第295話 クロvsルシアス
「……回復したぞー」
「おや、早いですね。では―――」
わたしは何故か引き気味のルシアスの前に出て一礼した。
「始めましょうか」
「……うっす」
「ステア、お手数ですが開始の合図をお願いできますか?」
「ん」
唯一マイペースに解読を進めていたステアが、本をそっと閉じて手を挙げた。
「おい、クロ」
「なんです?」
「怒らせちまったのは悪かったが、結果的に本気のアンタと戦り合えるチャンスを得たんだ。勝たせてもらうぜ」
「それはそれは―――」
わたしは爽やかな笑みを浮かべて。
どれ、自分も習って挑発してみようと思った。
「やってみろ。捻り殺してやる」
『「「「「!?」」」」』
「……はじめ」
ステアの合図が出ても、どちらも動かなかった。
なるほど、まずはカウンター狙いというわけか。上等だ。
「……なあオトハ。今の」
「敬語使わないクロさん……初めてですわよね……」
「……ちょっと、やばいかも?」
「ま、万が一の時は止めましょう」
わたしの魔法はカウンターなんて出来ないと知らしめてやろう。
「《食い散らかす闇》」
わたしの周囲に、真っ黒な口だけ生物を象った、直径5センチ程度の物質が二十現れる。
すべてを弾丸の如き速度でルシアスに向かわせる。
「なんだこんなもん!」
「ほう」
ルシアスはジャンプで避けるが、《食い散らかす闇》はそれを追う。
魔力を込めた分だけ大きくなり、その大きさと同等の体積を食い消す。
硬い鎧も盾も、鋼の肉体も意味をなさない。それが“概念的に消し去る”闇魔法の真骨頂だ。
「はっ、初手からえぐい技使うな!ならこっちもだ!」
ルシアスが踏み込む。
その瞬間、彼の姿が消えた。
遅れてわたしの方にも、衝撃と風圧が向かってきた。
なるほど、今まではギリ目で追えていた超人体質由来の身体能力が、やはり異常なまでに発達している。
これを魔力を介さずやっているというから恐ろしい。
「はあっ!」
だが残念。どんなに速かろうと、どんなに攪乱しようと。
「《暗黒の大楯》《暗黒連槍》」
「うおっ!」
1~2秒先の未来が見える、今のわたしには関係ない。
「ちっ!《異力切断》!」
対ボタン・スギノキ戦で習得した最高位魔法の真似事か。
驚異的な威力ではあるが、当たらなければただの魔力の無駄遣いだ。
余裕をもって回避し、ついでに次点の狙いだった木を倒してわたしに当てるという手も、木ごと消してガードした。
「くそっ、やっぱ相性悪いな!」
ルシアスは魔力量が低い以上、それに伴って魔力抵抗力もわたしたちの中では一番下だ。
だから、目的が本当に“殺す”なら簡単だ。《死》を使えばいい。
だがこれはただの試合だし、まして彼は仲間だ、そりゃムカつきはしているが殺すまでする気はない。
その殺意の無さが、圧倒的有利である相性差を縮めてしまっている。
だが問題ない、それを差し引いても未来視と闇魔法で完封する。
スイには代わらない、これはわたしの戦いだ。
未来視が無いと殺す以外に彼に勝つ手段がないためにそれだけ使っているが、これ以外は力を借りず、更に寿命を削る系の闇魔法はすべて封印した上で潰す。それくらいしないと、あの御方の筆頭たる自分の成長を証明できない。
「《歪曲する空間》」
消去は物理消去だけに特化させ、歪ませる力を主体で使うか。
わたしが魔法を使った瞬間、ルシアスに変化が起きた。
「え、お、うおっ!?」
わたしに近づけない。
攻撃を仕掛けようとしても、わたしの周囲の空間が歪んでおり、攻撃が逸れる。
「ほら、どうしました?空間魔術師であればこの歪みを正すくらいして御覧なさい」
「ちいっ!」
《歪曲する空間》は任意の空間を形あるものとして捉え、その箇所を強制的に捻じ曲げる魔法。
今は私の周囲を歪め、正しいルートを通らなければわたしに攻撃が届かないようになっている。
未熟な魔術師であるルシアスに、これを何とかするのは不可能。
「調子乗んなよクロ!おるあ!」
「は?……かふっ!」
そう思っていたのだが。
