第328話 ナユタの過去5
現代までハルとルーチェが生き延びていることで察せると思うけど、この計画は大失敗に終わった。
全て上手くいくはずだった。標的同士がぶつかり合った直後、私はハルの側近たちとの戦いを適当にこなしつつ、標的が完全に互いに集中する瞬間を待ち続けた。
数分の後、待ち望んだ瞬間が来た。光魔法の速度を考えると、これ以上ギアをあげられれば2人同時に殺すことは出来ないと思い、私は上を見上げた。
ぶつかり合う黒と黄金。そこに向けて私は言霊を放とうとした。
だけど、見誤った。ルーチェもハルも、直前で私の殺気を察知したのか回避行動を行い、重傷を負わせるだけに留まってしまった。しかもルーチェに関しては光魔法で即座に治癒できるため、まったく意味がない。
主だったルーチェを殺そうとした以上、言い逃れできる状況ではなかった。双方の陣営から私は敵視されてしまい、なんとかルーチェだけでも殺そうとした私を止めようとしてきた。
「《爆ぜろ》《分かれろ》《崩せ》《退け》《落ちろ》!」
有象無象の希少魔術師如き、単体なら数年間最前線でルーチェの動きを観察してきた私の敵ではなかったが、流石に40人以上同時に相手するのは骨が折れた。
それでも隙を見て10人以上殺したが、私は焦った。このままの状況が続けば全員殺せるだろうが、それは私の目的ではないし、なにより今相手を圧倒出来ているのはハルとルーチェが混じっていなかったからだ。
30以上の希少魔法がどのタイミングで飛んでくるか分からない状況で、あの2人を正面から相手するのは愚策過ぎる。しかしあの2人が動けないうちに殺そうにも、周りの希少魔術師が邪魔だった。言霊魔法は強力だが、1度に1つの対象にしか効果を及ぼせない以上、対多人数にはどうしても向かないため、どうしても多くを殺すとなると時間がかかってしまうのだ。
目的達成は不可能。そう結論付けた次の私の動きは。
「《寄せろ》」
「え?」
せめて時間魔法だけは手に入れる。
ルーチェ側からも狙われる立場になり、スイピアも想定通りの実力者になった以上、待つ必要はなかった。
だが。
「《真なる死》」
「っ!?《耐えろ》!」
スイピアの腕を掴む直前に私の周囲を闇が囲った。
魂に作用する力を持った闇属性の最高位魔法だ、私でも言霊を使わなければ防げない。ガードして頭をあげると、奥にいる黒い髪の女が殺意のこもった目で私を見据えていた。
「《焼き尽くす者の神光》」
「《阻め》」
私の予想よりも速く、ハルとルーチェが復活してきていた。
それでも数十分粘って戦い続けたが、スイピアを手に入れようとしても誰かに、主にハルに阻まれ、私は一時撤退を余儀なくされた。
ルーチェの元にいた頃に調査した、この神殿の中に。
「ふーーっ……落ち着け」
大陸全体に蟻の巣のように広がる広大な神殿。だが、私は組替えのある程度の法則を見出していたことで、そう時間をかけずに最下層まで降りてくることが出来た。
すぐにでも転生魔法を発動できるよう、全ての術式と研究、作り出した魔道具の数々をここに安置し、私は考えていた。
過小評価していたわけでも、自分を過大評価していたつもりもない。
だが、ハルとルーチェ、あの2人の成長速度が想像を絶していた。
だが二度目はないとも思った。連中の戦力は可能な限り削ったし、地のアドバンテージをしっかりとった上でならば、当時のあいつらを同時に相手してもまだ私の方が上だった。
手を組まれたことも想像の範疇だった。元々友人だったというし、強大な敵を前にすればそういうこともあるだろうと。
だからこそ、たった2人でこの神殿に乗り込んできたときはしめたと思ったものだ。周囲の希少魔術師のサポートがあるならいざ知らず、全ての魔法を理解している私にたった二属性で挑むなんて無謀だ。
