第326話 ナユタの過去3
「いける……」
ボソリと呟いた言葉は、決して大きい声ではなかった。
だけど、あの時ほど私の心が達成感で満たされたのは、前世を含めて初めての経験だった。
目の前の積み上がる死体と実験結果を見ながら、私は壊れてしまうんじゃないかというくらいに歓喜した。
「あはっ……あははははははは!!あはははははは!!いける!いけるぞこれは!!」
後に禁術と名付けたその魔法技術は、原理としては比較的簡単で、自分がデメリットを受ける代わりにメリットを享受するというものだった。
至ってシンプル。私が約130年この結果に至れなかったのは、ひとえに“魂”という不確かな対して懐疑的だったからだ。
だけど間違っていた。私は、2度の人生で最大の勘違いをしていたのだ。
魂は存在する。こっちの世界でも、あっちの世界でも。
「ふ、はは……そうだよ、なんて馬鹿なんだ私は……!」
もし仮に魂が存在しなければ―――私たち転生者が存在するはずがないだろう。
何故なら輪廻転生の考えは、魂が存在する前提で成り立っているのだから。
私がこの場にいる。それこそが魂の何よりの存在証明だった。
「だけどまだだ。まだ足りない。ここから組み立てていかなければ」
私は己を恥じ、深呼吸をして、膨大なデータに向き合った。
ここまでの研究で分かったのは、禁術は単純な魔法のブーストに留まらない効果があるということだ。
というか、そもそも魔法属性に縛られる必要性すらない。禁術とはいわば“願望の具現化装置”なのだ。代価さえ払えば、理論上はいかなる願いも叶う、そういう類いのものだ。
(だけど、サンプルが少なすぎる。それに、これだけでは魔法術式も不十分だもっと必要な術式があるはず……)
既に100人近い人数で試したが、いずれも魔力量が少なすぎて世界と世界を繋げるほどの力はなかった。
つまり魔力量が多い傾向にある希少魔術師を連れてくるしかなかったわけだが、あの時代は希少魔術師を国で囲う動きがあり、昔よりも希少魔術師を使った実験ができにくくなっていた。
当時の私の技量や研究の進み具合から、国を相手取るのは非効率的だった。
どうするのが最も簡単か、思考を巡らせ。
(仕方がない。人間の欲をちょっと刺激するか)
「こ、これは……!?」
天高くまで聳え立つ杉の木の根元、そこに広がる広大な城。その地下で、私は1人の男と対面した。
名はカシワ・スギノキ。スギノキ建国から7代目の、当時の神皇だった男だ。つまりは私の血族だが、どうでもよかった。
ただ、技術の存在を隠匿しつつ実験をするためには、島国であるこの国は都合が良かったのだ。
「これが“交神術”のプロトタイプ。理論上はこれを使えば、あんたが望む力が得られる。夢だったんでしょ?《重力魔法》」
「そうだ!そうとも!」
こいつは優秀な男だった。しかし、その優秀さを向ける方向を間違った。
禁書からジャンヌ・ダルクの存在を見つけ、その力に魅了されてしまったそうだ。それで、自分も覚醒魔法を得ようと躍起になった。
だから取引を持ち掛けたのだ。「私の言うことを聞けば、覚醒へ到達させてやる」と。
「じゃあ続けて。『願い申す』」
「う、うむ。『願い申す』」
「『代価を奉ずる』」
「『代価を奉ずる』」
「じゃあ、欲しいものを言って」
「あ、ああ!我に、我に重力魔法を!」
その後のあいつの悲惨な末路は―――思い出すのも疲れるしいいか。
結論を述べると、ヤツはすべての運動神経、触覚、左手右足と引き換えに重力魔法を手に入れた。
そして、あろうことか私の術式を神器だとのたまい、独占した。現在まで続く海洋国家スギノキの鎖国は、私が作ったあの交神術、言うなれば禁術のプロトタイプをスギノキだけが得るためのものだった。
ただ、プロトタイプは能力の幅が広すぎた故か、魔法のブースト効果はそこまでないこと、何より複雑すぎて通常の魔法に組み込めないことが判明してあれは不要になったため、私はそのまま捨て置いた。
