第314話 史上最強
ナユタ―――その名前を聞いたことが一度だけある。
そう、以前転生者の話をした時。ノア様に聞かれたのだ。
『あなたのかつての世界に―――ナユタという名の天才はいたかしら?』
あの時のノア様の言葉、かつてノア様が勝てなかった存在だとするならば納得がいく。
つまりこのナユタという女が、転生者と疑うほどの強さを持っているとノア様は考えていたのだ。
ハルとルーチェが手を組んで、それでも尚勝てなかった怪物。そう考察するのも無理はない。
「な、なに?誰だこいつっ!」
「……詳細に話している時間はありませんが、彼女がスイの言う“怪物”だそうです」
「はあ!?じゃあなに、1000年も生きてるっての!?」
「そのようですね。なんでも我らの主の前世であるハルとルーチェが終ぞ勝てなかった存在だそうです。隙を見て逃げますよ」
「りょ、了解……」
“ナユタ”は、ずっとひたすらに恍惚とした表情を浮かべている。
歓喜。感動。表情からは正の感情しか読み取れない。
何を喜んでいる。何に心動かされている。
全く分からない、それが不気味すぎる。
『スイ、彼女の魔法は―――』
「いけっ!」
その意味不明な表情に慄いたのか、ホルンが連れていた死体人形を一斉に襲いかからせる。
計15体の死体人形、しかも選抜した精鋭。多少時間は稼げるだろう。
数秒稼いでくれればスイに入れ替わり、わたしとホルンの時間を加速させて一気に―――。
「《潰せ》」
しかし、その考えは一瞬で水泡に帰した。
ただ一言、ナユタが呟いただけ。
それだけで、全死体人形がぐしゃりと音を立てて潰れた。
まるでその部分だけ重力が増したように、あっさりと。
「は、あ……え?」
「――――っ!」
「《閉じろ》」
それだけではない。
妙な音に後ろを振り向くと、わたしたちが通ってきた通路が壁で閉ざされた。
まさか。
この女の魔法は。
「スイ!!まさか……!」
『そ、そうだよ……ナユタの《言霊魔法》は……発した命令が現実になる魔法だ……!』
「反則でしょう!?」
言霊。発した言葉が現実に起こるという考え。
それが魔法で再現されるなら、あまりにもチートすぎる。
だってそれは―――!
「《凍れ》」
「うわっ!?」
「ちょっ……」
事実上、他の魔法の一部を使えるようなものだ!
氷を操るのは《氷雪魔法》の特権、それを平然と!
「ふふっ、良い身のこなしだね。じゃあ《醒めろ》」
「……?」
「やっぱ効かないか。仕方ない」
何に対して使用したかは知らないが、今、言霊が発動しなかった。
もしかして、何か発動条件がある?それとも―――。
「後で謝るから―――少し弱ってもらおうか。《崩れろ》」
「っ!?」
「足場が……」
床が突然崩れ、バランスが取れなくなる。
更に。
「《壊れろ》《襲え》《封じろ》」
「はやっ―――!?」
周囲の柱の一部が壊れ、わたしたちを襲う。
逃げようともがいたが、足元の崩れた岩がわたしたちの足を封じていた。
「がっ……!」
「つぅっ……!《魂魄衝波》!」
「《移れ》」
急所は当たっていないものの、わたしもホルンもかなり被弾し、出血してしまう。
ホルンが魔法でやり返す……が。
「消えた!?」
「こっちだよ」
「!まさか―――瞬間移動!?」
逆に何が出来ないんだ、こいつ!
「スイ、こいつの弱点は!」
『ほ、ほぼないよ……強いて言うなら、こいつの魔法は、生物を対象とする場合は魔力抵抗の他に意思の力で弾けるってくらいだ。さっきの《醒めろ》の言霊は多分、クロかホルンのどちらかに対して使って、無意識で弾いたんだと思う』
それだけ?
