第293話 残滓
わたしの知る限り、世界最強の魔術師。あの女との決戦から、もうすぐ1年になるか。
「ついに、ですか」
「ええ」
「たしかにあの頃と比べて戦力はかなり上がっていますしタイミング的にも……いたたたたた!ステア!?」
「あ……ごめんなさい」
ルクシアの名を聞いて、誰よりもあの女を恨んでいるステアの手に、その細身からは考えられない馬力が込められて私のお腹を締め付けてきた。
しかし無理もない。わたしたちは覚えていないからいいけど、ステアは側近全員が殺され、ノア様が捕まるという最悪の未来を一度経験しているのだから。
スイがいなければその未来が確定し、わたしは死んでいた。
「これから先、帝国と共に行う作戦の数々を考えると、チャンスは今しかないわ。あの女との因縁、終わらせるときが来たってわけ」
「お言葉ですがノア様、それは世界征服を終わらせてからでもよろしいのでは?あの女は現在地から動く気はないというのがノア様の見解でしたよね」
「それも考えたんだけど、そうすると向こうもおそらく仲間が強くなるわ。あいつの仲間全員、野放しにしておくわけにはいかない猛者よ、それはいただけない。それに世界征服まで私がアイツを襲わないことを察したら、側近使って何かと妨害工作してくる可能性もあるわ。それは不愉快でしょう」
なるほど。確かにこのまま何年も放置すれば、あの連中も以前より強くなってわたしたちに襲い掛かるだろう。
しかし1年しか経っていない今なら、向こうはその時間に見合った分しか強くなっていない。
こっちは違う。少なくともわたしとルシアスは、普通なら一生かけても到達できなかった強さに至っている。ステアという最強もいる。
たしかに、ルクシアという絶対的強者がいることを踏まえても、こっちにやや分があるかもしれない。
「理解しました。他に何かこの意見に反論がある方は?」
誰も手を挙げなかった。
異なる意見を言っていたリーフも、それならばと頷いている。
「では、早速対ルクシアについて協議しましょう。まず居場所ですが」
気を利かせたオウランが地図を持ってきてくれて、それを机に広げる。
ノア様はわたしたちのいる、この旧王国、帝国、共和国連邦がある大陸の北にある、小さな大陸を指さした。
「ここよ。かつて私の国だったオースクリード魔女国と、ルクシアの国だった聖光国ルミエールがあった大陸。十中八九、ルクシアはここにいる」
「1000年前に戦った場所で再び相まみえる。あの女の望みそうなことですね」
「こっちは苦い記憶だっていうのにあのクソ女……」
「疑念、この大陸は以前、各国が合同で行った開拓チームが全滅したという逸話がある。安全面においては問題ない?」
「多分」
「多分て」
「全滅した理由がどうあれ、ルクシアが仲間を連れて行って問題ないと判断した程度の危険度のはずよ。まあ行ってみないと分からないから断定は出来ないけれど」
「それ、ちょい危なくねえか?」
強力な魔獣だろうがなんだろうが、この面子なら対処できるだろう。
ただ、未知の毒ガスとかそういう感じの奴だとちょっとまずい。わたしが昔いた世界では吸っただけで即死の毒は自然界にも存在した。その類いのものだった場合、オトハ以外全滅の恐れがある。
その危険を鑑みていた時、頭の中で声がした。
『クロ、ちょっと代わって』
『はい?』
『ボク、あの大陸の現状知ってるよ』
なるほど、確かに1000年生きているスイなら知っていてもおかしくない。
早速わたしは体を入れ替えた。
「あらスイじゃない。久しぶりね」
「お久しぶりです主様。その大陸の話でしたら、ボクが御力になれるかと」
「おおっ、マジか!」
「50年前、ルクシア―――当時は違う名前でしたけど、とにかくあの女が先代の光魔術師だった時に大陸の様子を確認しに行ってたので、監視のためについていったんです。どうやら、主様とルーチェが戦った時の闇魔法と光魔法の残滓が微量ながら残っているようですね」
「ああ、そういうこと。どれくらいの濃度なの?」
「さすがに1000年経っているので、かなり薄れています。闇魔法の残滓の方だと、一般的な魔術師が寿命を消され尽くすまで3日以上はかかるかと。あの程度ならここにいる全員余裕で抵抗できます」
「例の調査隊が全滅した理由はそれか」
「光魔法の方だと逆に生物の治癒力が上がるみたいですね。ただ、そのせいで魔獣が活性化していて他大陸とは比較にならない強さの化け物がウヨウヨいますけど」
「その魔獣の強さってどれくらいですの?」
「うーん、最弱で高位魔法を使える四大魔術師程度、最強で覚醒前のルシアスと同じくらいかな?」
「それ、私より強くありませんこと?」
「どうだろうね。毒劇魔術師は格上でも毒さえ盛っちゃえば勝ちだから」
スイのおかげで大体の状況は分かった。
要するに、魔獣にさえ気を付ければ、それ以外は問題なく活動できるらしい。
その点ルクシアたちが問題ないのは頷ける。ルクシアが強力な魔獣を殺してしまえば、あっちには死霊魔術師のホルンがいるから操り放題だ。
……ということは、そのホルンが統率する死体人形となった魔獣の処理も考えなければならなそうだな。
わたしはスイから体を戻して考えた。
スイがぎゃあぎゃあ言ってたけど気にしないことにする。
「対ルクシアの作戦は後に考えるとして、いつ頃出発なさいますか?」
「万全を期するなら、スギノキの技術を使った船が完成するまでかしら。フロムに言えば一隻くらい貸してくれるでしょう、彼もルクシアのことは死ぬほど憎んでいるはずだし。なんなら一隻に集中して作ってもらって、それを使うという手もあるわ」
「なるほど。それなら近いうちに出来上がるでしょう。それまでは各々の武器を磨く期間とすべきですね」
「私、解読、急ぐ」
「お願いします。それとオウラン、後で渡すものがあるので来てください」
「ん?分かった」
「ではわたしは、先にフロムさんにその旨を伝えてきます。一緒に行きますかリーフ」
「首肯」
心なしか機嫌がいいリーフがわたしの前を小走りで進み、わたしもそれを追いかけようとしたところ。
ガシッと、肩を大きな手で掴まれた。
「……なんですかルシアス」
「まあ待てよクロ、そっちはリーフに任しとけばいいだろ。こっちはこっちでやるべきことやろうや」
「はい?」
「ルクシアとの戦いってことは、今よりも自分を強くするべきだ。そして強くなる一番の近道はなんだ?強いヤツとの戦いだ、違うか?」
「まあ、否定はしませんが。何が言いたいんです?」
「とぼけるなよ。前に言ったろ?」
……ああ。
そういえば、前にスギノキから連絡を貰った時にそんな妙なことを言っていた。
「戦ろうぜ、クロ&スイ。進化した俺の力、どこまで通じるか確かめさせてくれよ」
以前、クロたちの魔法無しの強さについて質問がありまして。
一応ここでもお答えしときますと、
リーフ>ノア>クロ>オウラン>オトハ>>ステア です。
リーフをレベル99とすると、ノアが90、クロが50、オウランが45、オトハが15、ステアが3くらいです。
ルシアス?300くらいじゃないすか?