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第273話 自己嫌悪

「何を言われるか分かり切ってはありますね」

「うむ、何度でも言うがそちらのオウランをワシに寄越せ。要求はそれだけじゃ」


 周りの幾人かが反射的に立ち上がりかけたが、立ち込める血の匂いとさっきまで人だった無残な痕を見て動きを止める。


 1400年続いた鎖国。それを開国し、詳細すら分からない相手に対して同盟を結ぶ条件が『男一人寄越せ』。

 その男が希少魔術師とはいえ、国の問題と釣り合うわけがない。国一つ相手取るほどの強さではないなら猶更だ。

 無茶苦茶すぎる話。しかし神皇は確かにそう言った。


 ―――あくまで予想でしかないけど。

 これが神皇ボタンの、何かに対する“復讐”なのかもしれない。

 さきほど見せたあの殺気と憎悪、スギノキを檻と表現したこと。

 紡いできた歴史を破壊する、それが彼女の復讐になり得るとすれば辻褄は合う。

 それに『開国』自体はそれほど悪いものじゃない。停滞していた国を動かし、新しい文化を取り入れるわけだから。

 つまり国民にはメリットが大きい、これはボタンの話と整合する。

 しかしこの国を動かしてきたこの部屋にいる連中にとってはそうもいかない。代々守ってきた文化、政治、地位、その一切が脅かされかねないのだから。


「一つ、お聞きしても?」

「なんじゃ」

「仮に私がオウランを渡したとして、どうするおつもりで?」

「嫁に迎える。まあ一応神皇という立場上許嫁はおるから、正室ではなく側室という形じゃがな。ぶっちゃけ正室には微塵も思い入れがないし指一本触れさせる気もない、ワシがそれを許すのはオウランだけじゃ。ワシはあやつが好きじゃからな」


 横から「えっ……」と声を漏らした男がいたので記憶を読むと、どうやら正室とやらはこの男の息子らしい。

 神皇の一族と子を成せば家の格も上がる、だからこそ必死の思いで正室に迎えさせたのに神皇本人に思い入れがないとなればそれまでの権謀術数が無意味になったのと同義。

 悲壮という言葉では表現できない表情をした男から目線を外し、お嬢と神皇の言葉の応酬を見守る。


「別に危害を加える気も、不幸にする気もない。ワシはただあやつに傍にいて欲しいだけじゃ」

「そうですか。ですが彼は、幼い頃から私に仕えてくれている忠臣にして側近。そうやすやすと手放せる人材ではありません」

「スギノキとの同盟と技術を天秤にかけてもか?随分と高くかわれとるんじゃなあやつは」

「ええ。それに、彼の意思はどうなのでしょう?」

「ああ、思い人がおるという話じゃったな。……意外じゃのう、国の要職に就く身分であろう貴様が、それほどに一人の側近の意思を尊重しようとするとは」

「ふふっ、それが私の主義主張なもので。誰にでもというわけではありませんよ?才能があって、私が気に入った子だけです」

「リーフとかいう女もか」

「そうですね。まあ彼女は正確には私の側近というよりは一時的に手を借りているというか友人というか……複雑な関係ですね。お気に入りなのは事実ですが」

「良く分からんが、ちなみにそやつは―――」

「全っ然オウランに気があるとかはないですね。気づいてもいませんし。天然ですし鈍感ですし。お手本のような片思いです」


 散々な言いようのお嬢だった。

 しかし神皇はそのお嬢の発言がお気に召したのか。


「そうかそうか、片思いか……」


 なんだか声に抑揚が付いた気がする。


「ああ、一応先に言っておくが。ワシはこれ以上譲歩する気はないぞ。この国と繋がりを持つためにはオウランを差し出す以外の方法はないと思え」

「ですから、それに関してはオウランに聞いてみませんと。少なくとも彼抜きで話す事柄ではないと思いますが?」

「では、あやつの意思次第ではこの国を諦めるか?スギノキの海洋技術、独自の文化によって生み出された品々、何よりワシと重力魔法の秘密。そのすべてを投げ打って?」

「……それは」

「オウランは確かに優秀じゃ。この国でワシを除く全魔術師を相手取り、九対一で逃げ切る寸前までいったことからも、ワシ自身が戦ってみたことからもそれは分かっておる。手放したくないという気持ちも痛いほどにな」


