第298話 銃
クロのマジギレ回のいいね数がいつもの1.5倍以上になりました。皆さんクロ大好きっすね。奇遇ですね作者も好きです。
「おかえり。ステアはどうだった?」
「ノートを未だかつてないほどの集中力を発揮して解読していました。余程あの子の気を引くものだったようですね」
鬼気迫るとはああいうのを言うんだろう。
基本ダウナーなステアがあれほど熱中するとは、少し良いものを見た気分だ。
「あの子が集中?」
「ですね」
「ステアがですの?どんな難問も何も考えてないようなポケーッとした顔でサラッと解いてしまうあの天才が?」
「半分ほど貶したのはさておき、あの天才がです。想像以上に良い土産を持ってきました」
発明の天才、しかもわたしと同じ転生者による産物だ。ステアに刺激を与えられるのではないかという期待はあったが、あそこまでとは。
一体何が書いてあるのやら。
……ん?
違和感を感じて手を見ると、ぴくぴくと痙攣している。
ああ、そろそろか。
「ノア様、そろそろ《制限解除》の効果が切れますので、わたしは暫く使いものにならなくなります。数時間眠れば回復しますので、少し休ませていただいても?」
「勿論構わないわ。というかあなたとオトハとリーフは帰って来たばかりなんだから、本当はさっさと寝なきゃダメなのよ?」
「お心遣いありがとうございます。では明日の早朝までには起床致しますので」
制限解除の副作用によって筋肉痛などの症状が起こるが、実はそっちに関しては痛覚を一時的に消せば問題ない。
だが、《制限解除》によって消された脳のリミッターは魔法が解けることによって少し暴走し、これまでの帳尻を合わせるように過度に制限をかけようとするらしく、一時的に著しく身体能力が低下する。これは闇魔法ではどうにもならないので、わたしはそれが落ち着くまで何も出来なくなってしまうのだ。
この魔法はとても有用なのだが、ここが玉に瑕だ。
「ではわたしはこれで」
というわけで眠ろうと仮眠室に向かおうとしたところを、オウランに呼び止められた。
「あ、待ってくれクロさん。僕に何か渡すものがあるって言ってなかったっけ?」
「ああ、忘れるところでした。これですこれ」
危ない、頭から完全に抜け落ちていた。
わたしは自分たちの荷物とは別に持っていた、縦にするとわたしの身長ほどもある皮バッグをオウランに渡した。
「どぅわ重っ!なにこれ!」
「中を見れば分かります」
オウランはバッグを開いて中を覗き込み、戸惑うような声をあげる。
「なにこれ?」
「銃の詰め合わせセットです」
「銃?これが?」
プレゼントしたのは、アルスシールで鹵獲したあらゆる種類の銃だ。
ハンドガンは勿論、サブマシンガン、マシンガン、ショットガン、果てには狙撃銃まで、十丁近い銃と大量の弾が入っている。
ここまでリーフの風で少し持ち上げてもらいつつようやくここまで運んできたのだ。
「あなた弓と投擲が得意なので、もしかしたらこっちもいけるのではないかと思いまして。後で試してみてください」
「えっと、どう使えば……」
「オトハかリーフに聞いてください。わたしは寝ます」
本当にそろそろ魔法が切れるので、わたしは急いで仮眠室へと向かった。
『一応言っておきますが、徘徊しないでくださいね』
『いや、あれだけのブチ切れ見せられてやるわけないでしょ。そもそも身体制限の影響はボクにもかかるんだからやりたくても出来ないし』
それもそうか。
布団をかぶって横になると、魔法の解除と今までの疲労がどっと一気に襲ってくる。
ピクリとも動かせなくなった身体と、強烈な睡魔に抗うことは到底不可能だった。
アルスシールからここまでの険しい道のりに加えて、ルシアスとの決闘だ。疲れていない方がどうかしている。
逆になんであの超人はあんなにピンピンしてるんだ。最後は割と本気で蹴ったのに痣一つなくけろっとしていたんだが。
生命の不条理さに文句を考えながら、わたしの意識は吸い込まれるように消えていった。
***
白いもやのようなものがかかった空間で、わたしは何かに寄り掛かって座っていた。
なんだこれ。どこだここ。
誰かがいる気配があるような気がする。わたし、囲まれている?
……ああ、これ夢か。
明晰夢と言うんだったかな。夢を夢の中で自覚するのは初めてだ。
しかし、どういう状況だこれは。
夢を自覚しても、身体は動かせない。もやも晴れない。
ただ、わたしを小さな人影が取り囲んでいるのは分かる。
そういえば、わたしの身体も心なしか小さくなっているような?
『――――――』
なんだ。小さな人影が、何かを言いながらわたしを蹴ってきた。
それに合わせて他の影も思い思いにわたしに攻撃してくる。
―――思い出した。
これ、昔の……前世の思い出だ。
小学生の時、ボロボロの格好で転校してきたわたしは、いじめの格好の的だった。
でも当時のわたしは何も感じていなかった。前の学校でもそうだったから。
いじめ慣れしてしまっているわたしは、「ああ、またか」と思っていただけだった。
あれ?でもおかしいな。
思えば、この小学校での記憶が殆どない。
その前と後、中学校から死ぬまでのことは殆ど覚えているのに。
首を傾げていたその時、慌てたような声が脳で途切れ途切れに再生された。
『……べ!―――だ……げろ!』
ふわふわとした意識の中でも、わたしをいじめていた子供たちが何かから逃げていくのが分かった。
そうだ、この時わたしは、誰かに助けられた。
でも、それが誰なのか思い出せない。
あの時、大声を挙げていじめっ子を追っ払って、わたしに手を差し伸べてくれた子。
あの子は、誰だっけ……?
