第27話 改造
「さて、まずはその格好を何とかしないといけないわね」
ノア様はそう言ってステアの方を見た。
確かに、今のステアはボロボロの格好で、とてもじゃないけど貧民街の外、市街地を歩けるような恰好ではない。
「とりあえず応急処置しましょう。《浄化の光》」
そこでノア様が魔法を発動する。
空から淡い光がステアを包み込み、しばらくして光が消えると、ステアの体は髪の毛の一本に至るまで綺麗になっていた。
「これでその辺を歩いても大丈夫ね。服は服屋で買いましょうか。クロ、この辺りで子供用の服売ってる場所は?」
「案内しますので、わたしについてきていただければ」
「じゃあよろしくね」
ノア様に言われた通り、ここ数日歩き続けてこの街の地理を完全把握しているわたしは、近くの洋服店まで二人を案内した。
ステアは戸惑いながらも、わたしにくっついている。
服屋について、金髪と黒髪と水色髪に驚くとかは、もう当たり前なので割愛して。
「これとかどうでしょう。このフリフリが似合うと思うんですが」
「クロ、わかってないわね。こういう子こそ、こういうダークな色のを着せるべきなのよ」
「いやいや、ここは王道なエプロンドレスを」
「いいえ、ゴスロリに決まっているわ」
「あ、え、あう………」
どちらが似合うかで争うわたしとノア様。
あわあわするステア。
「ノア様、思ったのですが」
「何かしら?」
「どっちも着せればいいのでは?」
「奇遇ねクロ、同じことを思っていたのよ。ちょっと店員さん、試着室貸してくださる?あとこの服着させられる女性店員さんがいるとありがたいわ」
「は、はい!かしこまりました!」
「………えっと」
未だ脳の処理が追い付いていないステアが、試着室に引きずられていき、エプロンドレスやゴスロリの外にもいくつもの服が着させられていく。
「………ノア様」
「………言いたいことは分かるわ」
「これはちょっと、可愛すぎて………」
「ええ、ロリコンによる拉致や誘拐の危険性があるわね………やめておきましょう」
わたしとノア様の判断一致で、一番無難なワンピースを着せた。
あと、今まで着せた服は半分くらい買った。
「ところで、お腹空いたわね。どこかないかしら」
「ノア様が好きそうなところを何ヶ所か選んでおきました。向かいにその一つがあるのでそこに行きましょう」
「私、クロのそういう子供とは思えないくらい気が回るところ好きよ」
次に入ったのは飲食店。
例によって髪云々は割愛し、わたしたちは注目されまくりながらテラス席に座った。
「そうでした。わたしたち誰一人として普通の髪色してないから、何したって注目はされますよね」
「それはそうでしょう、ステアを綺麗にしたのだって衛生面の問題だし。気にしたら負けよ、何食べるか決めましょう。私は野菜がなければなんでもいいわ」
「このお店、メインメニューは全品付け合わせに野菜ついてます」
「嵌めたわねクロ」
そろそろ野菜を克服しないと大きくなれないという、従者としての気遣いだ。
「ではわたしはグラタンに。ノア様はハンバーグオニオンソースで」
「ちょっと、お肉になんてものかけようとしてるのよ」
「こういうものから徐々に克服していってください。ステアはどうしますか?」
「………?」
ああ、そりゃわからないか。
「ステアのものは何にしましょうか。出来るだけ熱くなくて、子供でも食べやすい、野菜もあまり入っていないようなものがいいんですが」
「その気遣いを私にもしなさい」
「ダメです。ノア様は甘やかすと永遠に野菜を食べないので。そうですね、じゃあこのホットケーキをください」
「かしこまりましたー」
「え?ホットケーキに野菜が付いて―――ないじゃない!クロ、騙したわね!」
「騙してません。わたしはメインメニューに野菜が付いているとしか言っていません。ホットケーキはデザート扱いなのでいいんです」
ノア様がわたしに掴みかかってくるのを必死になだめているうちに、料理が運ばれてくる。
「クロ、悪いことは言わないわ。そのグラタンとこのオニオンソースなんて悪しきものをかけたハンバーグを交換しなさい。さもなくばどうなるか」
「いいですかステア、ああやって嫌いなものを人に押しつけようとする人にはなってはいけませんよ」
「………?わかった」
「クロ、本気で後で覚えておきなさい」
悔しそうな目でわたしを見るノア様を努めて無視し、わたしはステアに食べなさいと促した。
だけどステアは、どうしようかと悩んでいるようだ。
「どうしたんですか?」
「………あれ」
ステアの指さした方向に目を向けると、普通に食事をしている他の客の姿が目に映る。
あれが一体?
