第305話 初手
あけましておめでとうございます!
今年も作者と作品をよろしくお願いします!
まだ朝日の昇らないギリギリの時間。
わたしは欠伸を噛み殺しながら望遠鏡を覗き込んでいた。
正直寝足りていると答えれば噓になる睡眠不足ぶりではあるが、最低限見張りは必要だ。
これが命令されてやっていることなら愚痴の1つもこぼしたくなるが、実際はここ数日不眠不休で見張りをやってくれていたルシアスを流石に少し休ませるために自分から志願したことだから仕方がない。
ちなみにルシアス本人は頭を搔きながら「別にあと10日くらいでもいけるんだがなあ」とか言っていた。果たして彼をもう人間に定義していいものか。
「……あ」
そんな疑念を持っていたその時、東の空が若干明るみ、望遠鏡にその輪郭が映った。
わたしはマストから飛び降りて、船室の扉を勢い良く開けて。
「起きてください!大陸が見えましたよ!」
大声で全員をたたき起こした。
「んっ……もう?早いな」
「よっと。おはようさんクロ、見張りすまねえな」
「起床」
目をこすりながらもすぐに布団から出るオウラン、瞬きの瞬間には既にハンモックから降りてわたしの目の前に立っていたルシアス、軍服のままがばっと体を起こしたリーフはともかく、他の3人が起きる気配がない。
……いや違う、起きてはいるが寝相のふりをしてノア様の布団に潜り込もうとしている馬鹿が1名いる。
「うう~~~ん、ぐへへぇ、お嬢様ぁぁぁ」
「オウラン、耐性切ってください」
「ほいよ」
「んぶっ!?」
振動耐性をオフにされた途端に口元を抑え、フラフラと起き上がって青い顔をしたオトハは、わたしにペコリと頭を下げて外へ出ていった。おそらく昨日食べたものを魚の餌として献上する気だろう。
さて、これであと2人。
「ステア、ノア様、起きてください!見えましたよ目標の地が!」
「んんぅ……」
「もう、うるさいわよママ……」
「誰に向かってママと言ったんですかぶっ飛ばしますよノア様」
「あなた最近、前にも増して口悪くなったわね……」
「日頃のあなた方の行動のおかげで。さっさと起きてください、最悪の場合今この瞬間にルクシアに攻め込まれるかもしれないんですよ!」
「大丈夫よ、あの用意周到な女が地の利を使わずにわざわざ攻め込んでくるわけないじゃない……最低でも上陸までは安全よ……あと5分寝かせて」
「ダメです。何故ならあと5分と言った者が5分で起きる確率はほぼ皆無だからです。観念してステアを離して起きてください」
「イヤよ、ステアはあったかくて心地いいんだものぉ」
「ん。私も、お嬢と、寝てたい」
「そうですか、分かりました。朝ごはんはホットケーキだったんですが、我々で食べますね」
「起きた。おはよう」
「ちょっとステアぁ……」
「ノア様を起こしたら特別に6段重ねにしてあげます」
「《睡眠妨害》。お嬢、起きて」
「強引ねぇ本当に」
完全にステアの力で覚醒したらしいノア様が、不本意そうに体を起こした。
「ん~~っ。ああ、本当に見えるわね」
「上陸まではあと1時間ほどかかるかと。先にわたしとリーフが先行して安全性を確認します」
「そうね。昔の私の闇魔法の効果がどの程度残っているのか調べてきて頂戴」
「かしこまりました」
伸びをしながらそう言うノア様に、わたしは頭を軽く下げる。
闇魔術師のわたしと、最強の危険察知力を持つリーフならまったく問題はないはずなので、わたしたちの中で魔法防御が最低出力のルシアスでも耐えきれるかどうかを調べる必要がある。
リーフの方を振り向くと、わたしが焼いたホットケーキをパクついていた。
「リーフ、聞こえてましたか?食べ終わったら支度をーって、もう終わってましたか」
「ごちそうさまでした」
「お粗末様です。さ、行きますよ。……ん?」
リーフが手を合わせたのを見計らって、風魔法で運んでもらおうとしたその時。
大陸の方角から、何かが飛翔してくるのが見えた。
「ルシアス、あれなんです?」
「あー、魔獣だな。鳥型のでかいやつだ」
数は全部で3匹。
時間が経つにつれてわたしにも見えてくる。
鳥というよりは翼竜。かつての世界でいうところのプテラノドンのような魔獣だ。
そしてわたしにも見えたということは、すなわちこの船に向かってきているわけで。
「撃ち落とすか。近づかせてもいいことねえだろ」
「そうですね。オウランお願いします」
「分かった」
ルシアスの意見に賛同し、オウランが船室に入っていき、ほどなくして大きなバッグを持って出てきた。
そこから素晴らしい手際で組み立てを始め、程なくして、
「よし」
立派な狙撃銃が出来上がり、オウランはスコープを覗いて照準を合わせた。
「この距離なら外さないね」
「じゃあお願いしま―――」
そこで妙なことにわたしは気づいた。
魔獣の速度は想像以上に速い。豆粒ほどの大きさだったはずなのに既に鮮明に姿が分かる距離まで来ている。
残り約100メートルといったところだろう。わたしの生体感知の範囲内だ。
なのに、あの魔獣は一切引っかからない。何故だ。
―――まさか!
