第317話 家族よりも強い絆
春秋 那由多、雛月 永和、そして日陰 久音。
わたしたちが出会ったのは、きっと3人の過去未来全ての運を結集した奇跡だった。
だけどわたしたちの関係は、自分で言うのもなんだけど酷く歪だった。
便宜上、親友という言葉で留めてはいるものの。その一言では表せないと思う。
共依存や一心同体、「気持ち悪い」と言われたこともあった。
だけどそれでよかった。わたしたちに理解者なんて必要なかったから。
ただ、互いが互いを大切にしていればいい。
1つだけ確かなのは、わたしたちは互いを、自分の命よりも大切に思っていたことだ。
***
「………」
「えっと、どったの久音。その格好」
これは―――昔の記憶だ。
クロではない、日陰 久音としての記憶。
視点は自分なのに俯瞰して見ているような、妙な感覚だ。
今のわたしは、汚れた水を被ってとんでもなく汚い格好をしている。
思い出してきた。そうだ、この時は確か。
「クラスの男子に手紙で呼び出されて、一斉にかけられました」
「寒くない?」
「寒いです。暖めてください」
「仕方がないなーもう」
永和が教室から大きなタオルを持ってきて、わたしを拭いてくれた。
いつもは荒っぽいくせに、この時は凄く丁寧にやってくれたのを覚えてる。
「今日は帰る?お風呂入った方がいいよこれ」
「うち、お風呂ありません」
「じゃあいつも通り那由多の家の借りる?」
「まあ、那由多が迷惑じゃなければ」
「……」
「那由多?さっきから黙ってどうしたんです?」
「久音をこんな目に合わせた低能猿に10倍返しをしつつ、私たちのアリバイを作る報復の方法を考えてる。ああシャワーは勿論いいよ、どうせ今日も親は帰ってこないし」
「ありがとうございます。でもそういう仕返しみたいなのは別にいいですよ、またやり返されるだけですし」
「?何言ってるの久音。やり返せる精神状態を残すのは報復とは言わないよ」
「こっわ。でも手伝う。なにすりゃいい?」
わたしにとってはどうでもいいようなことでも、2人は本気で怒ってくれた。逆に永和が似たような目にあった時は、わたしと那由多でお礼参りにいったっけ。
確かわたしをいじめようとしたあの男子たちはその後、偽ラブレターで那由多が人通りの少ない体育館裏の林みたいなところに誘導して、そこに永和が梯子なしじゃ絶対に上がれない設計の落とし穴を作ってたんだっけ。
見事に全員嵌まって、そのまま放置された挙句にホースで水までぶっかけられ、警察が動く騒ぎになっていた。
まあ勿論わたしが疑われたわけだけど、わたしはその時間に那由多に言われてお迎え教室で本を読んでて、次に疑われた永和もわざと廊下を走り回って先生に怒られ、残る那由多はどういうわけか多数の証人がいてアリバイが成立し、事件は迷宮入りした。
こんな風に、わたしたちは3人で1人だった。誰も裏切らない、誰も嫌わない。1人がミスしたら3人でカバーし、1人がいじめられれば残り2人が全力で報復する。誰にも邪魔されない、絶対の絆がそこに在った。
ある時はこうだ。
これは、いつものように那由多の家に入り浸って、ダラダラと漫画を読んでいた時。
「やっぱ今のジャンプで一番面白いのは暗○教室だよね、うん」
「え、SKET DAN○Eでしょう?」
「でもあれもうすぐ終わるじゃん」
「ス○ット団は永久に不滅です。わたしの中で生き続けるんです。あと、暗○教室の話するなら、わたし同じ作者さんのネ○ロの方が好きなんですけど」
「お?喧嘩する?」
「2人ともくだらないことで喧嘩しないでよ。あと今のジャンプで一番面白いのはめだか○ックスだから」
「それこそ今週号で終わってたよ」
「もう今のジャンプじゃないですね」
「西尾○新先生は必ず戻ってくるんだよジャンプに。これだからジャンプの真髄を理解してないガキンチョ共は。大人しくニセ○イと○ーマのちょっとエッチなシーンチラ見して顔赤らめてな」
「おい!それはぶりかえさない約束だっただろ!」
「本棚の裏にTo L○VEる隠してた那由多にガキンチョとか言われたくないです!」
「なんだと!」
好きな漫画とかキャラとか、くだらないことで喧嘩し合い。
またある時は。
「アタシはグーを出すよ」
「分かりました。ジャン、ケン、ポン」
