第280話 ボタンvsルシアス4
とはいえ、再生の速度は速くない。
生存のために重要器官が先に修復されていくため他の部分の再生は遅く、エネルギーを大量に使用するために身体能力も本来の力には及んでいない。
だがそれでも、覚醒前とは比較にならない膂力と速度を持つ怪物であることには変わりない。
ボタンはどっと汗を流しながらも、なんとか平静を装った。
「この……離せ!」
ボタンは重力を巧みに操って自分を回転させ、ルシアスの腕ごと捻った。
これならば握力は関係なく、やむを得ずルシアスも手を離す。
その隙にボタンは多少のダメージを覚悟で自分に横向きの五倍重力をかけ、わざと吹っ飛んで距離を取った。
(落ち着け、落ち着け!何が起こったのかはもう考えるな、現実を見ろ!ヤツの身体は再生してはおるが、その速度自体は遅い。あの速度なら腹の傷を完全に癒すために一時間はかかるはずじゃ。つまり再生が追いつかないほどの大規模攻撃で即死させればなんとか―――)
必死に打開策を考え、この状況で最適な魔法を選ぶ。
しかし、最高位魔法を一度撃ってしまっている挙句にそれまでにもほぼ常時重力を展開していたため、魔力の消耗はボタンの想定よりも遥かに早い。
ボタンの魔力量は数値にして720。ルシアスの6倍であり総量だけならリーフ、ノアすら上回るが、残りの魔力は3分の1を切っていた。
(もう一度最高位魔法を使うか?残りの魔力を絞り出せばギリギリ一発は撃てる。じゃがそれも通用しなければワシの負けじゃ。かといって魔力を節約して勝てる相手ではない、一体どうすれば勝てる?考えろワシ!)
もしルシアスが仕掛けて来ても対応できるように宙に浮きつつ、ボタンは考え続けるが、良い策は浮かばない。
そもそもの相性が最悪であり覚醒前すら自分をその気になれば瞬殺出来た男が、比較にならないほどに強くなっている。しかも治ってきているとはいえ大けがを負った状態でこれだ、一周回って笑えてくる。
だが負けるわけにはいかない。オウランの身柄がかかっている。
「うーん……」
ボタンは悩み、そして異変に気付いた。
ルシアスが動かない。ずっとうんうんと唸り、難しいことを考えているように腕組みをしている。
(なんじゃ?)
やがてルシアスは数度頷き、おそらく視力があっても追えなかったであろう速度で茂みに赴き、そこにあった剣を拾った。
ボタンが蹴とばした愛剣を数度ルシアスは素振りするように片手で上下させ。
「おう、行けそうだ」
誰に話しかけるわけでもなくそう言い、振り下ろしの構えを取った。
「―――っ!?」
ボタンの第六感が、全力で警鐘を告げる。
慌てて全力で横に吹っ飛んで回避したが、ルシアスは気にせず、ボタンが元いた場所すらない別方向に、勢いよく剣を振り下ろした。
振り下ろした風圧で凄まじい風が巻き起こる。地面も砕けた。
しかしそれだけではなかった。
ルシアスが剣を振り下ろした先にあった、廃村に残された民家三軒。直線距離にして約20メートル。
そのすべてが、綺麗に切断された。
民家だけではない、地面にも綺麗な切断面が刻まれ、木も縦に真っ二つになった。
家も木も切断されたことによってバランスが崩れて倒壊し、土埃が舞う。
「?……!?、!?!?!?」
ボタンは口をパクパクさせて、恐る恐るルシアスに顔を向けた。
「おー、出来た出来た。なーんかいける気がしたんだよな」
軽く言い放つルシアスだったが、ボタンにとってはたまったものじゃない。
何が起こったかはボタンでも理解できる。ルシアス、この男が全てを斬ったのだ。
空間ごと。
空間魔術師であるルシアスの攻撃に空間属性が付与されており、ほぼすべてを切断することが出来ることは察していた。
だが、それはあくまで剣の切っ先にのみ集中していた効果であり、魔力も薄い。その程度ならば重力魔法で歪められると高を括っていた。
だが、今のは違う。根本的に違った。
遠距離にまで届く、空間ごと裂く斬撃。それは空間魔法最強の魔法のはずだ。《絶対切断》。その効果は、有効範囲内に存在する全てを空間の一部として捉え、斬撃の命中する場にある限り絶対に斬る魔法。
この魔法の恐ろしい点は、「すべてを空間の一部として捉える」という解釈により、実体のないものすら斬ってしまうということ。
例えば、本来は光魔法以外干渉不可能な闇魔法ですら斬ることが出来る。
(あ、あれを使われたら……全力の重力でも恐らく防げん……!)
