第275話 ボタンvsルシアス
『俺にやらせちゃくれねえか?』
昨日、ルシアスは重力魔法の対策についてそう切り出していた。
『あんたは自分と相性が悪い重力魔法を警戒してるみたいだが、多分俺なら対処できるぜ?』
『まあ、たしかに……超人体質のあなたなら、重力の影響をかなり無力化できるでしょうね』
『ん。ルシアスなら、多分、耐えられる』
『けど記憶と話を考慮すると、神皇は私やリーフに迫るほどの手練れよ。大丈夫なの?』
『ああ、平気だ。あんたとリーフが最強なのは、自分の魔法だけじゃなくて身体能力や剣術、立体的な戦闘術なんかを極めてるからだろ?』
だが、とルシアスは前置きをして。
『こいつはそうじゃねえ。重力魔法っつー圧倒的な暴力だけで、その域にいる。勿論体術が出来ないってことじゃないぜ、動きを見ればある程度は出来るやつなのは分かる。……だが、俺には到底及ばねえよ』
『あなたに魔法無しの身体能力だけで及ぶなんて、私やリーフどころかルクシアでも無理よ。そこを心配しているんじゃないわ、いくらあなたに重力の強弱操作が効きづらくても、他の攻撃手段なんかいくらでもあるのよ?』
『分かってるよ。だけど、それを攻略した時―――俺はきっと何倍も強くなれる』
『あなたねえ……』
『頼むぜ姫さん。正直、欲求不満って奴なんだよ』
ルクシアやノア、ステアやリーフといった圧倒的強者。最近ではクロもそちら側に加わった。
かといって、近接の才能がないオウランと手合わせをしても面白みがない。オトハの毒も自分にはほぼ効かないから面白みがない。
早い話が、ルシアスは対等に戦える相手が周囲にいなかった。
十年以上、戦いに身をやつし続けた戦闘狂が。
『そんな時に……最高の相手が見つかった』
ルシアスの体は武者震いし、その顔は獣のようになって。
『俺が、神皇を倒す。邪魔はしないでくれねえか』
そう言うルシアスに、ノアとステアは呆れたような顔をしていた。
***
「温い、じゃと?ならこれでどうじゃ!」
再びボタンが手を構え、重力が歪む。
ルシアスにかかった重力は―――20倍。
重さにして約4トン。圧倒的な強度と柔軟性を誇る樹齢2000年の杉木から作られた塔でなければ、既に床が抜けているであろう重量。
だがそれすら、何も受けていないかのように。
「こんなもんかよ!」
「はあ!?」
異様な軽快さで、ルシアスはボタンの目前まで迫った。
攻撃を受ける直前に自分を吹っ飛ばし、剣の軌道から逃れる。
(重力を無効化?違う、床が軋む音が大きすぎる、間違いなく正常に魔法は発動しているはずじゃ!空間魔法でどうにかしとるのか!?)
必死に異常な状況についていこうとするボタンだが、時は待ってくれない。
まるで何の影響も受けていないかのようなルシアスの猛攻が、ボタンを襲う。
「《部位転移》!」
「ぐうっ!?」
手のみが自分の背に迫るのを重力で感知し、咄嗟に反重力で無力化。
そのまま魔法を使わずに追撃を仕掛けてきたルシアスに、ボタンは咄嗟に魔法を放ち。
「うおっ!?」
ルシアスはまるで落ちていくように、反対方向の壁まで吹っ飛んでいった。
「ベ、ベクトル操作は効くようじゃ……なああ!?」
だがそれは束の間。
常人なら骨折は免れない落下をしたはずのルシアスは足で綺麗に着地し、更にはそのまま踏み込んで、ジャンプで元居た場所まで戻ってきた。
また迫りくる剣。ボタンは反重力で受けるしかない。
ルシアスの重力は元に戻り、綺麗に着地した。
「やっぱ厄介だな、反重力。だがそいつを展開するには自分以外の重力を切らなきゃなんねーんだろ?オウランの記憶を見たぜ」
「……あの精神魔法の小娘か。仲間とはいえ姿が見えとらん対象から記憶を読むとは、やはり超級の魔術師か」
「おう、俺たち自慢の切り札だ。ま、この戦いには手出ししないでくれって言ってあるから安心しろ。あいつがやったらすぐ終わっちまうからな」
「言ってくれる!」
今度はボタンが仕掛ける。
服の中に仕込んである黒いビー玉、それを全て取り出して重力魔法で浮遊させる。
そしてそれを、弾丸のように打ち出した。
「どういう理屈か知らんが、貴様に“面”での攻撃は届かぬようじゃ。じゃが“点”ならばどうじゃろうな!」
一発一発がライフル弾並の威力の攻撃がルシアスに襲い掛かる。
「ふんっ!」
「……はあ!?」
ルシアスは剣に空間魔法を纏わせ、振るのと同時に小さな空間のポケットを創造。
そこに入ったビー玉は、ルシアスの後ろの壁に突き刺さっていく。
結果、ニ十発以上放たれた攻撃は一度も通ることがなかった。
(……いやいや、有り得ぬじゃろうが!?空間魔法での置換、これはいい!じゃが、あんな小さな空間操作領域に寸分違わず玉を入れるじゃと!?どんな反射神経と動体視力をしておるんじゃこの男!?というかこれほどの力、絶対に空間魔法によるものではない!まさか……!)
