第292話 禁術の整合
「はいはい、オウランをいじめるのはそれくらいにしなさい」
「?反論、いじめてはいない」
「いいから。それより、私たちには議論するべき議題があるようだわ」
その言葉で、全員が顔を引き締めた。
「禁術ですね?」
「そう。まさかまったく別の国から同じものの情報が出てくるとはね。ステアに精査はしてもらったけど、一応情報を精査しましょう」
禁術。
それは、ノア様、スイ、ルクシアがかつて生きた1000年前には既にあった技術で、自分の身体の一部を犠牲にすることで莫大な魔力ブーストを可能とする魔法技術。
わたしたちが得た情報とノア様たちの情報を統合すると。
今から1000年以上前、1人の異世界人がこの世界に転生した。
その人物は元の世界とこの世界を繋ぐ転生の魔法を開発しようと苦心し、多大な犠牲と労力、なにより120年以上の長い年月をかけ、転生魔法の大本となる“禁術”を開発した。
禁術は、元は『自分の大切なものと引き換えに願いをかなえる術式』として作られ、後に戦闘に組み込めるように―――推測だが、禁術のデータを取るためだったのかもしれない―――簡略化され、『体の一部を犠牲にした魔法ブースト、尚麻薬同様脳内快楽物質の異常分泌によって依存性がある』という劣化版のが世界にばらまかれた。
そして、その人物の理論によると《闇魔法》《死霊魔法》《空間魔法》《強化魔法》《改造魔法》《時間魔法》の6つの魔法で禁術を使うことによって、疑似的な転生魔法を発動できる。だが、2000年に1人の才能である《時間魔法》の使い手であるスイの元に現れていないとのことだったから、彼女の転生魔法が成功し、元の世界に帰ることが出来た可能性は低い。
その人物だが、筆跡や言葉遣いからおそらくわたしの生きた時代とそう離れていない時代の人物であり、性別は女の可能性が高い。
寿命を超越してはいるものの《時間魔術師》ではなく、未知の魔法の可能性がある。
そして、名字はヒトトセ。名前はナから始まるということ以外は不明。
「こんな、とこ?」
「そうね。まだまだ分からない部分が多いけど、今言えるのはこれくらいでしょう」
「わたしとルクシアのところのホルン以外で異世界転生者がいたという情報だけでも面白い収穫ですが、わたしはどちらかというと彼女の日記にあった“転生特典”というのも気になりますね。わたしはそんなものを得た覚えがないので」
「もらえる確率があってクロはそれを引けなかったのか、それとも別の理由か。不確定要素が多すぎて判断できないわね」
魔力と闇魔法が転生特典なのかと最初は思った。
だが、この世界の現在確認されている転生者は四人。
わたし、ホルン、ヒトトセ、そしてヒトトセと共にいたらしい、ロボットを作った技術者らしき《改造魔術師》。
ヒトトセは寿命を超越する魔法を持っていたため、ほぼ確実に希少魔術師だ。
つまり、転生者は全員希少魔術師であり、転生特典とは別のものであることが考えられる。
「ああ、それで思い出しました。すみません話が逸れるんですが、ステア、これアルスシールにあった例の《改造魔術師》が書いたと思しき資料です。英語で書かれていてわたしではわからないのであなたに解読をお願いしたいんですが、出来ますか?」
「たぶん。クロの記憶の、いくつかの単語と、文法が、ある程度、分かってるから」
「じゃあお手数ですがお願いします」
ステアに何重にも布で包んで袋に入れたノートを渡すと、ステアは興味があるのか一旦私から手を離し(それでも寄り掛かってはいたけど)、慎重にノートを中から取り出した。
ペラペラとページを捲り、その文章を目で追っている。
やがてそっと閉じてステアは言った。
「2日あれば、分かる。たぶん」
「わたしに少し知識があるとはいえ、未知の言語相手に僅か2日ですか」
「でも、ホットケーキ、沢山ないと、無理」
「はいはい、分かりました。貴方が飽きるまで焼いてあげますから。……ちょっ、よだれよだれ!」
ステアの目がビームが出るのではないかというくらいに輝き、ボタボタとよだれが垂れるのを慌ててハンカチで拭う。
「じゃあお願いします。わたしでは理解できないロボットやパワードスーツの製造法などが分かるかもしれません」
「おけ」
「すみません、話の腰を折りました。続けてください」
「ええ。……といっても、これ以上話すことないのよね別に。だって私たちにはあまり関係が無い話なんだもの」
「まあ、それは―――そうですね」
いくら禁術がわたしたちにとって馴染みがあるものだとしても、ノア様の覇道にはそこまで関与しない要素だろう。
「まあ、もう一つ話があるとすれば」
「この者がまだ生きているのか、ですわよね?」
「ええ。遥か先まで寿命を延ばせるという記述がある以上、生きている可能性が捨てきれません。とはいってもスイの元に現れていないあたり、その可能性も低いかもしれませんが……」
「それ以前に、その寿命を引き延ばす力というのが1000年も続くのかすら疑問だわ。時間魔法ですら自らの寿命を延ばすのは困難なのよ?そんな離れ業、いくら転生者とはいえ出来るとは―――」
ノア様はそこで口をつぐみ、下を向いてしまわれた。
そして、わたしには聞き取れない音量でブツブツと独り言を言い始めた。
「(あの女ならもしかして……いや、流石にないでしょ……ナから始まる名前なんてそれこそ無限にあるし、そんなはず……)」
爪を噛みながら自分の世界に入ってしまったノア様に、わたしたちは置いてけぼりだ。
『ナから始まる名前、ねえ……』
『スイ?何か心当たりが?』
『ん?いやー、別に?ないわけではないけど、有り得ない話だから。大丈夫』
……?
