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第303話 王国兵のリサイクル

「おお……」


 目の前の立派な船を目の当たりにして、わたしは思わず声を漏らした。


「試作品だからまだ甘い部分はあるようだが、3ヶ月という短い期間を考えればまあ上出来だろう。少なくとも、件の大陸に渡るには申し分ない筈だ」

「はい、十分です。どうもありがとうございます」

「礼ならば職人たちに言ってくれ。それに我が帝国の仇を殺すためだ、手助けは惜しまん」


 ノア様たちと合流してか2ヶ月が経過し、フロムから船が完成したという知らせを受けて見に行ってみれば、予想以上のものが出来上がっていて仰天した。

 スギノキからステアが持ち帰った造船情報があったとはいえ、これほどのものを完成させるとは。流石は世界有数の巨大国家、良い人材がそろっている。

 大きさはそれほどでもないが、わたしたち全員が乗り込むにはまったく問題ない。快適な旅が出来そうだ。


「本当はワシも行きたい所なのだがな。陛下がいない今、ワシがこの場を離れるわけにはいかん。仇討ちはリーフに任せることにしよう」

「賢明な判断だと思います」


 ぐっとなにかをこらえながらそう言うフロムの言葉を、わたしは同情しながらも肯定した。

 フロムは強いが、ルクシアは流石に相手が悪すぎる。

 ノア様、わたし、ステア、ルシアス、リーフの5対1ですら、確実に勝てるとは断ずることが出来ないほどの規格外だ。

 勝てたとしても、わたしたち全員が生きている保証はない。むしろ1人か2人は道連れにされる可能性の方が高いくらいだろう。

 だけど、ここであの女を仕留めなければ、真の意味でノア様の目的は達成されない。ルクシアは確実に次で葬り去る。


「フロムさん、船員については?」

「君たちの暗殺未遂を企てた、元赤銅兵団の団員を何人か使うといい」

「例のわたしたちがいない間に集団捕縛された連中ですか」

「ああ。海の知識がある者は少ないが、ステア君の魔法があればそんなものは問題とならんだろう?」


 希少魔法の存在を知ったのは最近だというのに、順応性の高い男だ。こういうのも彼がかつての皇帝に重用されていた理由なんだろうな。

 確かに、ステアの精神魔法で操船知識を植え付けた上で操ればまったく問題とならない。


「ではそのようにします。出発はいつ頃からできますか?」

「罪人の出所手続きや細かい船の調整がある。早くて明後日といったところだ」

「承知しました。ではそのようにノア様にお伝えします」

「よろしく頼む。……ところで、他の面子は何故来ていないのかね?」

「ノア様は寒いからと断り、ステアはそのノア様にくっついています。オトハは事故を装ってノア様に接吻を迫った件で罰としてステアの椅子になっており、オウランは障害物がある時でも銃を撃つ練習をすると山籠もりに行っていて、ルシアスとリーフは気が付いたらいませんでしたね」

「リーフをついていかせたワシが言うのもなんだが、君の仲間はマイペースが過ぎないかね?」

「分かってくださいますか?最近は一度わたしがキレたのが効いたのか若干鳴りを潜めましたが、それでもまだまだ胃薬が手放せませんよ」

「……お互い大変だな」

「まったくです」


 最近ではスイも深夜徘徊をしなくなったし、わたしに話しかける時も突然ではなくて小声を心がけるようになった。

 ノア様やオトハに関しても以前より1割くらいは問題を起こす頻度が減った気がする。だがそれだけだ。

 相も変わらず手がかかるのは変わらない。

 ギャアギャア騒ぐ仲間を鎮めて、着替えすらマトモに出来ない主人を手助けして。

 なんだこれ。大量に子供を抱えた母親か?

