第277話 ボタンvsルシアス3
「長期戦になりゃ俺が有利。だがその先は泥仕合だ、それじゃあつまらねえ!ダラダラやらずに一気に決着つけようや!」
斬り上げを防いだボタンは、ルシアスの台詞に呆れ顔をした。
だが、その提案自体はボタンにとっては好都合。即座にボタンは今までのような防御主体ではなく、猛攻に切り替えることを決意した。
「《刃形重力》」
「《断裂空間》!」
重力を刃に変化させあらゆるものを切り裂く魔法を、空間を切り離すことで防御。
「いいじゃろう、付き合ってやる。超人だろうがなんだろうが関係ない、重力こそが世界最強の力だということを刻み込んでくれるわ!」
「はっはあ!いいぜ、その意気だ!」
互いに睨み合い―――そして、ボタンが接近した。
鋭い、しかしルシアスから見ればまだまだ甘い拳を放つ。ルシアスはそれを受け止めるが。
(重いっ!)
華奢な体から放たれた攻撃は、彼の手を僅かに痺れさせた。
自らの重力質量を増大させ、身体能力を強化する力。
周囲の重力に干渉できなくなる代わりに、鉄すら素手で砕く超人へと一時的に変貌出来る。
しかし、それでもまだルシアスの身体能力には半歩劣り、技術は比べるべくもない。
ボタンは攻撃に出られる前に仕留めるため、唯一勝っている重力加速というアドバンテージで残像が見えるほどの速度でラッシュを始めた。
「ふっ、ははは!痛え!打撃で痛みを感じたのなんて何年ぶりだ!」
「ぐっ……!?」
しかし、それすら届かない。
加速しているとはいえ、ボタンの大ぶりな攻撃に対し、ルシアスは必要最小限の動きで手足を動かし、的確に急所を庇い、百発以上放たれたボタンの攻撃を全て防いだ。
常人だったら防いだ手足ごと砕かれ、肉塊になっていたことは明らかな重力をフル活用した猛攻をほぼノーダメージで受けられたボタンは流石に動揺する。
「ふっ!」
「!」
一瞬の隙をついて、ルシアスがボタンの鳩尾に渾身の正拳突きを放つ。
咄嗟にボタンは反重力を使用しガードした。
「こぷっ……!?」
だが、直後にボタンの体は軽く吹っ飛んだ。
全身を撃たれたかのような衝撃に苛まれたボタンは、思わずルシアスが見えなくなるほど後ろに全力で後退した。
(こ、拳は防いだはずじゃ。衝撃を殺しきれんかったのか、僅かに……!それでこの威力!)
自分が吐血していないか何度も唾を吐いて確認し、フラフラと立ち上がった。
「あの筋肉野郎が……大人しくしていればつけあがりおって……!」
ボタンは、切れていた。
ただ自分は、好きな人と一緒になりたいだけなのに。
その仲間が阻んできたと思えば、そのうちの一人がこの上ないほどの自分の天敵。
あまりに不幸な自分に腹が立って仕方がない。
だがそれ以上に、邪魔をしてくる筋肉野郎を潰さないと気が済まない。
「ふーっ……見ておれよ」
ボタンは体の調子を確認し。
「殺す気で戦えば―――お前など敵ではないわ」
決意した。
あの男を、オウランの仲間を。
殺すことを。
あの超人を入れておく檻などない。
万が一、いや億が一生け捕りに出来たとしても、必ず脱獄して自分を阻んでくる。
一対一のこの状況で殺しておかなければ、オウランを娶りたい自分にとって確実に後顧の憂いとなる。
(そんなことになるくらいなら、ここで確実に息の根を止める!)
