第307話 “世界最強”
結果は。
「っぶねぇなマジ……」
「ちっ」
当然の如く抵抗された。ただでさえ膨大な魔力量とそれに裏打ちされた魔法抵抗力、加えて闇魔法を撃ち消す光魔法の使い手なら当然と言えば当然。
だが、これで気を逸らせた。
―――ズガンッ!
大きな音と共に、遠くまで離れたオウランがルクシアを狙撃。
超音速で飛ぶ弾丸は音では察知できない。案の定ルクシアは音が鳴るほんの一瞬早く、驚いたような顔をしながら自分の胸に弾丸が吸い込まれていくのを見ていた。
「やったか!?」
「それ言うなって何度もクロさんに言われたじゃありませんの!」
だが、ルシアスが余計なことを言ったためか。
「っ!」
『代わってクロ!』
ルクシアは何事も無かったかのようにわたしと距離を詰めてきた。
闇でガードしている間にスイと入れ替わり。
「《逆流衝波》!」
空間の時間を少し戻し、攻撃に用いられたエネルギーを再発動させる魔法。
ルクシアはギリギリで回避し、リーフとルシアスが畳みかけた。
「……主様。さっき弾丸当たってましたよね」
「ええ、でも貫通はしてなかったわ。あの威力で人体を抜けないってことはないはずだから、あの女が何かをして防いだんでしょう」
「でも、確かに弾丸は心臓部に命中したはずです。血も出てましたし」
「多分だけどあの女、当たった瞬間に回避を諦めて体内で光線を撃って、心臓に届く前に弾を消し飛ばしたんだと思うわ。これなら軽傷で済む」
「た、体内って。主様出来ます?」
「出来るわけないでしょ、そもそもほぼ必要ないし」
「ですよね……」
ノア様の推測が正しければ、あの女が行ったのはとんでもないことだ。
基本的に、自らの体内で魔法を発動するっていうのは非常に危険な行動だ。完全耐性がデフォルトで備わっているが故にノーリスクな毒劇魔法をはじめとする例外はあるものの、本来は自分の魔法は自分にも効く。それを急所の塊である人体内部で発動するなんて正気とは思えない。
精密機器の中に入った極小の異物を箸で取り除くようなものだ。一歩間違えれば自分の体内が焼かれて自滅する。
まして、それを今のバーサク状態で本能的に行えるほど簡素にやってのけるとは。
悔しいし腹立たしいが、この誰よりも卓越した魔法技術こそあの女が世界最強たる所以だ。
「まだだ!」
オウランが今度は機関銃を取り出し、ルクシアに向けて連射した。
爆音と共に発射される弾丸。しかし、ルクシアはすべて光線で撃ち落とす。
その隙にリーフが雷をまとって接近。感電ダメージを負わせることに成功。
続いてルシアスが震脚で地面を揺らす。地割れと共に周囲一帯が凄まじい揺れを見せ、たじろいだルクシアをすかさずノア様が攻撃。
ルクシアは毒の効果でかなり弱ってきており、防戦一方。
このままいけば勝てる。それは確実だが、同時にこの状況が続くわけがないこともわたしは確信していた。
「……ふぁあ」
そして、その予感は現実となる。
ただ1回。そう、ただ1回欠伸をしただけで―――空気が変わった。
勘が鋭いリーフとルシアスは瞬時に退避し、ノア様も一瞬で私の前に戻ってきた。
「ふぁ、ああ……んー?あら、ワタシなんでこんなところに……?」
この女、マジで寝ぼけている時の記憶がないのか。
そこそこなダメージを受けている筈なんだが。
「っていうか気持ち悪。風邪でも引いたかし、ら……?」
ルクシアは目をぱちぱちさせ、ノア様と目を合わせた。
数秒見つめ合った後、ルクシアは目をごしごしと強くこすり、もう一度ノア様を見て幻覚じゃないことを確認すると。
「ノ……ノアちゃん!なに?なんでワタシの寝てる傍にいるの?夜這い?夜這いなんだね!?ようっやく素直になってくれたんだ!でもあ~も~相変わらずノアちゃんったらおっちょこちょいなんだから、夜這いは夜にやらないとダメでしょ?あ、もしかして朝からの見せつけプレイをお望みとか!?ノアちゃんったら変態さん!でもそんなノアちゃんも大好きだから大丈夫だよワタシは受け入れ」
「マジで名誉棄損で出るとこ出てやろうかしら、変態云々をあんたに言われたくないわよクソ女!」
「あー、そんな汚い言葉使っちゃダメじゃない。あ!そっかそっか、ワタシに矯正して欲しいっていう意思表示なのかな!?うふふふ、いいよいいよ、じっくりたっぷりねっとり教えてあげるから!」
「……本当に話が通じない女ね」
覚醒早々ノア様に絡み始め、恍惚の顔をしたルクシアに、全員が苦々しい顔をした。
いや違った、ステアだけ今にも飛び掛かりそうな鋭い目をしていた。
「でも、あらぁ?本当になんでワタシこんなところに?こんな海岸の近くに来た覚えないんてないのだけれど」
「……寝ぼけてここまできたんでしょ。相変わらず最悪の寝起きね」
「え?……あ、もしかしてまたやったのかワタシ。どうしよう、ケーラに怒られる」
