第323話 不俱戴天の敵
「ひーふーみー……うん、全員いるね」
「……警戒、何者?」
「もしかして例の―――ってお嬢様ああ!?どうしたんですのそんなボロボロのえっちーじゃなかった、お労しい格好になって!?」
主様は、さっきまでの攻防で服がボロボロになっていた。
「あの女ですわね!?あいつがやったんですわね!?おのれっ」
「!ダメっ……!」
オトハは声を荒げてナユタに攻撃を仕掛けようとした―――けどそれを、ステアが止めた。
「ステア、何故止めるんですの?お嬢様を傷つけたのはあの女じゃないんですの?」
「違わない、けど……でも……その人、は……クロの……!」
ああ、そうか。ステアだけはボクらを通じて、ナユタが何者かをもう知っているのか。
ステアの顔には、今まで見たことがないほどの葛藤や、どうしたらいいのか分からないような困惑があった。
「ステア?どうしたお前」
「ナユタ、は……お嬢の敵。でも、クロに、とっては……」
「《覚めろ》《起きろ》」
状況の変化にボクがなんとかついていこうとしている時、背後から声が聞こえた。その瞬間。
『うう……ん』
「ふあ……」
ボクの頭の中とナユタの背後から、小さな声がした。
『クロ、起きた?』
『うっ、何が……そうだ、那由多が!』
『そう。代わるから、君が何とかしてよ』
もうダメだ。気丈に振る舞ってはいたけど限界だ。
1000年前のトラウマが、ボクを飲み込もうとしていた。
***
何が起こった?
そうだ、わたしは那由多と永和と再会して……そして、那由多に……。
「はっ」
スイが奥に引っ込んだことでわたしに人格が代わり、視界が広がる。
そこは、先程までとは場所こそ同じものの、状況が恐ろしいほど変化していた。
美しかった神殿の壁や地面はボロボロになり、わたしたちが那由多と戦った時とは比較にならないほどに瓦礫や砂埃が舞っている。
だが、何よりの変化は、ノア様とルクシア、そしてその双方の陣営が勢ぞろいしていた。どういう状況か、そして何故那由多がわたしと永和を眠らせたのか、そして何故ノア様とルクシアの服がボロボロなのか、まったく分からない。
「クロ、起きた?」
「ノア様……はい」
「ホルン、無事?」
「ご主人様?はい、無事です。ていうかいつの間に来たんですか?」
「これでメンバーは揃ったね」
混乱する頭を他所に、後方から那由多の声がかかる。
振り向くとそこには、わたしが知っているのとは少し離れた姿の那由多がいた。
わたしと永和を気遣うような、魔法で眠らせたことに対して申し訳なく思うような感情は読み取れる。けど、それ以上に殺気というか苛立ちというか―――そういうものをノア様とルクシアに向けている。
わたしの知る限り、那由多がこんなに怒っていたことはない。わたしたちがひどい目にあわされた時も、その時は怒るけど常に冷静さを保っていた。
「那由多、一体何を……?」
「そーだよ!アタシと久音眠らせて何しようとしてたわけ?」
「……クオン?って誰よ?」
「そこの精神魔術師―――ステアっていったっけ?」
「!……な、なに」
「話進まないから、君が覗いた私たちの記憶を全員に転送してくれる?出来るよね」
「……わかった」
ステアの様子もおかしい。何かを葛藤するような、考え込むような顔でゴラスケを絞め殺さんばかりに抱きしめている。
ほとんどの問題をさらりと考えて最適解を出せる天才が、どうしたらいいのか悩むような顔になっていた。あんな姿は10年以上一緒にいて見たことがない。
ステアはその表情のまま自分の頭に指を当て、ボソリと呟いた。すると。
「……は?」
「な、なんですの―――なんですの、この記憶!?」
「これ、は……驚愕とか、そういうレベルではありませんね……」
わたしと那由多、永和の情報をすべて伝達されたらしいその場の全員が、困惑したようにわたしたちを交互に見渡した。
「問答、クロ。この記憶は事実?」
「……はい」
「あのナユタが―――クロの親友、か」
「ちょっ……ホルン、あんた説明しなさいよ!どういうこと!?」
「どういうこともクソも、伝達された情報の通りだよ。アタシたちは前の世界からの親友。んで、那由多の魔法でこっちの世界に記憶を断片的に失った状態で転生してきて、ついさっき記憶を取り戻した。そんだけ」
「情報量が多すぎてついていけないわよ!」
まあ、そういう反応にもなるだろう。わたしとて記憶を取り戻す前は、ナユタが最強にして最悪の“敵”だと認識していた。
仲間たちにとっては、その敵が自分たちの筆頭の親友だったと突如知らされたのだ。困惑以外の何も出てこないのも当然だ。
「そう。私は今日、この瞬間―――2人にもう一度会うためだけに生きてきた。2人を思い続けてたからこそ、1000年ここに封じられても耐えてこれた。それが真実だ」
「じゃあ、1000年前のあなたの行動は―――」
「何もかもが、久音と永和をこの世界に呼ぶための下準備だよ。私の行動原理はすべてそこに収束するからね。……なのにお前たちにここに閉じ込められたお陰で、計画が大きく狂った。やってくれやがったよ、本当に」
「それはこっちの台詞だわ。お前が暴れまわったせいで、どれだけこの世界が窮地に陥ったと思っている!」
「知ったことじゃない。私は久音と永和と再会して、一緒に約束を果たすためなら何もかもがどうでも良かった。その邪魔になりそうだったからお前らを殺そうとした。それ以上でも以下でもない」
「……っ」
「な、那由多、やめてください!それにノア様も……!」
「ご主人様もです!」
これは―――悪い状況かもしれない。
わたしにとってはノア様も那由多も、どちらも命より大切な人だ。だけどその2人は不俱戴天の敵同士。絶対に相容れない存在だ。私がどうこう言っても片が付くわけはない。
永和の方も同様だろう。自分の主と親友が殺し合う姿なんて絶対に見たくない。
わたしはどうすれば―――。
「久音、永和。悩んでる?どうすればいいのか」
「え、あ……はい」
「そりゃもちろん」
「さっきも言ったけどさ。私は、2人がそばにいてくれるなら何でもいいんだ。ハルとルーチェすらどうでもいい。さっきは1000年閉じ込められた分と、2人をたぶらかした分でちょっと憂さ晴らしはしたけど、これでチャラにしていい気すらするんだ。久音と永和が、私と一緒に夢を叶えてくれるなら」
「それ、は」
「分かってるよ、今の2人に私の説得は届かない。だからさ、少し昔話に付き合ってほしいんだ。私とそいつらのどっちにつくのかは、その話が終わった後にもう一度聞かせてほしい」
「昔話?那由多のってこと?」
「いえす」
―――なんだ。
悪寒がする。那由多の自信に満ちた顔が、少しだけ怖い。
その話を聞いたら……今の自分ではいられなくなるような。
そんな不気味な予感がした。
「楽しみだよ」
わたしの気持ちを汲み取ったかのように、那由多は笑顔で呟いた。
「すべてを知った時―――久音も永和も、きっと私についてきてくれるから」
次回から少しの間、ナユタの過去編に突入します。