第288話 アルスシール攻略
「本当にもう行くのか?」
「ええ。素敵な船をありがとう」
クロと連絡を取った翌日、私たちは神皇の一族とその他ごく少数の人しか知らない秘密の港に、ボタンと共にいた。
後ろを振り向くと、凄く立派な船がある。
帆船だけど燃料で移動もできる船。これがあれば、帝国へも前来たときの半分くらいの時間で戻れるらしい。
「姫さん、見て来たが異常なしだ。いつでも出航できるぜ」
「ええ。ステア、乗組員の精神操作は?」
「完璧」
「確認だけど、向こうについたら殺していいのよね?」
「うむ、どうせ死刑か一生太陽を拝めない人生の者たちじゃ、どうにでもして構わん。少し人数が足らんかもしれんが、そこはなんとか頑張っとくれ」
「ええ」
「後生じゃからちゃんと世界を支配しとくれよ、ワシの自由のためにも。あとオウランを嫁に寄越せ」
「あなたのためってわけではないし嫁云々はオウランに直接言ってちょうだい。まあ私個人としては別にいいんじゃないって思ってるわよ?私の野望が全て終わった後でよければ」
「なに勝手なこと言ってるんですか!」
船の調子を確かめる手伝いをしていたオウランが、身を乗り出して叫んだ。
「オウランよ」
「うおっ!速っ!」
それを見たボタンが一瞬でオウランとの距離を詰めて、彼の両頬に手を添えて言った。
「頑張るんじゃぞ。お前が言ってくれたこと、絶対に忘れぬからな」
「……ああ。僕は約束を守る男だって証明してやる」
「うむ!」
ボタンはオウランに抱きつき、オウランもちょっと満更でもなさそうな顔をしている。
なるほど、あれがルシアスが言っていた「年ごろの男は美少女ってだけでドキドキする」というやつか。
思い人がいるのに抱きつかれただけで鼻の下が伸びてしまうなんて、男性って不便だ。
「ほら、そろそろ行くわよ」
「はい。じゃあボタン、僕はもう行く……あれ?そろそろ放してくれボタン、僕動けない。というかマジでピクリとも動けないんだけどお前重力使ってないか?あの、ちょっ……放してくれって!おい!ボタン!いたたたた!!」
「やっぱり嫌じゃ!お前はワシの手の届くところにいとくれ!」
「痛い痛い痛い!お前何キロで締め上げてるんだ!ちょっ、ルシアス助け!」
「そのまま爆ぜとけ」
「おい!?」
あれは嫉妬か。
ボタンに、というよりは、女性にハグされていることを嫉妬しているらしい。
男性って難儀だ。
「仕方ないわねえ……」
私が異性の生体について分析していると、ため息をついたお嬢がボタンに近づき、そして小さな声で耳打ちをした。
するとボタンは急にオウランから手を放して。
「気を付けよオウラン!その道中に素晴らしき幸があらんことを!」
「え?あ、う、うん」
そう言って船の下へと降りた。
「……何言ったんですかノアマリー様」
「さあ?」
お嬢ははぐらかしたけど、私の位置からはばっちり唇の動きが見えていた。
お嬢が言ったのはこうだ。
『馬鹿ねボタン、離れている時間こそが愛を育むのよ。人間ってのはね、得難いものほど愛おしく感じるものなんだから。だからここは潔く離れて、次会う時にオウランのあなたへの気持ちが大きくなっているのを期待しておきなさい。押してダメなら引いてみろ、この言葉を忘れちゃダメよ』
多分これまでの人生で一度も引いたことなんてない人が何かを説いていた。
「出港準備は?」
「いつでも行けるぜ」
「じゃあもう行っちゃいましょう。あまり待つとボタンが色々限界になるわ」
「おう」
「おけ」
私は人形たちに、錨をあげろと命令した。
その通りになって、帆は張り、真っ直ぐに動き出した。
「オウラン、絶対に戻ってくるのじゃぞ!ワシはいつまでも待ち続けるからな!」
「ああ!絶対に助ける!」
「だから、なんでこいつらこんな強靭な恋愛フラグ立ててんだ?」
「ステア、よく見ておきなさい。あれが天然ジゴロってやつよ。ああいう男は優しいけどコロッと他の女に騙されやすいから気を付けなさい」
「把握」
「ねえちょっと!今格好つけてるのにやめてくださいよ!」
「ついでに後ろの連中も達者でな!次来るときは側近筆頭殿とオウランの姉君と、リーフとかいう女も一緒にじゃ!特にリーフじゃ!他意はないが!」
「何する気だよお前……」
「わはは、冗談じゃ!三割はな!頼んだぞー!」
ボタンの姿は次第に小さくなっていく。
「オウラン、好きじゃー!」
「なんて返せばいいか分からないよー!」
「よいよい!次来た時はお前はワシの虜じゃ!」
「何の話!?」
