第329話 ナユタの過去6
ひとしきり暴れて、怒鳴って、精魂尽き果てた私はその場に倒れた。
どんなに足搔いても、10人以上の希少魔術師が寿命を犠牲にして、私だけを封印するために築いた封印だ。力業で破壊できるものではないし、解除するにも人間の一生なんてとうに過ぎる時間がかかる。
スイピアが死ねば、また時間魔術師を2000年待つしかない。だが、これまでの約500年でもあの2人の生きた時代が過ぎていない可能性は低いのに、そこから更に2000年後となると、それこそ天文学的な確率になってしまうことは明らかだった。
(ああ……久音……永和……)
封印の解析を行う気にすらならなかった。
絶望、喪失感、疲労。そして、私の500年を全て無為にし、親友との再会を絶望的にしたハルとルーチェに対する憎悪でいっぱいだった。
だけどどうすることも出来ない。脱出手段も、復讐する手段もない。
もう疲れた。潔く死んで、死後の世界であの2人に会えることを期待しよう。
封印から1ヶ月ほど経った頃、私はそう思って懐からナイフを取り出し、首に押し当てた。
「ナユタ、様ぁ!」
「え……?」
だが、薄皮一枚切り裂いたところで私を呼ぶ大声が響き、思わず手を止めた。
前を向くとそこには、水色の髪をした若い男がいた。
若いと言っても、その年齢は300を超えている。その男は、私が有用と判断したために言霊で寿命を引き延ばした精神魔術師だった。
アルスを操り殺したあと、あの国は用がなくなったのでさっさと消え、こいつの不死化も解除した。
そいつにかけた言霊は《止まれ》だったので、解除されてすぐに300年老け込むわけではなく、また普通の人間のように老いるようになっただけ。だから生きていたことには驚かない。
だが、何故ここに?私は疑問で思わずナイフを下げた。
「……なんで?」
「ナユタ様がここに閉じ込められたとお聞きして、居ても立っても居られず!ああ、おいたわしや……しかしなんたる僥倖!この神殿の最下層に、たったの1週間でやってくることが出来たとは!これも貴女様のお導きです!」
馬鹿じゃなかろうか。私はそう思った。
この広大な神殿に一介の精神魔術師が1人で入ってくるなんて自殺行為だ。結果的にはここに辿り着いたものの、何年経ってもここに辿り着けない可能性すらあった。
私に対する狂信のきらいはあったが、ここまでとは。私は呆れた。だが同時に、嬉しさと喜びにも溢れた。
私を信じてくれる男がいたから―――ではない。
こいつの狂信と精神魔法は、この状況下で最高に有用だったからだ。
「えっと、お前……名前、アマラだっけ?」
「はい!その通りでございます!」
私はナイフを仕舞い、代わりに1枚の札を取り出した。
それは、ありていに言えば禁術のプロトタイプと完成型の中間。脳内麻薬を分泌させる効果がなく、魔法ブーストではなく願いを叶える効果がある。ただし、代償は自分自身の肉体に限定され、願いの対象も自分の魔法に関するもののみ、という術式で作ったものだった。
「手短に話そう。私が異世界から来たという話はしたよね」
「はい!貴女様が生まれ出でた天上の世界の―――」
「手短にと言ったでしょ、無駄な会話をしないで。私の目的はね、その異世界から2人の親友をこの世界に呼ぶことだ。そのためにいくつかの魔法で禁術を使う必要があった。だけどあと1つ、時間魔法だけが足りない。そのためにスイピアという時間魔術師を狙っていた。……けど、私はここに封印されて自力ではスイピアを呼び寄せられない。そこでお前に手伝ってもらいたい」
私は禁術の札をアマラに渡して言った。
「お前は今から禁術を使ってもらう。得てほしいのは”この星の半分に相当する範囲の魔法発動領域”だ」
「し、しかしナユタ様。お言葉ですが、それほどの力を禁術を用いて得るには相当な代価が……それこそ、私程度の非才の精神魔術師では、命を代価にしない限りは出来ないのでは?」
アマラは記憶を共有したりする力や読心術には長けていたが、精神魔法の真骨頂である精神操作の才能があまり無い。出来ないことは無いのだが、ある程度弱ったりしていないと通用しないのだ。
