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第272話 神皇の闇

 一階だけ階段を上がった先にあったのは、たった一つの大きな扉だった。

 門番と私たちを案内してきた男が頷き合うと、鉄で出来たふすまがほとんど音を立てずに開かれ、1階層を丸々使った広大な部屋が目に飛び込んできた。


 下にはたたみが敷かれているけど、何枚かは把握できないほどの広さ。この塔の面積から考えて縦横25メートルくらいだとは思う。

 その馬鹿広い空間の端にはびっしりと武装した兵士が立っていて、薙刀や刀、中には大きな弓を持っている人もいる。

 そして私たちにそちらには寄らせないとばかりに、兵士が私たちの通る一本道を作っていて。

 その奥、部屋の中心には雛壇があって、一番上には白い垂れ幕がかかっていた。

 あれがおそらく私対策だ。


「お進みください」


 私たち三人、いつでも魔法が使えるように警戒しつつも、お嬢を先頭にゆっくりと歩き始めた。

 周囲から攻撃されるような気配はない。念のため全員の心を読んだけど、こっちにたいする奇異や疑念の気持ちこそあれど一方的な攻撃を仕掛けようと考えているのはいなかった。

 間もなく三つの座布団が用意されている、雛壇のすぐそばに辿り着いた。

 こちらの人数も把握してる、と。

 だけどそれは今更だ。お嬢が正座するのを見て、私とルシアスもその左右に座った。


 ―――ドン。ドンドン。


 垂れ幕の左右にいた女二人が太鼓を鳴らし、その音に合わせて垂れ幕に影が出来た。

 ついにご対面だ。


「よく来てくれたのう。ワシが第五十一代神皇、ボタン・スギノキじゃ。遠路はるばるご苦労じゃったな」

「神皇陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう。しかし陛下、いきなりの御申しつけになり申し訳ございませんが、全てを隠している貴方様がいきなり名乗るというのはどのようなお考えで?」


 お嬢は完全な外面フェイスでそう言った。

 それを咎めようとしたのか二か所でがしゃりと音がしたが、いずれも止められている。

 何があっても手を出すなとか言い含められてるのかな。


「これは異なことを。どうせ貴様らはワシの名も顔も把握済みじゃろう?貴様の左の小娘、《精神魔術師》のようじゃからな。なるほどなるほど、最後の一人は《光魔術師》じゃったか。まさか希少魔術師が四人も徒党を組んでこの国に現れるとは、はてさて天啓か天災か」

「それは貴方様次第ですわ陛下。このまま話に花を咲かせても良いですが、陛下も気になっていることがあるご様子。何かご提案があるのでしょう?」

「ふむ、流石はワシが見初めた男の主じゃ。話が早い」


 垂れ幕の奥で、若干神皇が体を乗り出す音が聞こえた。


「結局あいつは貴様らの情報を吐かなかったからのう。相当信頼しとるんじゃろうな」

「ふふふ、そういう風に教えましたから」

「わはは、怖い女じゃな。気が合いそうじゃ」


 話し合い開始数秒、早くも圧を含んだ笑い合いが始まった。

 何気なく右を見ると、ルシアスが冷や汗をだらだらと流している。こういうのには耐性がないらしい。


「さて、腹の探り合いも良いが―――やめよう。そんなことをしても結果は変わらん」

「同感ですわね」

「では、単刀直入に言わせてもらうぞ。こちらの要求は一つじゃ、オウランをワシに寄越せ」

「これはこれは。僭越ながら申し上げさせていただきますが、勝手に人の側近(もの)を取った挙句に高みから『寄越せ』とは、いくら陛下といえど少々不躾すぎるのでは?」

「不法入国者に言われたくないのう。そも、こうしてワシが交渉の場を作っていること自体奇跡に近いと心しておけ。オウランがいなければ、全員ワシが押しつぶしとったところじゃからな」


 お嬢のこめかみが僅かにピクリと動いた。

 相当苛ついている。人に優位に立たれるのが嫌いなお嬢だ、無理もない。


「まあしかし、勝手に連れて行ったことに関しては確かにこちらに非がある。だからこそこうして無闇に捕縛せず、話合おうというわけじゃよ。それで、そちらは何が目的じゃ?」

「目的、ですか」


 お嬢は少し逡巡した後。

 にんまりと、今日一の笑顔で言った。


「端的に言えば、この国です」

「ほう」

「なっ……!?」


 流石に耐えきれなくなったのか数人の兵士がこちらに武器を向けようとした。

 しかし、誰かが反応する前に。


 ―――ズシャッ!!