やがて声も聞こえなくなって、スギノキもどんどん小さくなっていく。
私たちの海洋国家スギノキ攻略は、こうして終わった。
***
「うおおおおお!」
「やった……やったぞ!ついに俺たちは!」
不動の国家アルスシール―――否、もう不動じゃないか。
とにかくアルスシールの200年の内戦は終結した。
今日、政府軍を無敵たらしめていたマッドナグ要塞に革命軍が侵攻。
残っていた僅かな兵を蹴散らし、最上階までのすべてを制圧。
拠点を落としたことで、実質的にこの内戦は革命軍の勝利となった。
つまり、わたしたちのそこそこ長い期間の裏工作が実を結んだわけだ。
「疑問、どうする?」
「好都合なことに幹部連中だけであの部屋に固まってますね。さっさと最後の仕上げに移りましょう」
「了承」
要塞の最奥の部屋で、達成感に満ち溢れた顔をしていた連中。
革命軍の幹部、わたしにボコボコにされた男を含めてあの時の全員が揃っている。
わたしとリーフは他に人がいないのを確認し、部屋に入った。
「あ、お前たちは……!」
「はっ、今更ご登場かよ。帝国最強って聞いてたのに尻尾巻いてどっか行ってたお嬢ちゃんよお」
気分の高揚か、大失言をかましていることに気付いてないな。
というかそもそも、こいつらがここまでほぼ無傷で来れたのはわたしとリーフが要塞への道順にいた政府軍を全員まびいていたからなんだが。
それが無かったら正直、こいつらでは兵の半分も残らずに疲弊状態で要塞に乗り込むことになっていただろう。
それも知らずになんとも間抜けな。
「じゃあリーフ、予定通りに」
「了解。落雷は使わず、の手筈で間違いない?」
「はい、風魔法だけでお願いします。出来ますよね?」
「愚問」
「ああ?おい、何を―――」
「《台風旋斬》」
幹部の一人が何かを言うよりも早く、リーフの高位魔法が同時に三つ出現。
幹部連中は悲鳴をあげる間もなく、身体をズタズタにされた。
「な……ん、で……」
たった一人、即死しなかった憐れな幹部がそう呟いたが、わたしが何かを答えてあげる前に眼の光を失っていた。
「報告、終わった」
「お見事、流石です。スイ、例のものは?」
『ちゃんとずっと時間止めてあるよー』
「ありがとうございます」
部屋の奥にある大きな棚。
わたしはその引き出しを開けて、そこに入っていたものを取り出した。
「よいしょっと……この辺でしょうか」
『いいんじゃない?相討ち感出てるよ』
「肯定、なかなかいい位置。欲を言えばもう少し腕がひしゃげているといいかも」
『あとは銃痕だね、適当に連中の借りて何発か撃っちゃいなよ』
「ですね」
取り出したのは、死体。
わたしがこの要塞に入った時、わたしに襲い掛かってきた腕利きの風魔術師のものだ。
これをここに置いておけば、ここに入ってきた他の革命軍はこいつと相討ちで幹部が死んだと思うだろう。
この時のために、スイの時間魔法で死後間もない状態を保ってある。
スイに停止を解除してもらい、わたしは適当な死体から握っていた銃を取って数発死体撃ちをした。
この世界には生活反応の診断なんて便利なものはないので、死んだ前か後に撃たれたかなんて分かりはしない。
「これで完璧ですね。あとはもう声のデカい無能を帝国の名を使ってトップに据え置けばこの国の裏支配は完成です」
「嘆息、主に似て悪辣なことを考える」
「それはどうも。じゃ、他に色々やる前にオトハを回収しましょう。どこですかねあの子」
あっさりと裏工作を済ませて、わたしたちは見つかる前に部屋を後にした。
作中の魔法解説コーナー①
【闇魔法】
髪色:黒
使用者:クロ
特性:あらゆる暗闇系の視覚阻害に対する完全耐性、及び周辺への生体感知
“消去”と“歪み”を司り、闇という概念を魔力を介して擬似的な物質として生み出す魔法。闇は本来存在しないもののため、そこに触れたものも存在しないことになり、消えるないしは歪むことになる。防御手段はほぼなく、基本的には回避しかない。
闇は物質化しているとはいえあくまで擬似的のため、あらゆる世界の法則の影響を受けない。そのため、重力魔法や空間魔法による防御を貫くことができ、実はこういった概念干渉系の魔法の天敵(ただし空間魔法は最高位のみ闇魔法を一部貫く効果がある)。
欠点は存在しない概念を無理やり生み出すという性質上、ほかの魔法に比べてやや燃費が悪いことと、消したものを自分の身体と認識しているもの以外は元に戻せないこと。
また、互いに唯一干渉し合うことが出来る光魔法、魂や死体を操る死霊魔法とは相性が悪い。