精神操作を満足に行えない精神魔術師など、確かに非才だ。しかし。
「お前でも、自分自身の認識を書き換えることは出来るはずだ。その力で、命や魂よりも重要なものを作ってしまえばいい。ただし、どうでもいい記憶や不要な臓器なんかは流石に深層心理にまで刷り込むことは出来ないだろうから、せめて眼球や四肢といった部分を”自分が最も大事なもの”に置き換えればローリスクで禁術を発動できる」
「なるほど!」
アマラはそれを聞くや否や迷わず禁術を発動し、左眼球と引き換えにこの星の半分程度の面積を覆うほど広大な魔法発動領域を手に入れた。
「ですがナユタ様、私の魔力ではこの範囲の人間全員の心を読むなど、ほんの一瞬しか……ああ!次は聴覚などを犠牲にして魔力を得ましょうか?」
「無理だ、さっきの禁術は使い捨てでね。ストックもあれしかない。だけどそんなものは必要ない。今のは、私とお前が常に連絡を取れるようにするためのものでしかない。そもそも基本的に顔が分からないと発動できない精神魔法で、世界中から情報収集もへったくれもないからね」
「たしかに!」
「お前にやってほしいことは2つ。ハルとルーチェの始末と、スイピアの誘導だ。ただ、お前に戦闘力は期待してないから、双方に精神魔法で噂程度の情報を流してある程度戦いをコントロールし、あの2人をぶつけ合わせたい。細かい点については私がリアルタイムで指示する」
「仰せのままに!」
「スイピアの誘導については、あいつらの始末が終わってからの話だから今は考えなくていい。とにかく、あの2人をぶつけ合わせるんだ」
あの2人の実力は互角。本気で潰し合わせればどちらかは必ず致命傷を負う。
ハルが勝てば間違いなくそのままルーチェは死ぬだろうから万々歳だ。ハルの膨大な魔力の都合上、時間操作の自由度が”対象の魔力と質量に反比例する”時間魔法による治癒は光魔法ほどの効果を及ぼさず、十中八九ハルも遠くないうちに死ぬ。ルーチェが勝った場合も、プライドの高いハルは自決なりなんなりをする可能性が高い。あの女のことだ、闇魔法による転生で後の世界に行くだろう。ルーチェもそれを追うはずだ。転生の為には死ななければならないため、どのみちあの2人は消える。
そしてあいつらが再び力を得る前にスイピアを誘導すれば、まだ転生魔法発動の希望はある。
「ふ、ふふふふ……!」
まさかこんなところで、自分の狂信者をうっとおしくも生かしておいたことが功を期すとは。
私のことを何もわかっていないこの愚か者だが、今は私の悪あがきの要だ、大切にしなければ。気分はどこぞの元五番隊隊長だ。
「まだだ。まだ私は諦めないぞ。見てろ、ハル、ルーチェ……!」
私は拳を握りしめ、笑った。
その後、私はアマラを一旦この部屋に留め、私の記憶から弱い希少魔術師を何人か共有し、そいつらの記憶をアマラに読ませることで地上の状況を把握。
封印の解析は一旦保留し、この神殿全域を掌握することに神経を注いだ。
そうしなければ今度こそ、大事な道具であるアマラが神殿内で死にかねなかった。
私の指示でアマラは的確にあの2人の戦争を操作し、地上に戻してから1年ほど経ったところで聖光国ルミエールを滅ぼすことに成功した。
ルーチェは取り逃したが、あの女がハルを諦めるはずがないと思ったら予想通り。その4年後には魔女国オースクリードを単騎で急襲し、ハルとの一騎打ちが始まった。
1週間の戦いの末、勝利したのはギリギリでルーチェ。しかしルーチェがハルを手に入れる直前、スイピアがハルを連れて逃亡した。
「……スイピアアアアアアアアアア!!!!!」
ルーチェの激昂がここまで聞こえてきたような気がしたが、私にとっては嬉しい誤算だった。ハルを手に入れたルーチェが、ハルの自決を封じて全身くまなく治癒し、あいつらに天寿を全うされるのが最も時間がかかり、かつ不愉快な展開だったからだ。
何よりあのルーチェを出し抜いたということは、思った以上にスイピアが成長していることの証。転生魔法が完全になるというものだ。
そして、それから約10年。私の頭に、ハルが死んだという情報が届いた。