私は神殿内に入ってきたハルとルーチェと、全力でぶつかった。
戦いは熾烈を極めたが、終始私が優勢だった。それも不自然なほどに。
(……?何か妙だ)
最初の1時間くらいは、ハルもルーチェもコンビネーションを駆使して私を攻撃してきていた。
流石に強かった。すぐに再生したものの、何度か重傷も負った。
だが、その後は防戦というか、積極的な攻撃の頻度がだんだんと減って来ていた。そうまるで、なにかの時間稼ぎをするような―――。
「認めるわ、ナユタ。私たちじゃあなたに勝てない」
「……?」
「それほどの力を有しているとはね。見破れなかった自分が恥ずかしいわ。……ついでに、こんな手しか取れない自分の未熟さもね」
ルーチェがそう呟いた直後―――私は何故この2人が仲間を連れてこなかったのかを理解した。
その時地上では、丸1日かけた複合封印魔法の準備が終えられていた。《封印魔法》《結界魔法》《時間魔法》《数字魔法》《空間魔法》《耐性魔法》、更に《闇魔法》と《光魔法》まで統合され、更にそれを私が開発した禁術でブーストしていた。
「……正気か!?禁術を使えば脳が壊れるんだぞ!」
「甘く見ないで、ちゃんと考えてるわ。禁術発動後の暴走は、脳内麻薬の過剰分泌によるもの。禁術を開発した誰かが意図して埋め込んだ術式が原因よ。だけど、私が闇魔法で干渉して、その術式だけを消してしまえば問題ない」
ハルが禁術の研究をしていたことは小耳にはさんでいた。
だけど、この私が開発した禁術を解き明かし、デメリットを外すところまで進めていたとは想定外だった。
「クソッ!」
私を封印するつもりだ。それは予想できた。
「私たち含めた魔術師の寿命、1人辺り3年分。それを代償に、『ナユタだけを閉じ込める結界』を完成させた!いくらあなたでも抜け出せないでしょう!」
「ふっ……ざ、けんなあ!」
認められるわけがない。
ここで私が閉じ込められれば時間魔法が手に入らず、500年かけた計画が全て無駄になる。
(まだ結界は閉じてない!《移れ》《動け》《替われ》を使って地上に瞬間移動し、核となっている封印魔術師を殺せばギリ間に合う!)
「《移―――」
「《連射される閃光》!」
私を止めようとルーチェが光魔法を連射したが、余裕で躱せる。
構わず移動しようとして。
私の背後に、転生魔法があることを思い出した。
ルーチェの高出力な光魔法が直撃すれば、最低でも闇魔法は消える。
ハルは強すぎるために殺さない限りは止められない。つまり禁術を使わせることが出来ない。つまりここで光魔法が当てられたら、また私の計画が何十年と遅れる。
その焦燥が、反射で私に一番の愚策を行わせた。言霊を飲み込み、自分の身体で光を受けて転生魔法を守ってしまった。
保ち続ける力で即座に再生するが、肺と喉を焼かれたために一瞬言葉が出ず、魔法を作動させられなかった。
その直後、ズンという衝撃と共に、結界が作動してしまった。
ハルとルーチェはいつの間にか消えていた。
私は、自らが生み出した技術によって閉じ込められたのだ。
「っああああああああああああああああ!!!」
私は叫んだ。喉から血が出るほどに泣き叫び、体中を掻きむしり、周囲を破壊した。
「《裂けろ》!《壊れろ》!《崩せ》!《解けろ》!《除け》!《潰えろ》!《拉げろ》!《化せ》!《速まれ》!《弾けろ》!《戻れ》!《跳べ》!《動け》!《外せ》!《塗り替えろ》!《無くなれ》!……ゲホッ、ゲホッ!《消えろ》!《開け》!《曲がれ》!……あ、ああああ……」
思いつく限りのすべての言霊を試した。
だが、どんなにあがいても解けるような封印ではなかった。
それこそ、私が1000年試し続けても。