そりゃ、これまで散々用意してきたであろう罠や地の利をすべて台無しにしてこっちに突っ込んでいかれたら怒るだろう。わたしだって怒る。
「ええ……いったん引こうかしら。でもノアちゃんが目の前にいるのに、それを諦めてどこかへ行くというの?そんなの考えられない、嗚呼どうすればいいのワタシ!」
「世界一気持ち悪い葛藤をしないでくれる?」
「というかあの女、毒が回っている筈なのですけれど効いてます?」
「私に会えたテンションで若干毒を無視できてるんでしょ。好都合だわ、このまま回って死んでくれればいいのに」
「はぁ……とりあえず、状況を振り出しに戻さなきゃ」
ノア様の願いは届かず、ルクシアは自分の手を胸に置いて治癒を行おうとした。
それを阻止しようと、リーフが落雷の速度で突っ込む。
「!?」
「《完全治癒》」
だが何が起こったのか、リーフは横方向に吹っ飛ばされ、意にも介さないルクシアが自らに状態異常を含むあらゆるダメージを治癒する魔法をかけた。
ルクシアの傷も毒もすべて消え去り、完全に振出しに戻された。
「……マジか」
「ルシアス、見えてましたか?」
「ああ。あの女、あの速度で突っ込んだリーフの手首を掴んで、合気道の要領で投げ飛ばしやがった。しかも片手でだぞ?どんな技術だよ」
冷や汗をかきながらのルシアスの解説に、わたしは再認識する。
目の前にいるのは、紛れもなく世界の頂点に君臨する魔術師なのだと。
「魔法主体で戦う魔術師の中でも、リーフや姫さんみてーに体術を織り込むヤツは意外といる。だが、アイツは段違いだ」
「ルシアスよりもですの?」
「身体能力は俺の方が何十倍の上だ、それは間違いねえ。だが細かい技術になるとアイツの方が上かもしれねーな。魔法無しならゴリ押しで勝てるだろうが、有りなら勝算0だ」
「ステア、一応聞くんだけどアイツに魔法は」
「効かない。さっきから、何度も、殺そうとしてるのに」
「お、おう」
魔法も体術も精神力も、1000年のキャリアによって極限まで研ぎ澄まされた、最強の女。
史上最強と言われても違和感がない、戦の極致。
勝てるのか?わたしたちに。
「さて、これから戦うわけだけど……その前に1つだけ、確認してもいいかしら?」
「なあに?ノアちゃんの質問ならなんでも答えるよ!」
「あなた、ずっとこの大陸にいたのよね。あそこ、確認した?」
『「!」』
わたしが一抹の不安を覚えている間も、話は進んでいた。
しかし、様子がおかしい。
さっきまで笑っていたルクシアが、笑みを消してその顔に影を落として下を向いた。
頭の中のスイも、なにやら感情が揺れている。
あそこ?どこのことだ?
「してないよ。ノアちゃんだって同じ立場ならしないでしょう?」
「……まあ、ね」
「でもすべての魔法が起動したままだったよ。それは間違いない。どうしてそんなことを突然?」
「あの後色々あってね、やたらめったらあれの顔が頭に浮かぶのよ。だから……」
「有り得ないよ、ノアちゃん。だってあいつは―――」
「ルクシア様!」
「あら、ケーラ。それにみんなも」
耳を傾けている暇はなく、突然ルクシアの側近たちが目の前に現れた。
封印魔術師ケーラ、金属魔術師メロッタ、死霊魔術師ホルン、伸縮(推定)魔術師リンク。
「ご主人様、ご無事ですか……ぐふっ」
「おいしっかりしろホルン!主君様、ホルンがダメージを!」
「え、なんで?」
「え!?いや、その、それは……」
「あなた様が寝ぼけて鳩尾に一発食らわせたんですよ。責任もって治してあげてください」
「お姉様、そのホルンをなんとかしてやったのはリンクです!褒めてください!」
「てめぇは……心ゆくまでアタシを罵っただけだろうが……いつかぜってー殺すからな……ぐぅ」
「ノ、ノアちゃんちょっとタンマ!ごめんねホルン、今治すから!」
やかましいなこいつら。
作中の魔法解説コーナー⑨
【染色魔法】
髪色:可変
使用者:ルクシア・バレンタイン
特性:なし
光属性と闇属性の転生魔法がぶつかりあい、結果産まれた突然変異魔法。任意で自他問わず髪色を後天的に変化させることが出来る。そのため、理論上は世界の希少魔術師の人口を増やしたり、複数の魔法を同時に習得することが可能。しかし、だからといって最強の魔法かと聞かれるとそうではなく、弱点も多い。例えば魔法の習得は各属性によって全く方法が異なるため、髪色を変化させても一から習得しない限り無力なことや、2人以上は同じ髪色に染めることが出来ないこと。他にも他人を変化させるには術者が触れ、かつ同意がないといけないため、髪色を強制変化させて魔法を封じたりは出来ず、髪色を変化させるのに約1秒かかり、その間は他の魔法が使えず致命的な隙になるなど意外と不便。だが、裏技として髪色を変化させるとその色の特性は反映させることが出来る。例えば黒髪に変化すれば暗視と生体感知は使用可能。
どの魔法を習得するかによって変化するため、相性差はない。