「あれえ!?なんでチョキ!?」
「わたしが嘘を見抜けるの忘れてません?」
「グー出すって言っておけば久音もグーを出すと思ったんだろうけど、本当ならパーを出せばいいし、嘘ならチョキを出しとけばとりあえず負けはしない。久音に自分が出す手を教えただけだね」
「というわけで、このクリームパンはわたしのものです」
「だああああああ!運動神経なら久音に敗けないのに!」
お迎え教室で出たおやつを誰が取るか、勝負をしあったり。
またまたある時は。
「どりゃああああ!!」
「あっ、ちょっ……!」
「はい、隙あり」
「あああっ!?また負けた……」
「久音、こういう格ゲー苦手だよねぇ!おらぁくたばれ那由多!」
「ふっ、ダメダメ。ちゃんとカウンター考慮しなきゃ」
「え!?今のなにっ……あああまた那由多の勝ちじゃん!」
休日に那由多の家に集まってずーっとゲームして過ごしたり。
この時のわたしは、間違いなくかつての世界の人生で一番幸せだった。
家では殴られ蹴られ、散々な目に合っていたけど、学校にいけば永和と那由多がいる。それだけで何でも耐えられた。
大好きで大好きでたまらない、最高の親友。
家族という概念がよく分からないわたしたちにとって、お互いは家族よりも大切で、命に代えても守らなきゃならない人だった。
だけど、わたしたちにも血縁上の家族がいた。
両親共々わたしに関心なんてなくて、サンドバックか金に代えられる道具としか思われていないわたし。
父親の暴力に耐え続けて心と体が壊れかけた母親を支えている永和。
そして、ここ数ヶ月一度も両親が家に帰ってきていない那由多。
永和はお母さんのことは大切に思っていたけど、父親は殺してやりたいと言っていた。
わたしも両親が恐ろしいから従っているだけで、逃げ出せるものなら逃げ出したいと考えていて、那由多に関してはいなくなっても興味を持たれない可能性すらあると話していた。
もう、わたしたちには血でつながった家族なんかよりも遥かに大事な存在が2人もいた。
だからこそ、小学6年生の時に那由多が話したその理想に、わたしたちは惹かれた。
「私たちはさ、お世辞にも幸せな家庭なんて言えない。だけど、私たち3人で幸せを掴むことは出来ると思うんだよね」
「そりゃ出来るでしょ、アタシらだよ?」
「ですね」
「でも、その理想には邪魔な人が、2人にはいるよね」
「父と母のことですか?」
「うちのクソのこと?」
「うん。もしかしたらさ、私たちのこの時間はもう長く続かないかもしれない。2人にも家庭の事情があるから、もしかしたら何日も経たないうちにいきなりここを離れる、なんてことにもなるかもしれないよね。2年も一緒に過ごせたのは奇跡だと思う」
「たしかに」
「だからさ、約束しようよ」
そう言って那由多は立ち上がった。
わたしと永和もそれにつられた。
「約束?」
「うん。わたしたちがもし離れ離れになっても、絶対にお互い助け合おう。そして、色々と制限がなくなる16歳くらいになったらさ」
那由多は声を落とし、そして信じられないことを口にした。
「2人を苦しめる悪魔は皆殺しちゃって、3人だけで一生暮らそうよ」
小学6年生の少女が、親友とはいえ他人の親を殺すことを提案する。それは異常な光景だった。
だけど、永和と那由多が全てで、それ以外に一切興味が無かったあの時のわたしは。そして、わたしと那由多と母親が全てだった永和にとっても、その提案は希望に満ち溢れていたのだ。
「捕まったりしたら?」
「捕まると思う?私が主導するんだよ?」
「ははっ。そりゃそうか」
「ふふ。いいですね、それ。最高です」
わたしと永和は容易く同意した。
きっと今同じ状況に置かれていたとしても、わたしは同じようにする。
だって、それだけ那由多を信頼し、互いを想いあっていたんだから。
「じゃあ、約束だよ。私たちは、何があってもお互いを助け合う。そしていつか、邪魔者を殺して3人だけの世界で幸せに過ごす」
「あはっ!生まれて初めて将来の夢が出来た!」
「わたしもです」
そうして、わたしたちは約束を交わした。
絶対に誰も破ることはあり得ない。那由多がいれば、絶対に叶うはずの夢だった。
那由多が死んだのは、その1か月後のことだった。