「オウラン、待っ……!」
―――ズガン!
慌てて止めたが時遅く、オウランは銃弾を発射。
1匹の眉間を正確に撃ち抜き、吹っ飛ばした。
「え、なに?どうしたんだ?」
「……いえ、もう仕方がありません。もう2匹も仕留めてください」
「ああ、うん」
そのまま2発の銃声と共に魔獣は沈み、空には何もいなくなった。
相変わらずの腕に感嘆したいところだが、生憎それどころではない。
これはまずい、しくった。
「どうしたんだよクロ、悔しそうな顔して」
「あの魔獣、わたしの生体感知に引っかかりませんでした。生きていません」
「!確認、それってまさか」
「おそらく死霊魔法によって疑似魂を埋められた死体人形です。その人形を今潰してしまったため、疑似魂は消えたでしょう。その反応は術者に伝わります」
「マジか」
「やられたわね。今ので私たちが近くに来ていることがバレたってわけか。多分周囲全体に死体人形を配置して、新しい船が来たら襲えとでも命令していたんでしょう」
「大丈夫。近づいたこと、ばれただけ。今すぐ、全員上陸すれば、居場所までは、バレない」
「やむを得ませんね、本当は念には念を入れておきたかったところですが……ルシアス、転移を」
「了解だ。急ぐぜ」
疑似魂が消滅した場所はおそらく死霊魔術師であるホルンにバレる。
だが、そこからすぐに移動すれば場所を掴まれることはないはず。
姿を隠せば、こっちには超広範囲の魔法領域を持つステアがいる。範囲内に入ってしまえば感知できるため、先に居場所を割り出すならこちらが圧倒的に有利だ。
先手を取られたはしたが、まだまだ致命的ではない。
「《転移》!」
ここからだ。
ルクシア・バレンタイン。今度こそ確実に、潰す。
作中の魔法解説コーナー⑦
【時間魔法】
髪色:銀
使用者:スイピア・クロノアルファ
特性:一切狂わない体内時計
2000年に1人しかその使い手が現れない、希少魔法の中で最も希少と呼ばれる魔法。空間魔法と同じく概念干渉系に類され、局所的に生物非生物問わず時間を操ることができる。主な使い方としては時間停止による拘束や超時間加速による急速劣化が戦闘に用いられるが、過去視によるサイコメトリーや1秒先の未来を先読みする未来視、状態を過去に戻すことによる存在消去など多くの応用が可能であり、少し時間を巻き戻すことで傷を無かったことにするなど、光魔法以外で唯一回復が可能な魔法とも言われている。
精神のみを過去に送ることで実質的なタイムリープを起こすことも可能。ただし、通常は記憶も巻き戻ってまったく意味がないことになってしまうため、出来るのは時間魔術師本人か精神魔術師に限られる。また、精神に直接時間操作を行うことによる負荷の影響で二回以上タイムリープすることは出来ない。
もう一つの大きなメリットとして、結界魔法や封印魔法を始めとする設置型の魔法に時間属性を付与することによって、設置された魔法の内部を時間魔法の影響下にも置くことができる。さすがに停止させ続けることは出来ないが、加速や減速は自由に行える。
欠点として時間操作の自由度が対象の質量と魔力に反比例してしまうことが挙げられ、大きすぎるものや膨大な魔力を持つものに対しては効果が及びにくい。更に、あくまで局所操作のため、世界中の時間を停止させたりすることは出来ない。
光魔法にとっては闇魔法、重力魔法と並ぶ天敵属性であり、更に氷雪魔法や毒劇魔法といった時間をかけることで蒸発・無毒化する属性とは相性が良い。
ただし、概念の影響を受けない闇魔法とは相性が悪い他、重力魔法も時間に対して影響を与えるため、天敵属性。ただし闇魔法は共闘する場合は時間停止した状態のものにも闇魔法の影響が及ぶため、そういう意味では相性が良い。