嘘はついていないようだけど、何かをはぐらかされた。
スイに詰め寄ろうとしたが、そこでノア様が顔をあげられたのでやむなく向き直る。
「やめましょう、この話。極小未満の確率、しかも確かめる術もないことについて議論し続けても不毛だわ」
「それもそうだな」
「同意。それより、今後の動きの方が大事」
「ボタンからスギノキの造船を始めとする海洋技術を学んだことで、帝国海軍は他国の数段上をいったわ。既に情報はフロムに渡して、早速船を作ってる。このままいけば、海戦に関しては負け知らずの海軍が完成するはずよ」
「世界有数の侵略国家が、最強の船を手に入れたってわけか」
「加えてアルスシールで手に入れたロボットを量産する術があるのならば、人的被害ゼロの軍隊が完成ですね。向こうを上手く操って戦争先進国であるアルスシールの技術も流入すれば、名実ともにディオティリオ帝国は世界最強の国となるでしょう」
「もっと言えば、ハイラント全神国がこちらについているおかげで多くの宗教すら味方に付けていますわよね。これは大きいですわ、宗教的問題は面倒なものが多いですもの」
「その全神国のトップはちょっと食えないけどね」
互いに利用し合う関係のディオティリオ帝国が力を持つのは喜ばしいことだ。
しかも、どれだけ技術的な力を付けようと、こっちにはステアという圧倒的アドバンテージがある。
万が一フロムやリーフが裏切りを画策しても、ステアには一発でバレるし倒される。
だからこそここまで、帝国に対して利益ある行動が出来ている。
わたしはステアの頭を撫でた。ステアは猫が喉をならすみたいに唸って喜んだ。可愛い。
すると、ここまでほとんど黙っていたリーフが一歩前に出て手を挙げた。
「意見、ではこれからはフロム様と共に侵略を始めるべき。このまま戦っても8割敗けないけど、ウチたちがいればそれが10割になって10倍速く事が済む」
リーフの意見は分かる。
世界最強候補の国にまで成長するポテンシャルがあるとはいえ、世界には帝国に近しい強さを持つ国はまだまだある。
そして侵略国家にとって最も避けたいのは、そういう強国同士が手を組んでくることだ。
しかし、このまま帝国が勝ち続ければ確実にその状況が出来上がる。
それをされる前に、わたしたちが前線に出て、手を組まれる前に各個撃破していく腹積もりだろう。
実際、最も厄介だった三国を堕とした今、その吸収した技術さえ確立してしまえば、その後ノア様はその身を隠す理由がない。わたしたちも堂々と出ることが出来る。
だからこそ悪くない策だと思ったが、ノア様は別の意見を話し始めた。
「悪いけど却下。そっちは後回しよ」
「抵抗、これが最も効率的なのは間違いない。それを却下するからには、相応の理由が無ければ」
「勿論、これ以上ないのがあるわ」
リーフは怪訝そうな顔をした。
ノア様は息を吐き、そして立ち上がり。
「ステアの2周目経験による最強化、更にクロとスイの同化と、それによる闇魔法の強化。加えて、リーフの仲間入りにルシアスの進化。これだけの大戦力が加わったのなら、勝ち目は十分にあるわ」
「……!」
「ノアマリー様、それはもしや……」
ノア様は厳しい表情をしながらも、どこか獰猛な雰囲気を漂わせていた。
部屋の中は異様な空気に包まれ、全員が息を飲む。
「本格的に帝国の世界侵攻が開始されれば、私たちはそっちにかかりきりになるかもしれないわ。世界中に喧嘩を売るんだからイレギュラーは100や200じゃ効かない。それと同時にあの女を相手するのは流石に不可能よ。叩くなら今しかない」
そして、ノア様は毅然として言った。
「行くわよ。あの女と―――ルクシア・バレンタインと決着をつけに」
作中の魔法解説コーナー④
【耐性魔法】
髪色:黄緑
使用者:オウラン
特性:あらゆる属性に対する中位程度のパッシブ耐性
あらゆるものの耐性に対する強化と弱化を司る魔法。魔法全盛の時代では「戦争において必須」とすら言われるほどに強力な魔法に分類されていた。
範囲内の味方に対してバフ、敵に対してデバフをかけることができるという非常に有用な力であり、後方支援に限るなら希少魔法最強の呼び声も高い。
精神魔法と違って付与した耐性を付与した人数と魔法の質に比例して魔力を消耗するため、出鱈目に付与することは出来ないが、魔力量が150を超えていれば5,6人程度であれば強耐性を付与した状態で戦場に出し、自分のサポート分の魔力を確保しながら戦うことも可能。
欠点は魔力の消耗に限らず、あらゆる耐性操作において制限時間があることであり、耐性の質が上がるのに反比例して時間は短くなる。例えば毒の弱耐性程度であれば何日でもかけ続けられるが、完全耐性になると一時間も付与が続かない。
あらゆる魔法に対する耐性を付けられるために有利も不利も基本的にはないが、未知を操作する闇魔法とだけは相性が悪い。