第287話 その存在は
「誰じゃ?今のそこはかとなく苦労人っぽい娘は」
「お察しの通り僕ら側近の中で一番の苦労人で、ノアマリー様の右腕のクロさんだよ。めっちゃ強くてマトモでどこかぶっ飛んでる、ノアマリー様の1番のお気に入りさ」
「ほーう。それであの途中で入った声の主がリーフとかいう女か……ワシの方が可愛い声をしておったな」
「何に対抗してるんだよ……」
クロが帰ってくるのは1ヶ月後。まだ1ヶ月は会えない。
淋しい。辛い。でも、2年待ったあの頃に比べればまだまだ大丈夫。あの時と違ってお嬢もいる。
でも、スイもいない。悲しい。
そうだ、いっそ私も帰りがけにアルスシールに向かえば解決なのでは?
「お嬢、私たちも、アルスシールに行って、クロたちの、手伝い、すべき」
「却下。もうほとんど終わってる計画に私たちが踏み込んだら逆に邪魔になるかもでしょう?それが分からないステアじゃないわよね」
「うっ……」
「クロとスイに会いたい気持ちは分かるけど、もうちょっと我慢して」
「……ん」
「あなた不貞腐れても可愛いわね」
早く会いたいのに。
「とにかく、私たちは帝国に戻ってフロムと合流。3つ―――正確にはアルスシールはまだ途中だけど、それももうすぐだろうからカウントして、予定にあった主要3ヵ国は手中に収めるなり同盟結ぶなり出来たわけだし、次なる目標を決めていかないとね」
「つっても、他に真っ先に手に入れておきたい国なんてないんじゃねえのか?」
「たしかに。ハイラント全神国、不動の国家アルスシール、そして海洋国家スギノキ。今後の憂いとなりかねない国に最優先で仕掛けてきたわけですし」
「ええ、だからしばらくは私たちの出番はないかもね。少なくとも他の軍事大国と帝国がぶつかるまでは」
私たちは帝国に捕虜にされてることになってるし、表向きで動ける場所は限られてる。
だからあまり帝国の戦争に首を突っ込むのはよろしくない。
そっちの方は全部フロムに任せてあるから、中小規模の国を帝国が飲み込んでいきつつ、高い軍事力を持つ国とぶつかったところで私たちが手助けするという動きが最善となる。
私がそう考えていると、ルシアスが待ったとばかりに言った。
「いや、それすら俺らいるか?だってリーフいるだろ」
「ま、そうね。彼女がいれば余程采配をミスしない限り負けないでしょ。というか下手な中小国ならあの子一人で壊滅させられるし」
「どんだけバケモンなんじゃ、リーフとかいう女は」
「まあ、多分ボタンが戦ったら敗けるでしょうね。いい勝負は出来ると思うけど、それでもリーフはちょっとおかしいから」
魔力量と魔法技術は、禁術を使っているボタンの方が恐らく上。
だけどリーフはその差を、天性の戦闘センスだけで埋められるほどの才覚がある。
多分、今のルシアスでもまだ敵わない。一年後なら分からないってとこかな。
うちで勝てるとしたら、実際に勝ったお嬢以外だと私とクロ&スイだけだと思う。
「確認じゃがオウラン、お前はそのリーフの強さに惹かれたわけではないのじゃな?」
「え、あ、うん」
「よし、ならば問題ない。……でももうちょっと魔法の練習頑張ろ」
「だけどあなた、五十年分の鍛錬を前借りしているのでしょう?どう頑張ってもあと五十年はそれ以上強くならないんじゃないの?」
「……あ、そういえばそうじゃ。今まで強くなるなんて一度も考えたことなかったから気づかんかった。畜生」
「大丈夫だぜボタン、そりゃあくまで魔法の話だろ?武術や身体能力はいくらでも鍛えられるわけだ。お前の重力に武術が乗れば最強だろ」
「……ふむ、まあたしかに。ゴリラの言うことに乗るのは癪じゃが、それが一番か」
「俺の呼び名ゴリラで固定なのな」
「話を戻すわよゴリラ。とにかくクロたちが戻ってくるまでは動けないし、かといってこの国に滞在し続けてもただ停滞しているだけ。予定通り明日、この国を出ましょう」
鎖国国家のこの国では、私たちの情報も洩れないけど外界の情報も入って来ない。
だから正直、ここに留まるメリットは薄い。
それは、私も勿論理解している。
だけど、なんだか……お嬢の様子がおかしい。
「なあ、本当にもう行くのかのう?その、もうちょっとくらい滞在してもよいのではないか?」
「あなたはオウランと一緒にいたいだけでしょ。悪いけど予定変更はないわ」
無意識だと思うんだけど、なんだか一刻も早くこの国から出たがっているというか。
僅かにずっと焦っているというか。
いつもに比べて、ほんの少し焦燥とかの負の感情の比率が大きい。
「《精神鎮静化》」
私はお嬢に触れて魔法を使う。
すると、強張っていた表情が和らいで、お嬢は私を見た。
「ステア?」
「お嬢、大丈夫?」
「大丈夫も何も、私は……」