ボタンは自身の重力を解除し、周囲一帯に微弱な重力を発生させた。
そして重力がかかった空間の形、そのすべてを把握する。
「そこか」
盲目のボタンは、この重力によるレーダーと発達した聴覚によって周囲を認識している。
人型に変わった重力の場所を把握し、その向きに対して拾った大きめの石を大きく振りかぶり。
「おらあっ!」
重力を付与し、勢いよくぶん投げた。
石は廃村にあった家の壁を易々と貫き、音速近くまで加速しながらルシアスに迫っていく。
「ふんっ!」
だが、その石をルシアスは事前に勘で察知し、大剣をバットがごとく使って空の彼方へと吹っ飛ばした。
戦車の砲撃並みの威力があったはずの攻撃をいとも簡単にはじいたルシアスに何度目か分からない驚愕をした後、ボタンは頭を振って思考を切り替え、今度は自分を加速させてルシアスに急接近し、そのままの勢いでドロップキックを仕掛ける。
「戻って来たか!」
「……この化け物が!」
当然の如く受け止められたが、その程度ではもはやボタンは動揺しない。
即座に自らを軽くして上空に飛び、慣性で滞空している間に周囲の大地をくりぬいて圧縮。
「《武具の嵐》!」
「うおおっ!」
武器を作り、勢いよくルシアスに吹っ飛ばし始める。
自分に近づけて射出していないため、威力は以前に比べて劣るが、数は稼げている。
ルシアスの身体能力でも防ぎきれず、やや攻撃が通る。
しかし、血が出るほどではない。つまりほぼ無傷。
それを視認したボタンは、落下を始めていた自分の重力を一瞬強めてから地面に着地。
直前に質量を高めてボタン自身は無傷だが、周囲に凄まじい量の土埃が舞う。
1メートル先も見えないほどの濃度。だが、目が見えないボタンには関係ない。
キョロキョロと周囲を見回しているルシアスを重力で確認し、音を立てないように浮きながら背後に回り、一気に加速。
―――ガシッ。
「なっ……!?」
完璧だったはずのタイミング。
しかし、重力の刃を付与した手は、後頭部に突き刺さる直前で振り向いたルシアスの大剣に斬られそうになり、慌ててひっこめた。
「何故分かった」
「俺は空間魔術師だぜ?空間把握がデフォルトで備わってんだよ。この程度の範囲なら全探知して不意打ち回避できる。バレバレだったぜお前の動き」
「……クソが!」
罵倒しながらボタンは再びルシアスに右ストレートを繰り出す。
しかしルシアスはギリギリでそれを躱し、拳を握り、今度こそ仕留めるために再び鳩尾を狙った。
しかし、拳が沈む直前、異変に気付く。
(こいつ……反重力を使ってねえ!?)
このまま当たれば、ルシアスの全力攻撃がそのまま生身の人間に命中することになる。
そうなればどうなるか、想像に難くない。
良くて貫通、悪くて爆散。
それを分かっているルシアスは、瞬時に拳を引き、威力を軽減させた。
反応速度0.06秒のルシアスだからこそ出来る神業。
しかしそれでも。
「が、はっ……!」
衝撃までは殺せず、ボタンの内臓は揺らされ、吐血した。
「……ここまでだな」
「ああ……そうじゃな」
―――随分簡単に諦めるな。
ルシアスは違和感を覚えた。
「終わりじゃ。貴様がな」
ほんの僅かに、吐血したボタンを心配する気持ちで警戒が緩んだ。
だからこそ、ボタンが自分の脇腹に手を翳したことに、気が付くのが0.1秒遅れた。
ボタンの重力魔法は、自分に近ければ近いほど。そして、範囲を狭めれば狭めるほど、重力が強くなる。
触れたものに対しては問答無用で強重力をかけられるボタン。しかし、自分の全魔力を込めようと、ルシアスを完全に押しつぶせるとは限らない。
だからこそ、潰すのは諦めた。
ボタンは、ルシアスの脇腹に左手を近づけ、自分の超近距離、かつ直径約3センチ程度の重力球を作り出した。
「《重力特異点》」
触れなければ無害。ただし触れた瞬間に、10万倍の重力で触れた部分を削り取る、重力属性の最高位魔法。
異変に気が付いたルシアスが身を引こうとするが、魔法を完成させたボタンは自身を数十倍に重くしてルシアスの腕を掴んで身を引いたことで、流石の彼も僅かに前のめりになる。
僅かだった魔法との距離を縮められ、魔法は脇腹に着弾。
首から下の上半身、約六分の一を削り取られた。
「……反重力、を……使わなかったのは、このため、か!」
「げぷっ……さすがに、最高位魔法は、集中力がいるからのう……!」
ボタンは、ルシアスの攻撃に殺意がないことに気付いていた。
自分を殺す気がない以上、ルシアスの攻撃に対して接近しても死ぬことはない。
反重力を解除していても、あの超人なら気が付いて威力を軽減してくれるはず。
一歩間違えば自分が死んでいた賭けに、勝ったのはボタン。
ルシアスは大量の血を流し、立っているのがやっとだった。
すみません、予定ガン詰まりで二回分更新を見送ります……。
次回更新は10月9日予定です。