第281話 決着と再会
《重力崩壊》の前では、一切の防御は意味を成さない。
ほんの一瞬ではあるが、相乗効果によって億を超える加重力の暴走によって範囲内にある一切を破壊しつくし、細胞の一片に至るまで消滅させる、重力魔法どころか下手をすれば全魔法最大の破壊力を持つ絶対の攻撃。
直撃すればルクシアですら防ぐ手段はない。
ボタンもそれが分かっているため、この魔法を選んだ。
隕石が落ちてきたときのようなクレーターと遅れてやってきた衝撃音が耳に届き、魔法が終わったことを察したボタンはフラフラとしながらもなんとか地上に降り立った。
(魔力がすっからかんじゃ。地上に無傷で降りられるだけの僅かな魔力が絞り出せただけ奇跡じゃな)
眩暈で足がもつれ、近くの木に手をつく。
ノアやルクシアのように最高位魔法を何度も使ったことがある戦人ならばいざしらず、かつてのクロや今のボタンのようにその経験がないと、魔力を急激に消耗することによって貧血のような症状が一時的に起こる。
ある程度魔力が回復しない限りこの症状が薄れることはなく、ボタンはその場に座り込んだ。
(これで、もし万が一……ヤツが生きていたら……)
終わりだ。
だが、ほぼ可能性はないと思いたい。
最高位魔法のために重力のレーダーは切っていたが、攻撃の直前までヤツは動いていなかった。いくらあの男でも、あの至近距離からいきなり30メートルも距離を取ることは出来ないはず。
空間魔法による離脱も、ヤツの編纂速度は何度か見て把握している。ギリギリ重力の方が早い。
だが、胸騒ぎは消えない。あの男の常識外の力を幾度となく見せつけられたトラウマか。
「あー、忘れろ忘れろワシ……魔力が回復するまでここで休んで、それで……ああまずいな、あと二人おるんじゃった。怪物はあの男だけと願いたいがどーしたもんじゃ、ろ……」
―――ザッザッ……
「は?」
クレーターの反対側から、歩行音。
推測される体重、体格―――すべて一致。
ボタンは一瞬の驚愕と絶望の後、それすら通り越した虚無の感情が湧いてきて体の力が抜けていった。
「ハァーッ……なんで生きとるんじゃクソが」
「口悪いなお前」
先程までと変わらず、否、再生でむしろ傷が癒えてきているルシアスの声を聴いて、ボタンは何もかも諦めたかのように息を吐いた。
「危なかったわマジで、転移が間に合わなけりゃ死んでたぜ?すげー魔法だなおい」
「当たらにゃ意味ないじゃろうが。ワシはしっかりと貴様の転移も織り込んで魔法を使ったはずじゃぞ、何故回避できたんじゃ」
「あー、よく分からねえんだけどよ。なんかいつもより早く魔法が出来たんだよな」
超人以上の超人的身体能力と、内臓を消されようと元に戻る再生能力。
それに次ぐ、第三の魔力超人化の恩恵。
それは最も単純であり、魔力の体内循環速度が速まったことによる、あらゆる魔法的効果の速度上昇だ。
具体的に言えば今のルシアスは、魔法の“回復速度”と“発動速度”の二つが超人化している。
つまり常人よりも遥かに素早く魔法が発動できる上、回復の速度も尋常ではなくなっている。
魔力の回復速度は個人差があるが、基本的には大体枯渇状態から半日~二日程度、平均的には一日で全快する。
それに対し、現在のルシアスの全快までの速度は―――10分。
魔力量120のルシアスは、5秒で1回復する計算となる。
ちなみにルシアスに次いで回復速度が速いのはステアだが、それでも10時間かかる。彼女の膨大な魔力量から考えれば回復速度は異常だが、ステアが120回復するまでに要する時間は50分強ということになる。
発動速度は、基本的に平均的な魔術師が中位魔法を撃つ際で大体1秒。
ルクシアとノアが0.2秒、クロで0.4秒。1000年のキャリアを持つルクシアがそれよりも縮めることが出来なかったため、基本的に0.2秒未満には出来ない。
だがルシアスの場合、それが0.1秒まで縮んでいる。これは今まで0.8秒だったルシアスの発動速度が8倍になったことを意味する。