 お嬢が一瞬怯んだ隙をついて、神皇は畳みかける。


「じゃが、国と釣り合えるほど高く買う者となればワシくらいしかおらぬと思わぬか?しかも生贄に使おうというわけでもない、ただワシに嫁がせて丁重に扱うという話じゃ。人質ですらないのじゃぞ?いわば政略結婚、珍しい話でもあるまい。確かに貴様の自由にすることは叶わなくなるが、逆を言えば生死のかかった世界からあやつを抜け出させるともいえる。決してそちらに悪い話ではない筈じゃぞ」


 横を見ると、お嬢が若干思案するような顔になっている。

 ―――僅かに、揺れている。


 神皇の言葉の数々は、私情と政治の混ざり合った話。感情論と理論の合わせ技。

 言葉の端々に、神皇自身の願望や感情が読み取れて―――だからこそ、否定しづらい。

 もしオウランを差し出しても、少なくともオウランが大切にされるってことは分かってしまうから、メリットやデメリットの話だけをされるよりも遥かにやりづらい。

 お嬢もこんな交渉相手は初めてのはずだ。


「これだけは約束するぞ。ワシはオウランから何かをしてこない限り、これ以上の危害を加える気はない。あやつの願いはなんでも叶えてやるつもりじゃし、嫌がることもせぬ。ワシの条件を飲んで、オウランが不幸に会うことはないと誓おう」

「……随分と気に入ってくれたものですね、彼を」

「ああ。本当に愛しておるんじゃ、心の底からな。……じゃから、くれぬか。貴様から言えばあやつは了承するじゃろう?」


 ―――クロやオトハに隠れがちだけど、オウランのお嬢への忠誠も相当なものだ。

 リーフとの一件で依存的な考え方こそ晴れたけど、それは健在。

 自分の結婚でお嬢に大きな利があるとなれば、きっとオウランは承諾する。リーフへの好意は封印して。

 お嬢が一言「結婚しなさい」と言えば、オウランは過程はどうあれ首を縦に振る。これは確実。


 でもこれは、彼の意思を上から押しつける行為だ。

 お嬢が私たちに一度たりともやってこなかった、明確かつ絶対的な、不公平な『命令』。

 お嬢は私たちに、無理難題を押し付けてくることはある。けど、私たちの感情を無下にするような命令をしたことは一度もない。

 でも今―――拒絶し続けてきたそれを、しなければいけないかもしれない状況に立たされた。


「少し―――考える時間を頂いても?」

「20分やる。客間に戻ってよく考えてくれ」


 お嬢は頭を抑えて、少し顔色を悪くしながらも神皇に一礼してから後ろを向いて早足で歩きだし、私とルシアスも慌ててそれに続いた。




 ***




「どうする気だ?姫さん」

「………」


 一階下の客間に戻って来てからも、お嬢は一度も言葉を発していなかった。

 オウランという優秀で自分に尽くしてきてくれた魔術師。

 発達した海洋技術に加え、覚醒魔法を継承し続けてきた神皇の一族と重力魔法。

 2つを天秤にかけて、どちらが重いか考えて、オウランをその天秤に乗せている自分に嫌悪。

 そして、自己嫌悪という未だかつてない経験への戸惑い。

 お嬢は、色々な感情に支配されていた。


「お嬢……」

「ふーっ……」


 お嬢は上を向いて息を吐き、決意したかのような目をして、懐から球体を取り出した。

 それは、通信の魔道具。対になるもう片方は今、クロが持っている。


「二人とも、ちょっと廊下に出てて。一人で話したいわ」


 お嬢の言うままに、私とルシアスは外に出た。

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