 そのうち誰か「ママ」とか呼んできそうだ。呼んだヤツはぶっ飛ばそう。


「とにかく、明後日には出航できると伝えておきます」

「うむ、頼んだぞ」

「お任せください。ところでフロムさん、帝国の現況はどうなんでしょうか?」

「部隊の再編成は既に完了している。赤銅兵団は君たちの命を狙っていた連中のみ捕らえ、群青兵団と共に紅蓮・翡翠兵団に吸収した。中にはリーフを良く思わん連中もいてな、文句も出たのだが……」

「どうしたんです?」

「普通に全員リーフが黙らせた。『挑発、そこまで言うなら全員かかってこい』と言ってまとめて張り倒して格の違いを見せつけてな。500対1で敗北しては流石に誰も文句を言わなかったぞ」


 まあ、そりゃそうだ。

 小国程度ならば1人で滅ぼせるくらいの強さを持つはずのリーフ相手じゃ、500人なんていていないようなもんだろう。

 間違いなくノア様以外のメンバーの中では、ステアに次ぐ準最強だろうな。

 わたしもまあ、正直かなり強くはなったが、リーフ相手じゃ30回に1回勝てるかどうかってところだと思う。


「それと、君たちが持ってきたスギノキの造船技術とアルスシールとのパイプによる武器の取引。これによって我が国の戦争は敵国に数十年分の差をつけた。だが、まだ一つ問題があってな。帝国に取り込んだ元王国との擦り合わせだ」

「ああ……なるほど。王国は帝国のように徴兵制ではなかったので、洗練された腕のいい兵士が揃っていますからね。上手く接収出来れば戦力になります。それに、王国の領土を接収したことでそこに住まう人々の扱い、産業や税金の問題も浮上しますから、確かに問題は山積みですね」

「そういうことだ。まったくどうしたものかな」


 幾つか考えが浮かばなくもないが、素人意見は危険だろう。

 かといって、同盟を結んでいる帝国が内部分裂なんて起こった日には最悪だ。

 ここはひとつ。


「では、ノア様に相談してみては?」

「……彼女に聞くと、効果的でありながら頭がおかしくなりそうな邪悪な意見を提示してきそうでな」

「お気持ちは察しますが、仕方がないでしょう。あの御方は滅茶苦茶ですが、知略においてはおそらく誰よりも上ですよ」

「うむ……やむを得ない、か」



 ***



「人質を取ればいいじゃない」


 事情を話し、開口一番にノア様が放ったのは、案の定邪悪そうな言葉だった。


「人質……?」

「そ。兵士1人1人の素性を調べて、その中からある程度の地位を持つ、あるいはコミュニティの中心にいる人物をピックアップして、その家族を人質にしてしまえばいいじゃない。家族から引き離されれば人間なんてすぐ言うこと聞くわよ」

「し、しかし、人質をとったとしてどこに閉じ込めるのだ?地下牢ではとても足りない人数になるだろう」

「廃村、戦争の影響で人が消えた農村、森の中、そういうところに新しく村を作ればいいわ。で、大して強くない若い帝国兵を最低限の人数、それぞれの人質村に配置するの。それも威圧感が無いように普段着でね」

「……?」

「そして、人質には必要なものがあれば帝国に要求できるようにしてあげて、それぞれに合った仕事を無理なくさせなさい。せっかく未知の武器である銃の製法も分かったことだし、適当に工具とでも偽って作らせてもいいかもね。あと重要なのは、最低でも元の暮らしよりも快適に暮らせる環境を作ることと、見合った給金はちゃんと払うこと。そうすれば『ここにいた方が幸せ』っていう心理が、何よりも強固な檻になるわ。これに1ヶ月に1度くらいは人質とその家族の兵士を会わせられるように取り計らえば完璧ね」


 つらつらと、手に持っている本から目を離さないままに話を続けるノア様を、フロムは呆れと驚きが入り混じったような顔で見ていた。

 おそらく、わたしも似たような顔をしているだろう。


「これなら兵士は人質のために帝国で身を粉にして働くし、人質を使って低コストで色々と便利なものを作れて、更に戦場に出たらまず死ぬような雑魚帝国兵のリサイクルも出来る。一石三鳥でしょ?ああ、せっかくなら『帝国で武勲を立てた元王国兵が褒美として人質を解放してもらった』なんて話を流してもいいかもね。わざわざ謀反を起こさなくても頑張れば人質は返してもらえるって勘違いしてくれるはず。どう?期待に沿える提案だったかしら?」

「……うむ。まあ、非常に参考になる話ではあったのだがな」


 ……何を食べて生きていれば、こんな策を読書と並行しながら考えられるんだろうか。


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― 新着の感想 ―
[良い点] クロは自分の意見を「素人意見」だと評したけど状況を理解出来るだけですごいと思う、彼女の自己評価はいつも低い。 クロにとっでフロムは良い教師になると思う。 >何を食べて生きていれば、こん…
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