ルシアスは、思いっきり拳を振りかぶり、わたしに勢いよくぶつけようとした。
拳自体は防いだ。だが、膨大なエネルギーがわたしが歪めた空間を走り、ほんの一部が歪みを突破してわたしに到達したらしい。
幸い大したダメージにはなっていないが、少し油断した自分を恥じる。
相性の良さにかまけていると負けるな。なら―――。
「《堕とし穴》」
地面に手をつき、次にルシアスが現れる場所を予視して魔法を発動。
「なっ……」
地面を消し、穴に落とす。
更にそこに追撃の《食い散らかす闇》×10。
機動力を奪ったうえで防御不可の攻撃。だったのだが。
わたしが掘った穴から数メートル離れたところが、突如地面が爆発したように隆起した。
そこから勢いよくルシアスが飛び出し、遠距離から斬撃を放ってくる。
回避したが、流石に動揺した。
まさか、あの一瞬で別の穴を掘って離脱するとは。
なるほど、よく分かった。
こちらが技術や細工で完封しようとしても、あの男はそのすべてを身体能力でねじ伏せてくる。
思った以上に鬼神の如き強さだ。
「なるほど、これはうかうかしていられませんね。わたしも本気を出しましょうか―――《制限解除》」
当然のように空中で二段ジャンプをかまし、わたしの真上から剣を振り下ろしてきたルシアスを、未来視で余裕もってかわす。
しかしルシアスは追撃の手を止めず、勝利を確信した顔をした。
たしかに、いくら未来視があっても、この男の異常な攻撃回数と威力を全て回避しきるのは困難だ。
つまり、接近してしまえば未来視の効果は半減し、わたしに攻撃が当たる。
考えとしては正しい。
ルシアスの猛攻が始まった。
秒間10発の速度で攻撃が飛ぶ。
……が、わたしは余裕をもってすべて叩き落した。
「は!?」
剣の右払い。
加速しきる前に蹴りで止める。
左脚の膝蹴り。
つま先を勢いよく潰して威力減衰、手で受け止める。
左手の拳。
右手で手首を掴んで軌道を逸らし、がら空きの顔面に左ストレート。
「かっ……」
いったいな、顔面に鉄板でも入ってるのか。
だがダメージは入ったようだ。
「どうなって……!」
「不思議ですか?わたしがあなたの動きについていけているのが」
《制限解除》は、わたしが開発したオリジナル魔法だ。
自分自身と認識しているものは消した後に元に戻せる闇魔法の性質を利用し、一時的に脳のリミッターを消すことで脳の処理速度と身体能力を爆発的に引き上げる。
使いすぎると命の危険があることと、使った後にしばらく動けなくなること以外は超強い魔法だと自負している。
むしろ、これでもルシアスの進化前の身体能力にすら及んでいないのだからおかしな話だ。
だがそれでも、向かってくる場所が分かっている攻撃を必要最小限の動きでいなすくらいは出来る。
ルシアスは歪められた空間と制限解除された身体能力を警戒し、距離を取った。
すると何を思ったか勢いよくジャンプし、そのまま落下した。
落下の衝撃で大地は割れ、破片が飛ぶ。
「はっ!」
「……!」
その破片を蹴り飛ばして攻撃してきた。
未来視と闇魔法の併用で余裕で消せるが、ルシアスの姿を見失ってしまう。
「どこに……」
「《部位転移》!」
「あぶっ!」
まずいな、相手の技の引き出しが多すぎる。
リズムを押し付けられ、対応がどんどん単純化していってしまっている。
このままだとその対応を読まれ、その隙をつかれるな。
「……ちっ」
舌打ちなんてしたのは何時ぶりだろう。
だが、不利な状況になっていくにつれて、頭は晴れていく。
制限を解除している影響でもあるが、それ以上にあの男に負けたくない精神が勝ち筋を探している。
そして、その筋は一本に絞られた。
「仕方ありませんね。あまり使いたくなかった手ですが……」
まだ使えるようになったばかりで、制御に神経を使う。
だが、現状を打破するにはこれしかない。
闇属性最高位魔法。
「《歪む世界》」
この話書いてて初めてクロが敬語捨てるイメージを持ちました。
ちなみに《制限解除》は数分だけレベル100になって、その後反動で暫くレベル1になる業だと思って頂ければ。