表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
334/447

第324話 ナユタの過去1

 視界が途切れる最後の顔は、父親のありとあらゆる負の感情を煮詰めたかのような表情だった。人はここまで絶望を顔のみで表現できるのかと、抵抗する気力も失せた脳で考えたのを覚えている。

 成人した男性の大きな手で首を締められたりしたら、当時12歳の非力な少女だった私じゃ抵抗は不可能だった。


「お前さえ……生まれなければ……!」


 最後に残った聴覚で、父親がそう言っていたのを聞いた。その直後、頭の中に走馬灯が駆け巡った。

 膨大な記憶。でもそのほとんどは、たった2人の親友の姿だ。何もかもが大好きだった、何よりも大切な―――。


(久音……永和……ごめ、ん)


 死の直前まで、2人の笑顔だけが脳裏に焼き付いていた。



 ***



「姫様、朝食のお時間でございます」

「……うん」


 この世界の時間で、今から1507年前。この世界に転生してからまだ10年の頃だ。

 私はかつての世界の和服ににた着物を着て、12畳ほどの小さな部屋の壁に寄り掛かっていた。


「姫様、御父上が―――」

「言わなくていい。内容は分かる」

「左様でございますか。では、私はこれで」


 生後間もなくあの部屋に閉じ込められた私は、12歳までは人生の殆どをそこで過ごしていた。

 理由は、私が生まれ持った髪色と魔力。髪の色で使える魔法が決まるこの世界だが、私の真っ白な髪は前例がなく、異端の存在とされた。

 もう1つが魔力。魔法全盛の時代ほど発達はしていなかったものの、あの頃も大雑把に魔力を測定する方法はあった。その結果、私は最大魔力1600という、常人の40倍以上の魔力を持っていることが判明した。

 重なる異常に恐れをなしたこの世界での父……この海洋国家スギノキの現“神皇”が、私をこの離れに隔離しろと言ったらしい。

 母はとっくに死に、あの頃の私は姫とは名ばかりの虜囚だった。

 だけど。そんなことはどうでもよかった。生まれた時からずっと空いている、この心の穴の問題に比べれば。

 私はこの世界に転生してしまった。流石の私も、どういうメカニズムで転生なんていう超常現象が起こっているのか、皆目見当つかなかった。今だに不確定なことしかわかっていない。

 それはつまり、私がもう2人に会えない可能性が極めて高いことを意味していた。その事実に、当時の私は打ちひしがれ、ただ虚無な人生を生きていた。


「……《蘇れ》」


 ただ、記憶の中にある光景に自分をダイブさせて、淋しさと悲しさを紛らわせる日々。

 《言霊魔法》の感覚をとっくに掴んでいた私は、最初こそ2人をこっちに呼び寄せられるのではないかと目を輝かせたものの、すぐに諦めた。

 世界同士を繋ぐなんて、いかに膨大な魔力を持っていようと1人の魔術師には不可能な話だったからだ。

 魔法も才能も、2人に会う力がないのなら意味がない。そう思って、私は日々泣き続けていた。


 転機が訪れたのは、定期的に運び込まれる本に気まぐれに目を通していた時。こちらの世界でも面白い話を書くやつはいるもんだと、少しだけ著者に興味を持った。そしてこの世界の言葉で記された名前に、私は目を剥いた。

 アーサー・コナン・ドイル。たしかにそう記されていたのだ。

 私はあるだけの歴史書を持ってきてほしいと願い出て、この世界の歴史を神皇の一族権限で裏側の隅々まで学んだ。

 その結果、この世界には今まで、かなりの数の異世界転生者が存在していることが確認できたのだ。


 孔子、アリストテレス、始皇帝、クレオパトラ7世、劉玄徳、足利尊氏、ジャンヌ・ダルク、レオナルド・ダ・ヴィンチ、上杉謙信、エリザベス1世、ガリレオ・ガリレイ、ヴェートーベン、アントニオ・ガウディ、コナン・ドイル、マリ・キュリー、夢野久作。


 実績や言動などから、名前こそ出ていないが可能性が高い者を含めれば、歴史書の中だけでもこれだけの転生者が存在していた。

 これに気付いた時の私の歓喜は、きっと誰にも推し量れない。


(転生は、極小の可能性による乱数じゃない……法則がある……!そうでなければ、これだけの天才が全員この世界に転生し、更には全員が希少ないしは覚醒魔術師であることの説明がつかない!)