その後11代目の神皇が、最も近い大陸から20キロ程度だったスギノキを遥か海の真ん中まで移動させるなど、スギノキの歴史上で幾度となくあれは使われたらしい。約1400年経った今でも《重力魔法》の使い手がいると聞いた時は呆れたものだ。
さておき、私はいくつかのプロトタイプと実験を経て、ついに結論へと至った。
簡単だ。複雑にすると出力が落ちるのであれば、シンプルにすればいい。
あくまで魔法の使い手自身は魔法のブーストに能力をとどめて出力を確保し、私があらかじめ各魔法属性ごとの転生魔法の術式を作り、そこに流しこめるようにすればいい。
私が作った型(術式)に溶けた鉄(魔法)を流し込ませるといえば分かりやすいか。
「だけど、まだ甘いな。まだ洗練させられるはずだ……2人を迎えるために用意は完璧に、かつ迅速に行わなければ」
そのために必要なものは2つ。
1つ、優れた環境。億に一つも失敗が無いように、あらゆるイレギュラーを潰すため、その根源になり得るものを洗い出したい。私の理論は独学で編み出したものだから粗がある可能性があった。
私であれば抜かりはないと思いたかったが、科学文明で生きた記憶がどうしても魔法という概念に対して広く視野を持つことを邪魔してくるから、それを本格的に捨てるためにも必要なことだった。
2つ、こちらが最も重要だが、転生魔法に必要なすべての希少魔術師の確保。《闇魔法》《死霊魔法》《空間魔法》《強化魔法》《改造魔法》そして《時間魔法》。
幸いなことに、私は2つとも効率的に叶える手段があった。
この国、共和国家アルスは共和をうたいながらも絶対的な“王”が存在していた。国名の由来となったアルスという名であり、《強化魔法》の使い手。そして、ある転生者の実子でもあった。
恐らくあの時代の魔術師としては最強だっただろう。最大魔力900という私ほどでないにしろ膨大な魔力によって、大陸を裏で支配していた。
私は彼に近づき、取引をした。禁書を含む国に存在する全ての書の閲覧許可と研究資金、そして望む希少魔術師の捜索を手伝わせる代わりに“永久化”と言霊魔法を使って寿命を引き延ばしてやると。
細胞強化による老化の遅れも限界だったアルスは、二つ返事で了承した。当然、必要な魔術師の中に強化魔術師がいることは伏せた。
国単位のバックアップによって、時間以外のすべての属性が10年以内に見つかった。私は特別顧問として迎え入れられた先で出会った、やたらと私を陶酔するかのような目で見つめてくる精神魔術師を使って、そいつらに禁術を発動させた。
結果は大成功だ。発動者は魂・肉体を失うことと引き換えに、私の用意した術式に、最低でも規定量の106%の魔力を注ぎ込んでくれた。
暴走を防ぐため、発動された端から転生魔法に組み込み、不完全な状態で発動しないように言霊と永久化でその場に留め続けた。
4つ目の魔法、闇魔法を組み込んだ時点で、強化魔法は既に手に入れたも同然だったため、私は時間魔術師の出現を待ち続けるのみとなった。
実は時間魔法以外の魔法属性で転生魔法を完成させられないかと考えてはいた。相対性理論において時間と密接な関わりがある重力はその筆頭候補だったため、スギノキでの一件は正直渡りに船だったのだが、期待外れだった。
その後もありとあらゆる希少魔法を腐るほどある時間で研究し続けたが、時間魔法は転生魔法において最も大事な魔法、いわば心臓部であり、代わりはないことが判明し、とん挫した。
私は待ち続けた。100年、200年、300年。時間をいっぱいに使ってありとあらゆる魔法を研究し尽くし、あらゆる魔力現象の考察、想定、実験を行ってきた。
そして、待つこと360年。ついに現れた。
新興勢力、魔女国オースクリードの女王ハルの副官。待ち続けた時間魔術師。
それが、スイピア・クロノアルファだった。
作者は今まで生み出してきたキャラの中でステアの次にナユタが好きです。
でも「最高傑作」はナユタだと思っています。めっちゃ思い入れあるキャラです。