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第26話 レンタル

 ステアに勧誘を断られたノア様は、かなりご立腹の様子で宿泊中のホテルに戻った。

 その後、一緒に来ていた御父上の執事に何かを囁き、部屋に籠ってしまわれた。

 ちなみにその執事はかなり狼狽した様子で外に飛び出していった。おそらく、ステアを買うためのお金関係のことだろう。

 あの執事、御父上のおこぼれに預かって相当ため込んでいたみたいだし。


 そして翌日、メイドのニナさんがノア様の部屋にやってきて、わたしとノア様と三人でちょっとした報告会議があり。

 そしてその日の昼、わたしたちは再びこの酒場の前へとやってきた。


「さあ、行くわよクロ」

「かしこまりました」


 ノア様は「CLOSED」という札がかけられ、閉ざされた扉を強引にこじ開け、中へ入っていく。


「失礼するわ!責任者さんいらっしゃる?」


 ノア様が叫び、ドタドタと奥の方から音がする。

 やがて厨房から、一人の男が飛び出した。


「な、なんだ?まだ開いてねえし、ここはガキが来るところじゃっ………って黒髪と金髪!?いったいなん」


 すかさずノア様は、懐にある手帳のようなものを取り出した。

 エードラム王国とティアライト家の紋章が金で描かれたそれは、貴族しか持つことを許されないもの。


「あっ………お、お貴族様でしたか。これは失礼を!へへっ」


 すなわち、平民を傅かせるにはもってこいのアイテムだ。


「扉についてはあとで弁償でもなんでもするわ。それよりここに来たのは、ちょっとした要件があってね」

「な、なんでしょう?」

「単純な話よ。()奴隷商人バイロン、あなたに取引を持ち掛けに来たの」

「っ!?」


 ノア様はそう言って、ひれ伏したバイロンに詰め寄る。


 バイロンという名を探ってもらっていたメイドのニナさんからもたらされた報告は、思いのほか面白いものだった。

 この男は、元々はそこそこ名の知れた奴隷商人。親に売られたり、奴隷の間に産まれたりした子供を扱う商人だったらしい。

 だけど一年前、その奴隷の一部が誘拐した子供たちだったことが露見し、指名手配されている。


「一連の事件によって奴隷商人としての免許を剥奪されたあなたは、残っていた商品を強制的に自分の奴隷として人質にとりつつ、ここに逃げ延びた。このことが露見すれば貴方は終わりよね」

「ぐっ………!」

「そこで取引よ。貴方の元にいる奴隷を一人、私に売ってちょうだい」

「は?譲れ、ではなく?」

「ええ。後腐れのないようにお金は払うわ。勿論正当な分からはまけてもらうけど。悪くない取引のはずよね?」

「は、はぁ。で、その売ってほしい奴隷というのは誰のことで?」

「ステアって水色の髪の可愛い子。あの子がいいわ」

「ステアを?」


 ますます混乱したように、バイロンは首をかしげる。

 劣等髪をわざわざ連れていく意味がよくわからないのだろう。


「お代はこれくらい払うけど、どう?」

「こ、こいつぁ………!?」


 そのバイロンを他所に、ノア様は机の上にお金を置いた。

 少なくはないけど、奴隷一人を買うには及ばない程度。


「そ、そうですねぇ。しかし私にも、元奴隷商人としてのプライドってもんがありましてね。せめてこの倍は払って頂かねぇと」

「倍、ねぇ」

「ご自分の立場分かってます?今ここでひっ捕らえて、絞首台送りにして差し上げましょうか?」

「ひっ」

「落ち着きなさい、クロ。ステアはここで貰っておかないといけない、今優位に立っているのはあっちよ」

「………はい」

「わかったわ、これと同じ額を―――そうね、明日の夜には用意できるでしょう」

「明日の夜、ですね。かしこまりました。へへっ」


 その時、バイロンの表情が僅かに変わったのを私は見逃さなかったが、あえて無視した。


「じゃあそうね。代わりに、ステアをレンタルさせてくれない?」

「へ?なんですと?」

「ここにあるお金は前金として取っておいて構わないわ。代わりにステアを一日貸してくれないかしら。所有権は貴方のままにしておけば、私たちがステアを連れ去る心配もないでしょう?」

