第322話 最強の代名詞
3日投稿と言ったんですが、なんか納得いかなくて手直しのためにもう3日頂きました、すみません……。
「かはっ……」
「はあ……はあ……」
主様たちが落とされ、戦闘が開始されてから、現在……30分。
まったくの贔屓目を無しで見るならば。
「ここまで手こずらされたのは初めてだ。つくづく苛つかせてくれるよ、お前たちは」
状況は―――最悪と言っていい。
「主様!!……うあっ、クソッ!」
「けほっ……《連射される閃光》!」
「《留めろ》」
同じだ。
1000年前と同じか、それ以上の絶望的な光景が目の前で起こっている。
「《光の……」
「《吹っ飛べ》」
「!?あぐっ!」
「《貫け》《伏せろ》《放て》《壊せ》」
主様とボク。
そして、その主様とボクらのたった1人の宿敵にして1000年のキャリアを持つルクシア。
この3人が、同時にかかっているはずだ。そのはずなんだ。
―――なのに。
「《太陽と月の裁き》!」
「《妨げろ》《庇え》」
「んのっ」
「《抉れろ》《開け》《埋めろ》」
「《時間停止》!《時間―――」
「《巻き戻れ》《接げ》《固めろ》《曲がれ》」
「あっ……!」
今、ルクシアは壁に追いやられて全力で言霊を躱しながら自らを癒し、主様も常時回復魔法を全開にして即死を防いでいる。
ボクは立て続けに行われる拘束を抜け出すので精いっぱいだ。
ボクらの魔法が光魔法と時間魔法、傷を治癒できる力でなければ、既に全員3回はナユタに殺されていた。
「確かにお前たちは強い。特にルクシア、お前は有史以降で私に次ぐだろうね」
「《光陰一閃》!」
「けど」
ルクシアが自ら光の速度で突進する。
だが、ナユタは言霊を使わずにつまらなそうな顔をして横にずれる。
結果攻撃は当たらず、ルクシアはかすり傷すら与えられていないことに驚愕するだけ。
「《爆ぜろ》」
「くぅっ!」
「私ほどじゃない。その程度の強さなら、私は1000年前のあの時点で到達していた」
ナユタの強さは、言霊魔法だけじゃない。たちが悪いのはその神がかった頭の回転だ。
どういう理屈か、あいつは主様とルクシアが光魔法を発動するよりも前に、その軌道を読んで躱してしまう。無駄な動きをまったくせず、必要最小限に体を捻ったり少しずれるだけで攻撃が当たらなくなり、再び光の速度を出される前に言霊が飛ぶ。
その言霊にしたってそうだ。あれほど大規模な現象を起こしているのに、ナユタの攻撃は一向に衰える気配を見せない。どれほど莫大な魔力を保有していればそんなことが可能なのか。
1000年前、ナユタが呼ばれた異名は数知れず。
その中で、最もボクがしっくりきたものがあった。
“最強の代名詞”。ナユタという名前と存在こそが“最強”と同じ意味を持つ。
それほどにナユタは多くの人から信奉され、畏れられ、恐れられてきた。クロにとっては最も大切な親友だとしても、ボクらにとっては多くの命を虚ろな瞳で奪ってきた怪物だ。
思い出すだけで背筋が凍る、あの目。あの理由がようやく分かった。
あいつは、クロとホルン以外に興味がなかったんだ。だから他の物なんてどうでもよくて、そしてボクを執拗に追いかけて来ていたんだ。
転生魔法の発動に、ボクの時間魔法は必要不可欠だったから。
―――あれ、おかしくないか?
だって、たしか日記には……。
「《増せ》」
「ぐっ!」
「うあっ……!」
「!?主様!」
一瞬で現実に引き戻されたボクの思考は、目の前で伏すルクシアと主様の姿を捉えた。
《増せ》―――重力を増せか!本当になんでもありすぎるだろ!