そして、その実体のないものの中には、重力すら含まれる。
つまり、あらゆる重力防御を貫通できるため、ボタンがいくら重力を使ったところで意味がない。
当たれば死ぬの極致にある魔法だ。
しかしルシアスは魔力量が少ないため、最低でも魔力を150は使う最高位魔法は本来習得することが出来ない。
では何故使えたのか。
「《異力切断》……とでも名付けるか?」
それは、ルシアスが使ったのは《絶対切断》ではないからだった。
ルシアスが使える数少ない高位魔法の中に《異空切断》という魔法がある。
これは《絶対切断》の下位互換であり、剣などにまとわせることで実体のないものを斬ることは出来るが、斬撃が飛ばない。
使えれば便利と習得こそしたが、想像以上に燃費が悪かったためルシアスは基本的に使わず、埃をかぶっていた。
しかしここにきて日の目を見ることになる。
さっきの魔法は《異空切断》だ。つまり本来、斬撃を飛ばす効果はない。
しかし、現に先程飛んでいた。何故か。
それは飛んだこと自体は魔法が無関係だったから。
つまり飛ぶ斬撃は魔法ではなく、ルシアスの膂力が成した技であり、その斬撃を魔法が剣であると誤認することで、《異空切断》が《絶対切断》とほぼ同等の効果を及ぼした。
どちらの魔法でもない、ルシアスにしか出来ない技。故に《異力切断》と名付けた。
「ふっ、く、くく……うはははははは!マジですげぇ!誰にも負ける気がしねえよ!うははは!いだだだだ!」
未だ腹の穴は感知していないため、鈍痛に耐えかねてよろめいた。
だがもう内臓の修復は終わり、徐々にだが細胞は再生を始めている。超人体質は毒にも強いため、細菌なども効果を成さない。このまま再生し続ければ完治も可能だ。
「いちち……ん?」
傷を抑えようとして抑える腹がないことであきらめたルシアスは、ぞわりという感覚でばっと空中に目を向ける。
そこには、手を構えて必死の形相で魔法を編んでいるボタンの姿があった。
「迷っている暇はない!これで終いじゃ!」
今しかない。ボタンはそれを感じ取っていた。
もしこのまま戦いが続いてルシアスが腹を治し、全力を出せるようになってしまえば、自分の勝ち目は完全に潰える。
さっきの魔法を見て痛感した、正面からぶつかれば絶対に負ける。
だからこそ、今この場で全力をもって殺すしかない。
使うのは、《重力魔法》最強と呼ばれる魔法。
範囲を絞れば絞るほど出力が増すのが重力魔法の性質だが、スピードを考慮しルシアスを中心に半径30メートルまで範囲を広げる。
それでも屠るには十分とボタンは判断した。
この魔法は指定した範囲内に、異常重力場を発生させる。
星の重力に干渉するわけではなく、自力で重力という概念を生み出す。
重力場と星の重力は干渉し合い、ぶつかり。
一瞬の後に暴走し、すべてを破壊しつくす。
「《重力崩壊》!」
ボタンに残ったほぼ全魔力を注いだ最高位魔法が、ルシアスが避けようとするよりも先に地上に降り注ぎ。
形容しがたい鈍い音と共に、全てが消え去り、バラバラになった。
恐らく読者の皆様が抱いているであろう感想「なんだこいつ」
書いている時の作者「なんだこいつ」
ちなみに無双してるルシアス君ですが、クロ&スイとは相性クソ悪いので普通に負けます。
どんだけスピード出しても未来視で回避され、防御力もパワーも関係なく闇魔法で消せるんで一発っす。