第301話 転生の考察
「とりあえず―――整理しましょう」
「そうね」
空気を読んでいるのか、誰も言葉を発していなかった。
スイも何も喋りかけてこない。
だが助かる。たしかにこれは、同じ転生者であり、当の本人であるわたしが話すべきだ。
「ニコラ・テスラとジャンヌ・ダルク。どちらもかつての世界、少なくともわたしの国では知らない人の方が少数派というレベルで名の知れた2人でした。そんな彼らがこの世界にどちらも転生していたことは偶然ではないでしょう。十中八九、転生には何かしらのルールがあると見るべきです。ぱっと思いつくのは、かつての世界での知名度、突出した能力、世界に与えた影響ってところでしょうか」
わたしは一抹の不安を感じながらも、仲間に対して言った。
「彼らは、どちらも“転生特典”を持って生まれています。テスラは『自分の死後から100年後までの科学知識』、ジャンヌは『先天的な《太陽魔法》の覚醒』。更に言えば、自らのかつての名前を名乗っていることから、おそらく前世の記憶は断片的ではなく完璧に記憶していたと思われます」
そして、今ならばテスラやジャンヌがかつての名前を名乗ったか分かる。
おそらくこれは、他の転生者を呼び寄せるためだ。
あの日記に書かれていた通り、この世界と地球の時間は連動していない。それは転生者の出現タイミングを見れば明らかだ。
だが、あの日記には『わたしがいたあの時代ははるか昔に通り過ぎてしまった可能性もある』とあった。この情報を鵜吞みにするなら、時間の流れは変化するものの、逆行はしない。要するに時間の速さは違うが、向きは同じと見るべきだろう。
つまり、自分より後に生まれた転生者は、全員がかつての自分より後の世代を地球で生きた者だということになる。
そして、この世界に転生してくるのが歴史に名を遺すレベルの偉人たちなら、その名を後世の人間が知っていてもおかしくはない。現にわたしがテスラもジャンヌも知っていたのだから。
だからこそ彼らは、前世の名前を使ったのだ。 “自分を知っている” 転生者を寄せ、その転生特典や才能を利用し合うため。あるいは同郷同士で徒党を組むために。
「ここまでの話で、もう全員気づいていると思いますが」
「ん?何をだ?」
「訂正します。ニブチンが若干一名気が付いていないのは置いておいて、その他の聡明な仲間たちは気づいていると思いますが」
「おいやめろ!俺だけ聡明じゃないみてえな言い方!」
努めて無視して、わたしは話を続けた。
「転生特典、完全な記憶の引継ぎ、更にかつての世界の後世に名が広く伝わるほどに存在が知れ渡った偉人。それがおそらく、この世界における通常の“転生者”です。しかし、そのすべてが不足している転生者がいます」
「クロさんだよね」
「はい」
転生特典なんてものは、日記に書かれた情報を見るまで知らなかった。
記憶も欠落しており、自分のかつての名前すら思い出せない。
後世に名が知られていないことについては忘れているだけという可能性も考えたが、死んだときの記憶はあるためそれもおそらくない。そもそもそんな偉業を達成してるならあの親をとっくにどうにかしていたはず。
つまりこの世界において、転生者としてのイレギュラーはわたしであり、テスラやジャンヌが正常だった可能性が高い。
「わたしたちが把握していない別の転生ルールが存在していて、わたしがそっちの条件をクリアしたか。あるいは別の理由か。いずれにしろ、わたしは他の転生者とは違うようです」
「頭こんがらがってきたな。別の世界っつー話だけでも妙な気分なのに、そっから更に種類わけがあるってことか?」
「あなたに頭脳は期待してないから、とりあえず『クロが普通の転生者と違う』ってことだけ理解しときなさい」
「へい」
「転生についてはそのルールも法則も未知数すぎて把握しきれないのが現状ね。ああ、私が知っている限りの名前を全てクロに教えて、その中に転生者がいないか判別するのは後でやらないと」
「そうですね。とりあえずわたしから言えることは以上ですが、何か質問はありますか?」
わたしの投げかけに、リーフが手を挙げた。
「質問、もう1人の転生者ヒトトセについては?」
「名前的におそらく日本人―――わたしと同じ国の出身者ですが、わたしは知らないですね」
「禁術を開発するほどの天才ってことは、昔の世界でも名が知れてそうなもんだけどな。代償があるとはいえ、《重力魔法》を一発で習得できるぐらいのやばい術式だろあれ」
「加えて転生についての研究も進んでいたようだし、生きているならば話を聞いてみたいものね」
「さすがに生きてないと思いたいですけどね」
「同感です。他にはありませんか?」
誰も手を挙げなかったので、別の話に移行しようとした……が。
その前にノア様が、逡巡するような顔で口を開いた。
「ねえ、クロ」
「なんでしょうか」
「あなたのかつての世界に―――ナユタという天才はいたかしら」
『―――っ!』
ナユタ?
何のことかと少し考え、名前のことだと思い至るが。
「いえ、聞いたことありませんね」
「……そう」
何故かノア様は、少しほっとしたように見えた。
ノア様だけではなく、頭の中のスイまで。
「何か心当たりでもあるのですか?」
「いえ、なんでもないわ。忘れて」
「?はあ」
スイも何も言わない。何か触れてほしくないことらしい。
そういえば、昨日もこんなことがあったような。
そうだ、ナから始まる名前という話の時、スイが今のノア様と似た反応をした。
ナユタ。ノア様とスイ、1000年前を生きた人間にとって何か重要な意味を含んでいるのかもしれない。それも、よくない意味で。
「ま、転生者の議論はこれくらいにしましょう。ただ、わたしたちの目的に1つ追加よ。転生者という存在を探ること、勘だけどこれは私たちにとって重要な行動になる気がする。幸いなことにこれから向かう予定の場所に転生者が1人いるし、そいつにも話を聞きましょうか。拷問とセットで」
「ホルンってやつか。そりゃいいな」
「クロさん大丈夫?同郷なんだし同情とか」
「いえまったく。微塵も」
「あっ、そう」
いい感じに次の目的に繋がったな。
ホルンがどちらのタイプの転生者なのか探り、情報を得る。
それなら殺さないように気を付けなければ。
ただ、あくまで究極の目的はノア様の最大の憂いにして最強の敵、ルクシア・バレンタインを殺すことだ。
あのクレイジーサイコレズは今度こそ仕留める。スイが宿り、時間魔法と闇魔法を使い分けられるようになった今のこの身体なら、ノア様のお役に立てるだろう。
転生者とは何なのか。わたしが他と違う理由は。
気になりはするが、正直ノア様に比べればどうでもいいことだ。
わたしにとって、ノア様はすべてだから。
***
クロたちがいる大陸から北方、かつてのハルとルーチェがぶつかり合った地。
現在はルクシアたちが居を構える大陸。
―――その地下。
広い空間で、1人の女がニヤけていた。
「ふ、ふふっ……今頃、アルスシールにワタシが残したあれを考察しているのかな」
春秋 那由多。
1000年前、ハルとルーチェが唯一心を通わせた事件のきっかけとなった女が―――笑った。