 完全ランダムの理解が及ばない現象だったなら、私もなすすべはなかった。

 けど違った。転生にはルールがある。それもかなり明確な法則の元で成り立っている―――科学だ。

 それなら、私に付け入る隙が絶対にある。


「あはっ……あははははは!」


 転生のメカニズムを解き明かし、干渉することが出来れば!

 また会える―――あの2人に!久音と永和に!


「《壊れろ》!」


 私を閉じ込めていた鍵を破壊し、数年ぶりに外に出た。

 騒ぎを聞きつけた衛兵も全員魔法で薙ぎ倒し、私は港へと走った。

 思えば―――あの時、私はこの世界でようやく産声を上げたのだ。



 ***



 共和国家アルス―――現在はアルスシールと呼ばれているあの国で、私は研究机に向かって、転生魔法の研究をしていた。


「これも違う……!」


 スギノキを飛び出してから80年。私は延々と転生魔法に辿り着くために試行錯誤を繰り返した。

 魔法という未知の概念を一から調査し、全ての魔法の全容を把握。そこからありとあらゆる組み合わせを試した。人体実験を含むあらゆる手段を取り、一歩一歩着実に転生の再現に近づいていった。

 だけど20年を費やした頃から、私の研究は行き詰まりを始めた。

 いかに理論を組み立てようと、それを検証出来なければ意味がない。だが、私の仮説では例外なく、転生には何らかの希少魔法が必要だった。

 この広い世界で、欲する希少魔術師を見つけることがどれだけ大変か。仮に見つけたとしても、その人物が魔法を習得できる環境にいるとは限らず、検証のために鍛錬させることで10年以上の月日が必要な場合もある。

 極めつけは、そもそも魔力総量と出力が足りず、転生などという世界に影響を与える大規模現象を起こすのは到底不可能。結果、これだけの苦労をしても得られる成果が微々たるものという、牛歩にも限度があると言いたくなるような研究だった。


「クッソ!こっちも違う……!」


 それでも、地道に観測した希少魔術師とそのデータによって、転生魔法に有用な組み合わせが存在するかどうかの研究を進めることは出来ていた。

 結果、年月が報われているとは到底言えないが、そこそこな研究成果は出ている。特に興味深いのは闇魔法と空間魔法。この2つが転生の再現にほぼ必須であることは検証が終わっていた。

 けどそれだけだ。根本的な部分は何も解決していない。特に出力に関しては、様々な研究を重ねても未だに想定必要最低出力の1割にも満ちていなかった。


「ああああああああ……どうすれば……!」


 分かっていた。自分がやっているのがどれほど無謀なことか。

 魔法文明が存在していることを差し引いても、1億人が聞いたら1億人が鼻で笑うような研究だ。

 かつての世界で過去へ行くタイムマシンを開発する方がまだ簡単とすら思えるほどの、荒唐無稽な話。当事者でなければ私すら馬鹿だと思うような。

 魔法について造詣を深めれば深めるほど、転生は遠のいていく。


「……荒れているな」

「!」


 頭を抱え、思わず椅子を蹴り飛ばした先にいた人物に、私はようやく気付いた。

 ミントグリーンの髪色をした、見た目は30歳程度の男。だが、その実年齢は既に100歳を超えている。私よりも遥かに年上だ。


「……何か用」

「提案をしに来た。返答次第では、お前の研究に全面的に協力してもいい」


 それは意外な話だった。

 あの男は、自分が興味あるものしか眼中にないやつだったから。

 私としても、あの男の《改造魔法》はまだ研究の余地があると思っていたから、申し出としてはありがたかった。


「何が目的?」

「お前の《言霊魔法》で、もう少し私の寿命を伸ばせ。出来ないということはあるまい」

「……あと1年。それが限界」

「それでいい。そのうち2ヶ月はお前に協力しよう。もう少し―――もう少しだけ、我が作品と触れ合う時間が欲しくなった」


 嘘だった。本当は私のように、遥か先まで生き長らえさせることもできる。

 だが、そこまでする義理はない。改造魔法は重要だが、この男自身には興味がないし、この男の頭脳で振るわれる魔法は私の脅威になり得る。

 そして何より――私の“転生特典”にも、限界というものはあるのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