「は、はあ。確かにそうですから、構いやしませんが………?」

「じゃあ、明日の夜まで借りていくわね。行くわよクロ」

「はい」


 ポカンとするバイロンを背にノア様は歩き出し、わたしもそれに続いた。


「よろしかったんですか、ノア様。あの男、何か企んでますよ」

「でしょうね。だからわざと、半分しかお金を持ってこなかったんだもの」

「やはり。袋を二つに分けた時は何をしているのかと思いましたが」

「そのお金、クロに預けたわよね。持ってきた?」

「はい、ここに」


 わたしは腰に隠していた袋を取り出し、ノア様に渡す。

 中を見て満足げに微笑んだノア様は、隣の馬小屋に入り、私もそれに続く。

 中では子供たちが死んだように熟睡していて、奥の方にステアはいた。


「―――傷が増えてますね」

「昨日治したのに、その後また殴られたみたいね」


『ごしゅじんさまに、ぶたれる。いたい。だから、ダメ』


 昨夜のステアの言葉を思い出し、知らず知らずのうちに手に力が入る。


「ノア様、あの男を本当に見逃すおつもりですか?」

「ええ。私だって、ここに来たって知られれば面倒だもの。あの男がちゃんとステアを引き渡そうとするなら見逃すわ」

「でもっ」

「そう。『ちゃんと引き渡そうとするなら』、ね?」

「………?」


 ノア様はその顔に、悪いことを企んでいる時にする笑みを浮かべていた。

 何故だかは分からないけど。


「さ、ステアを治してさっさと連れて行きましょう」

「はい。………あれ?ノア様、今日は午後から何かご予定があると言っていませんでしたか?」

「ああ、それならいいのよ。お父様関係の話だったから」

「ああ、それなら大丈夫ですね」


 どうでもいいことのようにノア様はそう言った。

 ノア様に人生を握られている御父上は、どうやったってノア様には勝てない。

 だから別にキャンセルしたって、ノア様は痛くも痒くもないのだ。

 ノア様はステアに治癒の光魔法をかけ、ペチペチと優しく頬を叩いた。


「起きなさい、ステア」


 するとステアはパチッと目を開けて起き上がり、ノア様を見つける。


「………?」

「なんでまたいるんだって顔ね」

「昨日の今日ですし、当然でしょう」

「ステア。いきなりでごめんなさいなんだけど、私は貴方を買うことにしたの」

「………??」

「まだ混乱しているようね」

「それはそうですよ。ノア様は精神年齢と中身が比例していませんが、彼女は純粋な幼女です。理解に時間かかります」

「でも、クロは一瞬で理解してたじゃない」

「それはひとまず置いといて。ステア、つまりあなたのご主人様は、あの男からこのノア様になるということです」

「ごしゅじん、さま?」

「そうです」


 寝起きで頭が回らないのか、ステアは頭にはてなマークを浮かべている。


「まあ、ここでこうしていたって仕方がないわ。行きましょうか」

「わかりました。ステア、あなたもです」


 ますます頭が混乱したように、ステアは首をかしげる。

 どこに行くんだと聞きたいらしい。


「この貧民街の外に行くんですよ。ノア様とあの男、どちらがいいか、自分で見て決めてください」

「このために多めにお金用意させたのよ。どうせ人のお金だし、ぱーっと使っちゃいましょう」

「え、それってステアを買うための後金では」

「その辺はちゃんと考えているわ。さあ行くわよ」

「あ、ちょっとノア様!仕方がありませんね………ほら、あなたもいきますよ」

「………???」


 ステアの理解が追い付いていないまま、ノア様は出口へと向かう。

 わたしも、ステアの手を取ってそれに続いた。

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