「私に言わせれば、光魔法にとって最も相性が悪いのは、闇でも時間でもない。重力だ。一度捕らえてしまえば何があっても抜け出せない、絶対的な物理法則こそが、お前たちの弱点だよ」
ボクは捕らえられていない。この身体に配慮したのか。
でも、ボク1人ではナユタを止められない。ルクシアすら少し厄介程度にしか思っていないであろうあいつには、ボクの魔法は届かない。
「この世界は良く出来ている。魔法という科学を超越するものが存在しているにも関わらず、その魔法同士の効果自体は物理法則や化学の域を出ない。だからこそ私の知識や考えが初めから通用した。かつてのあの世界で得た知識は、魔法の開発についても大きく役立ったよ」
「何の、話を……!」
「何故1000年前が、有史以来魔法全盛の時代だったか分かる?私がありとあらゆる世界のルールについての知識をこの世界に齎し、それがようやく受け入れられた時代だったからだよ。科学知識によってこの世界の魔法は発展したんだ。闇魔法や死霊魔法といった例外についても研究し、発展を促した。この世界の文明レベルを引き上げ、私が追い求めるものを探すのに不自由しないためにね」
「何を、言ってる?その言い方じゃまるで、あなたが1000年前より遥か以前から生きているようじゃない!」
「その通り。私はこの世界で、1500年以上生きている。お前なんかよりずっと年上なんだよルクシア」
ルクシアと主様は絶句した。
そう。つまりボクらが知る、恐怖の象徴だったあの頃のナユタは、既に500歳を超えていたのだ。
「500年―――そう、500年かかったんだ、私の計画は。あの子たちをこの世界に呼ぶための研究に120年費やした。そうして禁術を生み出し、いくつかのプロトタイプを経て、今現在も伝わる形に落ち着けることに成功した。ああ……プロトタイプについては君は見たんだろうね、ハル」
「プロトタイプの、禁術……スギノキ……まさか、お前本当に……!?」
「そう。あそこに刻印した名前が私の本名だ。春秋 那由多、それがかつての世界での私の名前だよ。そしていくつもの調整を経て、必要な魔術師に禁術を使わせ、転生魔法に組み込んでいった。ある者は力で、ある者は籠絡し、ある者は心酔させ……苦労したよ本当に。そして最後に残った部品が――君だよスイピア。君の時間魔法だ」
主様はボクらの話に出てきた異世界転生者ヒトトセがナユタを指していることに気付き、重力に耐えながらも身を震わせた。
そしてボクは、ナユタに見据えられて別の意味で体が震えるのを感じた。
「君以外のすべての部品を揃えてから、君が現れるまで360年待った。だが見つけた時、君は既にハルの配下に入っていた。実に忌々しかったよ……思えばあそこからだ、500年かけた計画が狂い始めたのは」
でも、ボクは―――疑問を投げかけざるをえなかった。
だって、時間魔法は2000年に1人しか現れない。
なのに。
「おかしい、だろ……」
『《闇魔法》《死霊魔法》《空間魔法》《強化魔法》《改造魔法》、そして《時間魔法》の使い手が魂を含める自分のすべてを犠牲にワタシが作った術式通りに魔法を発動し、その術式を組み合わせることによって、転生魔法を発動できる』
「お前は、ボクに禁術を使わせていない!ボクがここで生きてるのがその証拠だ!なのに、なんでお前は転生魔法を発動させて―――クロとホルンを、この世界に呼びよせられた!」
「なっ……」
「クロとホルンを呼びよせた、ですって……!?」
どうなっている。
あいつの言葉で、ここだけが矛盾しているんだ。
ボクの質問にナユタは顔をしかめて――そして、面白くなさそうな顔で言った。
「……いいだろう、答えてあげるよ。だけどそれには、役者を全員揃えないと。憂さ晴らしには正直足りないけど、この辺にしてやる」
ふっ、と加重力が消えた。
ルクシアと主様はナユタから距離を取って臨戦態勢を崩さなかったけど、ナユタはもう興味が無さそうにしている。
「空間断絶は解除した。もう、この場所に転移できるはずだ」
ナユタがそう言った直後、ボクの目の前が少し淡く光り。
「おっ、出来たぞ!」
「いけた!お姉様は!?」
双方の陣営の仲間が全員、この場に揃った。
一応言っとくんですけどルクシアもノアもスイも皆超強いんですよ。特級です、特級。
ただナユタが五条悟ってだけで。