ちなみにステアの最高記録は0.17秒だった。
つまりルシアスは、この二点に限れば魔法的能力でステアを上回ったことになる。
「で、どうするよ。まだやるか?」
「馬鹿か?魔力がない状態でどう戦えというんじゃ。……ワシの負けじゃ。好きにするがいいわ」
「潔いねえ。けど生憎そういうのは俺の仕事じゃなくてな。後はうちの天才たちに任せることにするわ」
ルシアスは心底楽しそうに、それこそスキップをしそうなくらい嬉しそうにしてボタンの肩に触れた。
「《転移》」
風景が曲がり、元の場所へと戻ってきた。
ボタンが神皇として君臨する、塔の最上階へと。
「やっぱ魔法はいつも通り使えるな。マジで俺に何が起きて」
「ルシアス。……え?」
「ん?おお、姫さんにステア。無事だったか」
「……えっと、あなたルシアス……よね?」
「あん?それ以外に誰に見えるってんだ」
「なにか、あった?」
「おう、色々あったぜ。後で俺の武勇伝聞いてくれ」
「激闘だったのはまあ、見れば分かるわね。というかその脇腹大丈夫なの?」
「おう、大分再生ってきたな。他の細かい傷はほとんど消えた。どれくらいで再生すっか調べてーから光魔法は要らねえわ」
「さ、再生?」
「何があったのよあなたマジで」
「分からん。ステア、後で調べてくれや」
「……ん、分かった」
丁度その時に最上階に上がってきた二人にそう言いつつ、ルシアスは未だ座り込んでいるボタンを見やった。
ボタンは顔を横にして、不貞腐れたようにこちらを見ようともしていない。
「で、勝ったの?」
「なんとかな」
「そう。じゃあいいわ」
満足そうに笑うノアを見て―――ルシアスは考える。
今だったら超えられるのでは、と。
だが。
(いや無理だな、万全じゃねえし。それに契約は姫さんが世界全部手に入れるまでは下につくってことだ。それまでお楽しみはとっとくか)
「ルシアス」
「ん?」
「滅多なこと、考えないで」
「……ああ、わーってるよ」
ジロリとこっちを睨んだステアに内心若干恐怖しながら、ルシアスは軽く手を振った。
おそらく精神魔法すら使わずに表情で何を考えているか読み取ったのだろう。
(いやー、もし姫さんを俺が倒しちまったら、もしかしたらステアに殺されるかもなあ。絶っっっ対戦いたくねえから、戦う前に姫さんになんかステアに言ってもらえるようにしなきゃな……あ、それはクロとオトハもだな)
女性陣の苛烈さに想像だけで冷や汗をかき、ルシアスはその場に座布団を持ってきて座った。
「で、オウランはどうしたよ」
「いたわよ。ほら」
ノアが指をさしたのは、入り口付近。
そこから、ひょいっと顔が出た。
「ボタン」
「……オウランか」
ゆっくりと部屋に入ってきたオウランは、ボタンに向かって歩いていく。
「ルシアス、ありがとう。僕の話聞いてくれたんだな」
「おう、苦労したぜ?今度酒奢れ」
「勿論。……というかお前本当にルシアスだよね?」
「さっきもこのやりとりしたぞ。何があったかは俺も良く分かんねー」
「そ、そうか」
ルシアスから漏れ出る別人のような闘気に気圧されたオウランは若干引き気味にそう言った。
次いで、ノアの元へと。
「ノアマリー様、お願いがございます。ちょっと二人にして頂けませんか」
「ルシアス、彼女の現況は?」
「完全に魔力は底つきてるはずだぜ。大丈夫だと思うわ」
「そう、ならいいわ。二人共席外すわよ」
「ありがとうございます」
「構わないわ。でも私を外すからには」
ノアは立ち上がり、オウランの目を見て言った。
「ちゃんとしなさい。意味わかるわね?」
「……はい」
ノア、ステア、ルシアスの三人は、部屋の外へと出ていった。
※ステアは超人ではないです。ただ魔力が超多くて頭が超良くて魔法の範囲が超広くてあらゆる魔法技術を一発で習得できる超天才でノアとクロが超大好きなだけの、至って普通の童女です。