わたしたち自身に対して魔法を使わずとも、周囲の環境を利用して攻撃する手段なんていくらでもある。
『ごめん、ボクはあいつと何度も戦ったけど、一度も本気出させたことないし一方的にやられてたから、全然あいつの本領を知らないんだ。主様とルクシアなら知ってるだろうけど……』
「ホルン、どう思います?」
「ははっ……ま、精一杯自分たちを過大評価して、あいつを過小評価して―――勝率ゼロだね」
「その心は?」
「アタシ、人のオーラっつーか、魂が見えるのよ。死霊魔法の特性でさ。……あれはダメだ。ご主人様以上だよ」
ルクシアより強い―――ということか。
それはたしかに勝率ゼロだ。
ホルンは早々に死体人形を全て潰されているから攻撃力は激減していて、スイは怯えていて普段の力が出せないだろう。
実質1対1。無理だ。
「ですが、抗わずに殺されるのは性に合わないんですよ」
分かっている、勝ち目はない。
だけど、せめて少しは傷をつけよう。
もしノア様たちが戦うことになった時、少しでも楽に戦えるように!
「《連射される暗黒》!」
「あはっ。《防げ》」
すべて防がれたが、その隙に足元の瓦礫を消して脱出。
「《死……」
「《替われ》」
「ス!……!?」
即死魔法を放つが、そこにあったのは瓦礫だった。
どこにいっ……!
「ホルン!」
「え?」
「ごめんね」
さっきの言霊、ホルンの真横の瓦礫と入れ替わったのか!
「んのっ……!」
「《抜けろ》」
「がっ!?」
ホルンは蹴りを入れるが、簡単に受け止められてナユタの拳がホルンの鳩尾に入った。
防御をしていたはずだが、無防備な状態で受けたように血を吐いて膝をついている。何故だ。
いや、そうか。《抜けろ》で防御全てをすり抜けて攻撃したのか!
「げほっ……」
「《固めろ》」
「ぐっ!?」
ホルンの周囲の瓦礫が再び動き、張り付いた。
動こうとしているがびくともしていない。無理もない、死霊魔法にこの状況を打破する魔法はないはずだ。
考えろ。ナユタのことを。
考察しろ。ナユタの魔法を。
ナユタはさっき、《代われ》で瓦礫と入れ代わった。
何故そんなまだるっこしいことを?《移れ》で瞬間移動できるなら、それでいいだろう。
まさか、使えなかったのか?
『スイ!あの女もしかして、同じ言霊を続けて使えないのでは!?』
『え?……そういえば、戦ってる時に同じ言霊を使ってたことない、かも』
『それです!』
戦いを出来る限り長引かせ、語彙力を奪う。
何かを防ぐことに使える言葉はそこまで多くないし、この瓦礫と、奥にある幾つかの魔道具らしきもの以外は何もないこの部屋なら、攻撃手段もそれほど多くない。
何故かは分からないが、ホルンを拘束したことからこの女はわたしたちを、少なくとも今は殺す気はなさそうだ。
手加減された攻撃なら避け続けるのも不可能ではないはず―――。
「どうしたの、黙っちゃって。もしかして……頭の中のスイピアとお話し中?」
『!?ひっ……』
「なんで、知って―――」
「揺らいだね。《酔え》」
「うっ!?」
なんだ、これ。
くらくらする、気持ち悪い。
周りの景色がぐるぐる回って、立つことすらままならなくなる。
「うえっ……」
『クロ!しっかりして!』
頭に響くスイの慣れた声すら、頭痛の影響となって思わず「黙れ」と言いそうになってしまう。
「昔からよく使っていた手なんだよね。私の魔法は精神魔法以上に意思の力の影響を受けてしまうから。一般人なら普通に通るんだけど、信じる存在や確固とした理念があると全然通らなくなる」
ナユタが近づいてくるのが分かるが、応戦出来る気がしない。
体が熱い。世界が回る。
「だから、ちょっとした言葉を使って意識を揺らがせて、そこに《酔え》とか《潰れろ》とか《回れ》とか、そういう言霊でとりあえず相手を酔わせて思考力を奪うんだ。こうすればその後の生物対象の言霊が通りやすくなるからね」
勝てる気が……しない。
書いてる時の作者の本音
「何この子怖っ」