***
「……う、うん」
『あ、起きた。おはよう』
頭がボーっとしている。基本的に寝起きが良い筈のわたしにしては珍しい。
さっきまで見ていた夢が原因か?
『どうしたの?』
『いえ……おはようございます、スイ』
あれは、誰だったんだろう。
わたしの記憶から消えているということは、おそらくわたしにとって大切な存在だったんだろう。
過去を振り返ってみると、あの瞬間からかつての親と夜逃げして転校を余儀なくされるまでの記憶が、わたしからほとんど抜け落ちている。
一体―――その空白の数年間に、わたしになにがあったんだろうか。
(……やめよう。忘れたものを掘り返しても不毛だ)
何度も試みたが、結局わたしの記憶は今覚えている以上のことは殆ど増えなかった。
最近でこそ大切なものを思い出せそうな感覚に陥ることはあるが、結局肝心なことは何も思い出せていない。
なら、その行為自体が無駄だろう。
それを考えている暇があるなら、少しでもノア様のお役に立つために働くべきだ。
ところで、今何時だろうか。
頭も動いてきた。ボーっとしていたということは眠りが浅くてあまり寝れてなかったのだろうか。
時計を見ると、午前11時を指していた。
………。
「11時!?」
『ボクも起きたの10時だったよ。何回か呼んだんだけど起きないんだもの』
「じゃああなただけでもノア様の元に向かってくださいよ……」
『いやだって、徘徊やめろって君が言ったんじゃん』
そうだった。
「とにかく、すぐに向かいましょう」
慌ててシャワーを浴びて服を着替え、皆の元に向かおうとした、丁度その時。
―――ズガン!
城の中庭辺りから大きな音がした。
『ああ、ボクこの音で起きたんだよね』
何事かと思って窓から覗き込んでみると、そこにはステアとわたし以外の全員が勢ぞろいしている。
わたしは少し考え、ショートカットのために窓から飛び降りた。
「申し訳ございません、遅くなりました!」
「あらクロ、おはよう。凄い寝てたわね」
「一度起こしに行ったのですが、ピクリとも動かなかったので死んでいるのかと思いましたわ」
わたし、呼ばれても起きなかったのか。
あるまじき失態だ、やってしまった。
「本当に申し訳ございません……」
「気にしないでいいわ。疲れでしょ」
「以後気を付けます。……ところで、これは何をしているんです?」
「ああ、あれよあれ」
ノア様が指を向けた方を見ると。
「……」
そこには、凄まじく真剣な顔でハンドガンを両手で構えるオウランがいた。
どうやら昨日渡した銃の試し撃ちらしい。視線を外すと的が見え……見え……
的、遠くないか?
わたしも詳しくは知らないけど、前世で観た映画の射撃場での映像より倍くらい離れているような気が。
「あれ、大丈夫なんです?」
「まあ見てなさいよ」
少し不安に思ってノア様に話してみたが、ノア様は呆れと感心が入り交ざったような顔で言った。
オウランは深呼吸をして、そして大きな音と共に弾丸を発射した。
更に続けざまに、秒間1発くらいの速度で5発撃ち、息を吐いた。
「様にはなっているようですね。さて、命中率……は……」
的の方を見てみると、わたしは絶句した。
オウランが撃った弾丸は、すべて寸分違わず的の中心を抜いていた。
作中の魔法解説コーナー⑥
【空間魔法】
髪色:オレンジ
使用者:ルシアス
特性:一定範囲の空間把握能力
空間に対して、置換や断裂などの現象を短時間起こすことが出来る魔法。世界を構成する概念に干渉する魔法であるため、性能は非常に強力。短中長距離問わずの瞬間移動や、空間固定による防御、空間ごと切り裂く絶対切断など様々な応用が効く。また、その性質上他の魔法には当たり前にある魔法の有効範囲が存在しない魔法もある。
ただしその分制約も多く、例えば転移する際は視界内か正確に情景をイメージできる場所に限られるなど、一つ一つの系統に制限がある。更に空間に干渉することが出来るのはごく短い時間に限られ、他の魔法なら当たり前にできる「魔法を維持する」ということが非常に困難。そのため、罠設置などを行うことは出来ず、常時防御を展開し続けるなども不可能。
空間を歪めることも出来るため、直進的な動きが主な光魔法とは相性が良い(ただし常時使い続けられないため必ずしも優位に立てるわけではない)。また、封印魔法や結界魔法といった防御系魔法に関しても、相手の力量にもよるが封印・結界の内側に入り込むことが出来るため、天敵になり得る。
反面、空間関係なしに蝕んでくる闇魔法や、断裂が効かない精神魔法のような特殊系魔法とは相性が悪い。