そこで言葉を止めて、お嬢は考え込むような仕草をした。
そして数度頷いて、私の頭を撫でてくれる。
「ありがとうステア。私、ちょっとだけおかしかったわ」
「ん。どうしたの?」
お嬢のあの症状には心当たりがあった。
ハイラント全神国で、お嬢が言っていた症状と似ている。
あの時ほどじゃないし、本当に少しの変化だったから自分でも気づかなかったんだと思う。
「何かしらね。あの禁術の部屋を見た時辺りからかしら、ちょっと変だったのは」
「……『ナユタ』と、何か、関係、あるの?」
「聞いてたのね。まあ、今回は多分そうだわ。ナから始まる名前を考えてあの女の顔がちらついて、嫌なこと思い出しちゃってたみたい」
「嫌な、こと?」
「ええ。『ナユタ』は千年前を生きた魔術師にとって、最も聞きたくない忌み名よ。私にとってもスイにとっても、ルクシアにとってもね」
お嬢はそれ以上話したくなかったのか、口を閉ざした。
私は情報を読み取ることも出来たけど、お嬢の意思を尊重して魔法を使わなかったし、それ以上追求もしなかった。
***
「ナユタ」
遥か遠い大陸、かつてハルとルーチェが戦った決戦の地。
5人の女が仲良く円を作って座り。
そして、紺色の髪をした少女リンクが、その言葉を呟いた。
「ほら、次“タ”よ。タから始まる4文字の言葉」
「いや、その前にナユタってなんだよ。そんな言葉ないだろ」
「はぁー?数字の単位よ単位。ものすっっっごく大きい数字!」
「なにそれ知らん。恒河沙とか阿僧祇とか不可思議とか無量大数なら知ってっけど」
「なんでそれで那由多をしらないのよ!」
「本当にあんの?お前がふかしてるだけじゃないの?」
「那由多は本当にあるわよホルン。10の60乗のこと」
「え、マジですか?」
「ほーら!あーあ、これだから学のない女は。その胸板みたいに薄い知識しかないんだから」
「何だとこの野郎!」
リンクとホルンが取っ組み合いを始め、文字数指定しりとりはお開きとなった。
それをメロッタとケーラは呆れたように見つめ、そしてルクシアは。
「………」
「いかがなされましたか、ルクシア様」
「いえ、ちょっと嫌なことを思い出してね」
「嫌なこと、ですか」
「誰の手にも届かないほどに大きく、途方もなく、突飛なファンタジーでもない限り出てこない単位―――あの女にピッタリの名前だわ」
「はい?」
「なんでもない。それよりもあの2人止めてきてくれる?」
「あっ!おい、魔法は使うな!」
「喧嘩するなら素手でやりなさい!」
上空に浮かぶ一面の星空を見て、ルクシアは手を伸ばす。
そして頭から追い出すように頭を振り、未だ煽り合うリンクとホルンの仲裁を手伝うために立ち上がった。
***
世界のとある場所。
広い、異様に広い神殿の如き空間。
その最奥で、1人の人物が鏡と向かい合っていた。
『はい。貴方様のご慧眼の通り、アルスシール政府は崩壊。革命軍が勝利し、200年の戦いに終止符が打たれたとのことです』
鏡に映る男―――ハイラント全神国最高権威“議長”は、感動や興奮が混ざった赤い顔で、それでも冷静にそう報告した。
「スギノキは?」
『それなのですが、申し訳ございません!あの鎖国国家の情報はどうしても手に入れることが出来ず……!』
「それはそうか。うん、分かった。ご苦労様アマラ」
『!?ナ、ナユタ様が、私の名を……!こここ、光栄の極みでございます!!このアマラ、より一層の』
「うんうん、じゃあね」
一方的に連絡を切り、その女は立ち上がる。
身を震わせ、息を高揚させて、踊るように歩く。
その顔は恍惚とし、何もかもが満ち足りているようだった。
「ああ……もうすぐだ。もうすぐだよ、二人共」
やがて拳を血が出るほどに握りしめ、喜色とも憤怒ともとれる声色で呟いた。
「ハル……ルーチェ……お前たちだけは……」
彼女は美しく舞い、万感を込めて言い放つ。
神殿の中心で。
雪の色をそのまま宿したかのような、真っ白な髪色を揺らしながら。
「さあ、ここからが始まりだ。私の―――私たちの夢物語は!」
春秋 那由多は、歓喜と憎悪を滲ませながら叫んだ。
さて、長らく続いた第9章『三国編』でしたが、これにて終了です。ここまでお付き合いくださった読者の皆様、本当にありがとうございます。
ぶっちゃけた話、半分くらいはボタンを出したくて書いたものでしたが、楽しんでいただけたでしょうか。のじゃっ娘が性癖でして。
さて、次からは作者がスイの話と並んでずっっっっと書きたいと思っていた、第10章『那由多の邂逅編』がスタートします。
ナユタとは何者なのか。ノアたちとの関係は。
是非、楽しみに待っていてください。
以上、最近忙しくて『スターオーシャン2R』が出来なくて泣いてる作者からでした。