第29話 皆殺し
「クロ。全員殺しなさい」
「かしこまりました」
ノア様のご命令。
この場にいるわたしたちの命を狙う輩。
計七人、皆殺しだ。
「とはいえ、こっちの男は私がやらないとね。これからステアを貰うんだから。あなたは後ろの六人を殺りなさい。バイロンは私が相手するわ」
「はい」
ノア様の言う通りに、わたしは後ろを振り向き、六人の男を見据える。
ステアは、ノア様が何を言ったのか理解できないというようにポカンとしている。
「はあ?黒髪が、俺らを?」
「ぶっ、ぶははははは!笑えるじゃん!黒髪が魔法を使えない劣等髪だなんてガキでも知ってるぞ!」
「魔法が使えるのは、そっちにいる金髪のガキだけだ。それにしたって、いくら世界最強の光魔法でも、こんなガキがこの大人数に勝てるわけねえ」
男たちは、わたしたちを侮りまくっている。
ここは貧民街。外の情報がほぼ入ってこない、隔絶された街。
わたしの噂も知らないんだろう。
ノア様の番人。未知の魔法を使うと言われる、黒髪の子供のことを。
「やっちまっ」
「《闇纏う影槍》」
わたしの影の濃さが増し、一瞬で膨れ上がって地を飛び出る。
それは六つの鋭い槍に別れ、素早く六人の心臓を狙った。
「うおああっ!?」
「なんっ………がふっ!?」
六人中、二人だけは辛うじて避けた。
だけど一人は反応はしたものの間に合わず横腹に受け。
三人は反応しきれず、マトモにわたしの影が胸に突き刺さった。
「あ、がっ………!?」
「な、なんだ………なんだよこれ!?」
男たちだけではない。
後ろのステアも、目を見開いてわたしを見ていた。
「わたしの闇魔法は、あらゆるものを消し去ります。物質でも概念でも。今の魔法は、貫いた部分の細胞、臓器、血などをすべて消し去る。だけどそれだけではなく―――」
影を解除すると、わたしの魔法が胸に突き刺さった男たちは、糸の切れた操り人形のように倒れた。
それだけじゃない。横腹に槍が刺さった、処置をすれば治ったはずの者たちも、その場で死んだ。
「この槍は、同時に触れた者の寿命を消し去る力があります。寿命とはいわば、『現在の状態から死までのタイムリミット』です。つまり、重傷を与えてから寿命を消せば。つまり失血死までの時間が寿命になった状態からなら、本来はすべて消すまで時間がかかる、わたしの寿命削除の力でも一瞬で命を奪えるということですね」
「な、な、な………!?」
一撃で四人。まあまあだ。
欲を言えば、もう少し早く魔法を展開したいけど、わたしではこれがまだ限界か。
「何気に、人の命を完全に奪ったのは初めてですか。決していい感覚ではありませんが、まあ許容範囲ですね」
「な、なんだよこいつぁ!?」
「黒髪は、魔法を使えないんじゃないのかよぉ!?」
男たちの言葉を無視し、わたしはステアに話しかける。
「ステア、大丈夫ですか?」
「ぇ………?」
「いえ、結構ショッキングなものを見せたもので。大丈夫でしたか?」
「………ん。だい、じょうぶ」
「それは良かった」
困惑していたステアだったけど、今は食い入るようにわたしとノア様を見ている。
そしてノア様はというと。
「ぎゃあああああっ!?」
「この程度?この程度で、あの子の将来を潰しかけていたの?こんな無能が、私のものに手を?ああ汚らわしい。ちょっとくらい痛めつけないと気が済まないわ」
生来のドS気質を発揮し、バイロンを光魔法で完封している。
バイロンが放つ魔法はすべて打ち返し、逆に全魔法中最速の光魔法を生かした超スピードのせいで、バイロンは手も足も出ずに血だるまになっていた。
「ステア。いやだったら目をつぶってもいいですからね?」
「だいじょうぶ。ちゃんと、みる」
「そうですか。良い子ですね」
これほどのグロ映像をサンドイッチで見せられても何ともないとは、余程あの男に対して自覚できない殺意を持っていたんだろう。
他の子たちはあまりのグロさに吐いたり、気絶している子もいるというのに、大したものだ。
「ひ、ひいいい!?」
「なんだよ、この化け物どもはぁ!?」
入口の方を見ると、取り逃した二人が逃げようとしていた。
この状況で背を向けるなんて、なんて馬鹿なんだろう。
「《影縫い》」
「ぐええっ!?」
わたしのお気に入り魔法、『シャドウ・ジャック』。
簡単に言えば、相手の影を乗っ取る魔法。
さっき自分の影を操作したように、他人の影を操る。
闇魔法によって操作可能になった影は、物質に干渉可能。
つまり。
「が、ぎっ!?」
「おええっ………」
相手の影で、相手の首に巻き付くことも出来る、ということ。
「自分の影に絞め殺されてください」
しばらくのたうち回っていた二人は、やがてゴキンッ、という音と共に動かなくなった。
どうやら締めすぎて、首の骨が折れたらしい。
「ノア様、終わりました」
「あら、早かったわね。ごめんなさい、こっちはまだなの」
後ろを向いてノア様に報告すると、そこはもはや地獄絵図だった。
なぜ生きているのか不思議なくらいに体のあちこちから血が噴き出ているバイロンは、もはや指一本すら動かせず、体中穴だらけになっている。
光魔法の光線で、随分体を貫かれたみたいだ。
「人間ってなかなか死ねないのねぇ。可哀想に、ヨヨヨ」
「それはノア様が絶妙に急所を外されているからでしょうに」
「そうだったかしら?」
関節や内臓を正確に貫かれ、完全に動けなくなっている。もう助からないだろうけど、あと数分は生きるだろう。
「さて、ステア。いらっしゃい」
「………?」
「ステア、あなたの思いを聞かせてちょうだい。この男を生かしたい?」
「………!」
「私の光魔法なら、今ならまだ、この男を治せるわ。治してほしい?」
さて、ここからだ。
ステアが何と答えるかで、今後が決まる。
「私は、ステアが欲しいわ。あなたにはクロと同じくらい、凄まじい才能が眠っている。クロの魔法を見たでしょう?劣等髪と蔑まれてきたあなたにも、あれとはまた違う、だけど大きな力があるの」
「まほう………わたしが、つかえるの?」
「ええ。だけどね、ステア。私たちが進む道には、こんな些事は比べ物にならないくらい悪いこともしなきゃならないかも。そんな時、誰の命を助け、誰の命を奪うか、決めなくてはならなくなるわ。これはその練習よ。貴方の言葉一つで、あの男は生きるか死ぬか決められる」
「………………」
「決めなさい、ステア。あなたが決めるの。誰よりもあの男に虐げられてきたあなたにしか、あの男を裁く権利はないわ」
ステアは、ノア様の言葉をかみしめるように聞いた後、ゆっくりとバイロンに近づいた。
「………ステ、ア………………」
「………………」
「たす、けろ………!」
「………!」
そして。
「決めたかしら」
「ん」
「どうしますか?」
「………ころして」
「クロ」
「《強制経年劣化》」
寿命を早める闇魔法が、バイロンの周りを包み込む。
「ステ、アああ………!」
「………だいっきらい」
吐き捨てるような、ステアの言葉を最後に。
元奴隷商人バイロンは息絶えて。
同時に、その場にいたわたしとノア様以外の全員につけられていた、すべての首輪が、音を立てて外れた。