第286話 攻略終了
定期的に現れる、作品の誤字報告をラッシュしてくださる方。
超絶助かってます。本当に。マジで。
「ここで調べられることはもうなさそうね」
お嬢の言葉に全員が頷いたが、ここほど内緒話に適した場所もない。
防音も完璧で、そもそもほとんどの人が入り方を知らない。念には念を入れて、ここで話を進めることにした。
「そういえば、オウランの件で有耶無耶になりつつあったが、この国との同盟と開国に関してはどうする気じゃ?ワシは開国でも構わんぞ。クソ老害どもはぎゃあぎゃあ言うじゃろうが、お前たちに協力するにはそっちの方が都合がいい」
「あー、待って」
「むう?」
「やめたほうが、いいかも」
開国を推進しようとするボタンを、私とお嬢が止めた。
スギノキが開国するとなれば、それは世界中を駆け回る大ニュースとなるだろう。
そうなると、スギノキに対して邪な考えを抱いて近づいてくる国も現れてくる可能性が高い。
ディオティリオ帝国ほどではなくとも、高い武力と国土を持つ国はまだ世界に多数存在する。それらを全て相手にするのは、いくら重力魔法があっても厳しい。
ボタンがこちらに対して延々と敵意をむき出しにしてくるならそれでも良かったけど、今回は同盟関係を構築する以上、開国はメリットよりもデメリットの方が大きい。
「なるほどのう、言われてみれば確かに。もっと言えば、お前たちにも影響があるかもしれぬな」
「あん?どういうことだ?」
「先ほどそこの小娘……ステアに、大体の状況は送られたが。お前たちは水面下で自分たちのために動いてはいるが、あくまで裏側の人間で表立って動いているのはディオティリオ帝国であろう?このタイミングで開国をすれば、そちらとの関与を疑われる可能性があるじゃろ」
「確かに。千年以上鎖国してた国が、帝国が大きな戦争に勝って世界トップクラスの超巨大国家になった矢先に開国となれば、繋がっていると考える輩が出て来そうですね」
「そうなると、戦争で疲弊している筈の帝国がスギノキを開国まで追い込むことに成功したという矛盾に違和感を持った連中が嗅ぎまわってくるでしょうね。そうなると私たちの情報が漏れる可能性もある。厄介だしここは鎖国を利用した方が賢明だわ」
「同意見」
私たちの存在は、帝国がもう手遅れになるほど大きくなるか、世界中を飲み込む布石が完璧に整うまでは公にしてはならない。
条件的には、少なくともルクシアたちとの決着をつけてからだ。
そう考えるとスギノキという国に対してではなく、ボタンという個人と同盟を結ぶことが出来たのは僥倖だった。
私たちの存在をボタン以外には完全に隠せる。
「ステア、今日中にこの塔にいた全員の私たちに関する記憶をいじっておいて」
「了解」
「あとすまぬが、何人か認識を操ってワシのイエスマンにしてくれぬか。鎖国するにしろ、お前たちのバックアップを取る政治が必要になるかもしれぬのでな、案を通しやすくしておきたい」
「おけ」
「この分だと今日明日、遅くても明後日くらいにはこの国で出来ることは終わりそうね。ボタン、悪いんだけど船を一隻くれないかしら。丈夫で大きいやつ」
「仕方ないのう。あとでなんとかする」
「助かるわ。お礼と言ってはあれだけど、明日一日はオウランをここに置いてくから」
「え!?」
「まったくなんと水くさい、ワシとノアマリー殿の仲じゃろ?こういう時こそ神皇の職権を濫用するときじゃ、とびきり良いものを用意しておくぞ!」
「あと私たち航海の技術が薄いから、何人か死んでもいい船乗りを付けてくれる?」
「承った!……それでその、ノアマリー殿」
「ノアでいいわよ」
「ではノア殿、そのぉ、一日借りる際にはどこまで……」
「何を不穏なこと言ってんだ!」
お嬢は目をぱちくりさせて、腕組みをした。
考えているんだろう、自分のものであるオウランをどこまでお手付きにしていいか。
オウランの気持ちやボタンの熱情などを考慮したと思われる思考タイムが終わった結果、オウランの方をくるりと向いて。
「一回くらいならキスさせてあげれば?」
「ダメですけど!?」
「じゃあ仕方ないわね、ハグまでなら可ってことにしましょう」
「ステア女史、後生の頼みなのじゃが、記憶をいじる時のついでに明日だけで良いので塔の誰もオウランを認識できなくなるように操作してくれぬじゃろうか」
「なんで?」
「一日中抱き着きながら公務に励めるようにじゃが?」
「欲望の、塊。いいと思う。承諾」
「っしゃあ!」
「……僕がまったく口出しできずに明日の予定が決まっていく」