「が、あ!」


 その全員が地に伏せ、武器も落とした。

 全員立ち上がらず、その場でもがいている。


「ワシは言ったはずじゃぞ。何があっても姿勢を崩すなと。それともなんじゃ、今伏している馬鹿共は耳が遠いのか?」

「も、申し訳ございません!私の部下が不手際を!」

「……はあ、もうよい。ああすまぬ、話を遮ったのう」


 オウランに対して囁いていた、快活で甘い声。そこからは想像もできないほど平坦で底冷えした声で、瞬く間に六人を重力で押しつぶした神皇は、重力を解除して顔を青くしながらも再び立つ兵士を待ってからお嬢の話の続きを促した。


「鎖国国家のこの国以外では現在、歴史が動こうとしています。世界最強国、ディオティリオ帝国が幅を利かせ、中には貴方様と同じく四大魔法の『覚醒』に到達した者さえいます。目まぐるしく変わっていく状況の中でこの場だけ野放しにしておくわけには、と思った、帝国と同盟関係にある私の考えでこの国を頂こうとしたのです―――が」

「が?」

「陛下が覚醒魔術師となれば話は別です。一騎当千の実力者であるあなたを、ただ首を挿げ替えるなんて愚かな真似はしません。そこで貴国とは、同盟を結びたいと考えています」


 お嬢がそう言うと、神皇は唸るような声を少しだけ出した。

 おそらく、直球で来ると思ってなかったんだろう。でもそれは仕方がない。

 オウランを取られてる状態で、変に策を巡らせてバレたら逆効果。だから率直かつ簡潔にこっちの用事を伝える必要があった。

 案の定、神皇は数秒沈黙し、そして、


「良いじゃろう」

「なっ……!?」


 そっちがそうくるならこっちも、とでも言うように簡潔にこちらの話を飲んだ。

 驚いた、こんなにあっさりと肯定するなんてさすがに予想外だ。

 もう少しごねると思っていた。


「ただし条件が―――」

「お、お待ちください陛下!」


 しかしやはり、神皇の決定でも意見せざるを得ないらしい。

 壮年の男が立ち上がり、吠えた。


「この得体のしれない者たちと同盟ですと!?それはつまり、この国を―――1400年続いた鎖国を解くということですか!」

「そうじゃ」

「お気を確かに!自国ですべての産業が完結している以上、他国との繋がりなど百害あって一利なし!何より戦に巻き込まれるなど御免です!何より守らねばならないのはこのスギノキという国です、あなたはその頂点なのですぞ!代々あなたの一族が守り続けたこの国を、何だとお思いか!」


「……はあ?」



 ―――ゾグッ!



 周囲に振り撒かれた殺気に、体が押しつぶされそうになる。

 ……いや違う、実際に体が重くなっている。全員がその場に伏し、普通に座っていられているのはお嬢とルシアスだけだ。

 更に発言した男に関しては、体が地にめり込み、重力で内臓が損傷したのか吐血までしている。


「この国をどう思っているか、じゃと?それを貴様が問うか。神皇になるというのがどういうことか、それを知りながらワシをここに座らせた貴様らが。―――冥途の土産に教えてやろう。この国は牢獄じゃ。ワシを、代々の神皇を閉じ込め続けてきた檻じゃ」


 これが《重力魔法》。

 方法は分からずとも、神皇に代々受け継がれてきた最強の覚醒魔法。

 これほどの力ですら、彼女にとってはきっと力の片鱗でしかない。


「ワシがこの場にいてやっている理由は一つ。何も知らぬ民には罪がないからじゃ。だからこそワシは神皇になり、憎い貴様らも政治には必要だから生かしてやっている。じゃが、一人くらい問題ないじゃろ。先代からの治世ご苦労じゃったな。名は知らぬが」

「待っ……」


 ぐしゃりと、水たまりを踏んだ時のようなあまりに軽い音がした。

 神皇に意見した、それだけで憎悪の満ちた声で一人の男の命が文字通り潰された。周囲の人間もそれに顔を青くする。

 しかし―――何故か、それに慌てふためく者はいなかった。


「よろしいんですか?こんな私刑みたいなことを神皇がやってるなんて知られたらまずいのでは?」


 どうやら特に感想を抱かなかったらしいお嬢が、普通に神皇に声をかけると、さっきまでの低い声はどこに行ったのか普通の快活の声で神皇から返答が。


「なに、こやつらは何も言わんよ。神皇の信頼の失墜は、すなわちスギノキの崩壊じゃからな。先ほどの男が守るべきを()()と言ったように、こやつらはどいつもこいつも国の存続を第一に考えておる。神皇を貶めるようなことはせんわ」

「そうですか、ならいいんです。でも次からは私たちは重力の対象外にしてくださいね。私と横の男はともかく、この娘は繊細なので」

「わはは、すまんかったのう。微細な調整は難しいのじゃ」


 神皇―――ボタン・スギノキが見せた闇。

 今までの台詞で誰でもわかる。彼女は、周囲にいる人間を誰一人信用しておらず、それどころか憎悪している。

 何故そんなことになるのか、記憶が読めない今では分からない。

 辟易している私を他所に、話は進んでいく。


「で、条件に付いてじゃが」

明朗快活で可愛い女の子が、腹の中では底知れない闇を抱えている―――いいですよね。

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