通用しない重力操作、そして常人離れした視力と反応。
認めたくない現実、しかし最も可能性が高い想定が、ボタンの脳裏をよぎった。
「貴様、まさか……超人体質か!」
「正っ解!」
真相に辿り着いたボタンを賞賛するのと同時に、ルシアスの拳が床に突き刺さる。
その攻撃は塔全体を揺らし、ボタンにすらたたらを踏ませた。
その隙を見て、ルシアスはボタンに接近する。
しかし、攻撃をするわけではなく。
「ここだと互いに邪魔が入りそうだ。サシでやろうぜ」
「なにをっ」
「《空間転移》」
刹那、風景がぐにゃりと曲がり、ルシアスとボタンだけが瞬きの瞬間には全く別の場所にいた。
そこは廃村だった。ステアが最初に潜入するときの候補に選んだ場所の一つ。
数年前の水害で捨てられ、今では誰も寄り付かない。
故に、ボタンもルシアスも全力を出すことができる。
「ここなら本気でも問題ないな。さて、戦りあおうぜ。俺はもうずっとウズウズしてたんだよ。あんただってそうじゃねえの?」
「……貴様のような戦闘狂と一緒にするな。ワシは戦いも痛いのも苦しいのも嫌いじゃ。というか、これほどの転移は魔力を多大に消耗する、本気もなにもないじゃろうが」
「いいんだよ、そもそも俺は魔法はサブでしか使わねえし使えねえ。側近の中で一番未熟なもんでな」
「未熟じゃと?そんなわけがあるか、あれほどの力で!魔力を使わずに重力魔法に抵抗など聞いたことがないわ!」
ボタンは冷や汗を流し。
そしてずっと考えていた文句を言い放つ。
「というか!!希少魔法と超人体質のハイブリッドってなんじゃ!!ふざけとるのか!?」
この世界を生きる者、ノアやルクシアすら知りえない数だが。
―――希少魔術師が生まれてくる確率は、約10万分の1。
年間平均500万人出産されるこの世界では、1年で約30%の確率で1人、約8%の確率で2人生まれてくる計算になる。
対して、超人体質が生まれてくる確率は、約1000万分の1。
1年で生まれてくる確率は、約0.5%。
これは、90%以上の確率で生まれるためには460年の時を有する計算となる。
さて、ここからがボタンが提示した問題。
この希少魔術師と超人体質を併せ持つ人間、つまりルシアスが生まれてくる確率は―――実に約1兆分の1。
虚数の彼方にほぼ等しい、おそらくこの世界で人間が誕生してから絶滅するまでに1人生まれれば出来すぎの、時間魔術師すら相手にならない超超低確率。
その空前絶後の突然変異人間。それがルシアスという男。
これが何を意味するか。
基本的に超人体質は、その有り余る身体能力と引き換えに魔力量自体は控えめな場合が多い。生物の構造として、大きすぎる能力を与えないための申し訳程度の処置かもしれない。
しかし、ルシアスは同時に希少魔術師としての素養を持っているため、その『平均』は希少魔術師のものとなる。
ルシアスは確かに、希少魔術師としての平均は下回っている。しかし一般から見れば3倍以上の魔力量を保有している。
つまりルシアスは、恐らく今後地上に現れないであろう素質を兼ね備えた―――最強の魔法戦士。
(まずい……まずいぞ)
細やかな数字こそわかる術はないものの、自分があまりに不幸な数字を引いたことは察したボタンは、思わず後退りをした。
(魔法技術も魔力量も、圧倒的にワシが上回っておるはずじゃが―――相性が最悪すぎる!)
重力魔法のスタンダードな力、数倍の重力で押しつぶす力はルシアスに通用しない。
ベクトル操作で追いやっても空間魔法で戻ってこられてしまうため、ボタンは遠距離攻撃を完全に捨てて自分自身の重力操作に集中するしかない。
だが、接近戦の技術がルシアスに遠く及ばないことは、先ほどの短い戦いでボタンは思い知らされていた。
「なんだ、来ないのか?」
純粋に戦いを楽しむルシアスの声が、今のボタンにとっては悪魔のもののように聞こえた。
計算合ってます?メチャクチャ心配なんで間違ってたら教えてエロい人。