「諦めろオウラン。好かれたのが運の尽き……ではねえな。美少女にめちゃくちゃアプローチされてるわけだもんな。よく考えたらなんだお前。爆ぜろ」
「お前は味方でいてくれよぉ!」
唯一の同性にすら裏切られたオウランは悲痛な声を挙げ、何かが癖に刺さったらしいボタンが耳を澄ませて興奮していた。
その後は迅速だった。
ボタンはずっとオウランを抱えながら仕事。オウランは顔を赤くしながら困ったような何かと戦うような顔をしていた。
私は一気に精神操作を使って指定通りに思考や認識を書き換え、その後はお嬢と共にやることがあったからやった。ルシアスの身体に何が起こったかの検証だ。
記憶にあるルシアスの身体能力と比較し、ありとあらゆる能力がボタンとの戦い以前とは別人レベルで発達したルシアスの身体を、時間をかけてじっくりと調べた。
その結果、魔力の超人化による身体能力と再生能力の超向上及び魔力回復速度の異常化であると判明。その有り得ない身体能力に、流石のお嬢も若干引き気味だった。
そして二日後、私たちは再び禁術の部屋に集まっていた。
「さて、やることはすべて終わったわね。ここまで来たら長居しても仕方ないでしょう」
「!じゃあ」
「ええ。明日、帝国に戻るわよ」
お嬢のその言葉を聞いて、私の奥底から歓喜の感情が湧き上がってきた。
もうすぐ、もうすぐクロと会える。
いっぱい頑張った。だからいっぱい褒めてもらわなきゃ。
「とりあえず連絡しないとね。えーっと、どこやったかしら」
お嬢は鞄を漁って、ボール型の通信機を取り出した。
ギュッと握ると数度光り、やがて光は安定し、懐かしい声が聞こえてくる。
「もしもしクロ?」
『ご無沙汰しておりますノア様。何か御用でしょうか?』
「噛み砕いて言うとスギノキの攻略が終わったわ。だからそろそろ帝国に戻ってフロムと今後について話したいと思っているのだけれど、あなたたちはどう?」
『迅速な手腕、流石の一言に尽きます。申し訳ございません、こちらはあとひと月近くかかりそうです。詳細は省きますが、現在リーフと片端から政府軍を殲滅している状況でして』
「オトハは?」
『革命軍を裏から率いて政府軍の中枢へと向かってきています。政府軍の奥の手に関しましては既に我々が無力化しましたので、革命軍の勝利はほぼ確定かと』
「200年続いた内乱をあっさり終結ってわけね。そっちこそ流石よクロ。私の右腕なだけあるわ」
『勿体ないお言葉です。あ、リーフ、後方から増援です。落雷を』
『了承』
「ひと月って言ったわね?それくらいなら向こうで待ってるからゆっくり綿密に事を成しなさい。良い土産話を期待してるわ」
『それでしたらご期待に沿えるかと思います。ステアたちは元気ですか?』
「ええ、とても。あとオウランの件なのだけれど」
『ああ、例の結婚云々ですか。どうなったんです?』
「とりあえずオウランが天然ジゴロって結論に至ったわ」
「ちょっ!」
『……何が何だかさっぱりわかりませんが、また何か面倒ごとがあったようですね。円満に解決したんですか?』
「勿論。私を誰だと思ってるの」
『ノア様だから心配しているんです』
「……あなた、じっくり話すのは久しぶりだっていうのに結構ズバッと言うわね。まあそういうところが好きなんだけど」
『解決したというのであれば良かったです。合流次第オトハにも伝えておきます』
「クロ」
私は我慢できなくて、思わず話に割って入った。
『ステアですか?』
「ん。久しぶり」
『久しぶりですね。体は大丈夫ですか?病気とかは?』
「大丈夫」
『それなら良かったです。ちゃんとノア様のことを見ていてくださいね』
「ん」
「ねえ、あなた私を何だと思ってるの?」
『少なくともステアの方がしっかりしていると思っているのは確かです』
「クロさん、助けてくれ!あんたがいないせいで僕の精神的ダメージはもう許容限界だ!それだけでも問題なのにこっちで色々あって思い悩みが飽和状態だよ!」
『何が何だかわかりませんが、帰ったら話くらいは聞いてあげるので頑張りなさい』
「よークロ。唐突なんだけどよ、お前戻って来たら俺と手合わせしちゃくれねえか?」
『何がどうなってそんな思考に行きついたのかさっぱりわかりません。理由によります。……と、もうすぐ制限時間ですね』
「クロ。気を付けて」
『ええ。ステアもくれぐれも油断をしないように』
「ん!」
『ではノア様、半月後辺りにこちらから連絡をさせていただきます』
「ええ、吉報を待ってるわ」
その会話を最後に、通信は切れた。
クロ(なんの情報も入ってこなかったな……)