。
「ステア、ここに来てください。危ないのでわたしが掴んでおきます」
「ん」
わたしはチャイルドシートよろしく、ステアを抱っこして固定した。
素直で可愛い。
「帰ったらステアの魔法について教えなくちゃね」
「我々もまだ研鑽する必要があります。今回のことで思い知りました」
「ええ、クロにはいずれ、あんな連中一秒もかからずに殺せるくらいの能力が欲しいところだわ」
「頑張ります」
「ステアも、ちゃんと勉強するのよ」
「ん、ちゃんとやる」
「発車しまーす!」
運転手の大きな声を合図に、先頭の馬車が出発し。
わたしたちの馬車もやがて、ティアライト領に向けて走り出した。