「もしかしてこの子、ナイフとかフォークの使い方が分からないんじゃない?」
「あっ」
「………みんな、へんなのもってる」
そうか、奴隷として最底辺の生活しか送ることが出来ていなかったこの子は、ほとんど手づかみでしかご飯を食べたことがないのか。
「ステア、気づくとは立派です。あとで作法を教えなければいけませんが、ここはこうしましょう」
わたしはホットケーキにバターとメイプルシロップをかけて、それをステアのところにあったナイフとフォークで切り分け、その一つにフォークを刺した。
「はい、あーん」
「………?」
「いえ、食べさせてあげるので口を開けてください」
ステアは相変わらずキョトンとした顔をしてるけど、やがて意を決したように口を開けた。
そこにわたしはホットケーキを入れてあげる。
すると。
「………。………?………!?!?」
口に含み、ゆっくり噛み始め。
異変に気付いたかのように目を開いてぱちくりと瞬きをして。
そして、まるで新大陸を発見したがごとく驚いた顔をして、わたしを見てきた。
「美味しかったんですか?」
ステアはコクコクと何度も頷き、追加を入れてほしいと言わんばかりに口を大きく開けた。
「はいはい、誰も取りませんから安心してゆっくり食べてください」
「ねえクロ」
「どうかなさいましたか?」
「あーん」
「諦めてください。ちゃんと自分で玉ねぎ食べてください」
餌付けをするようにステアにホットケーキを食べさせていく。
ステアの目は別人のように輝き、おそらく人生初なのであろう甘い物の新感覚に夢中になっている。
「クロ」
「今度は何ですか」
「………お願い、玉ねぎ食べて?」
「ぐっ!?」
そしてノア様はというと、とうとうプライドを捨てたかのように、両手を祈るように組み、首を傾げて懇願してきた。
そしてその可愛さは、結構私に効く。
「………わかりましたよ。ただし、一口だけはご自分で食べてください」
「えー」
「えーじゃありません!ノア様の従者としての務めです、ここだけは譲りませんよ!」
ノア様は心底イヤそうな顔をしたけど、やがて意を決したようにハンバーグを切った。
そして、ノア様が大嫌いな玉ねぎのソースがかかったそれを口に―――
運ぼうとしてるところを、涎を垂らしてジーっと見つめるステアの姿がそこにあった。
「ステア?もしかして、これも食べたいの?」
「コクコク」
ホットケーキという未知の美味を味わったことによって、「他はどうなんだろう」という好奇心が溢れてしまったらしい。
「じゃあ食べる?はい、あーん」
「………!」
「遠慮しなくていいのよ。食べていいわ」
「ちょっ!?ノア様、逃げないでください!」
「あらクロ、こんなにキラキラした表情をしているステアにお預けをしようというの?」
「ぐうっ!」
わたしがどうしようかと葛藤を始めるより早く、ステアは玉ねぎ付きハンバーグをパクリと食べてしまった。
そして。
「――――っ!」
さっきも見た歓喜の顔を浮かべ、恍惚としていた。
「あ、あら?ステア、もしかして美味しかったの?」
「コクコク」
「どうやら、ステアにとっては玉ねぎなんて普通に食べられるものだったようですね」
「………………」
「ノア様」
「な、なに?」
「見習ってください」
「うるさいわね!」