第270話 籠
「……あーっと、確認するぞ」
20分以上かけて現状をなんとか口で説明し、二人の理解を仰いだ。
「要するに、あの荒れてた場所の近くで、オウランはあの塔を脱走してた神皇に出会った。んで、その神皇を連れ戻そうとしてた連中からオウランは神皇だとしらずにそいつを守っちまった」
「それで惚れられて、神皇の気が変わったせいで気絶させられて連れていかれ、ついさっきその神皇にボコボコにされた、と」
「ん」
「なんつーかその、あいつ運がいいのか悪いのかわかんねえな」
「3:7で運が悪い方だと思うわ」
「私、2:8だと、思う」
どうやってコンタクトを取るのか、私とお嬢でも有効な手段が思いつかなかった神皇。
その相手を見つけ、あまつさえ惚れられる。しかしボコボコにされたオウラン。
うん、可哀想だ。
「まずは整理しましょう。私たちを呼び出したのは神皇。それも私たちと交渉する気があるって話よね?」
「ん」
「その要求はオウランを向こうに嫁がせること。それさえできれば国交を結ぶことくらいは出来ると」
「そう」
だけど同情している場合じゃない、考えることはたくさんある。
その中でも、真っ先に考えなきゃいけないことが1つ。
「1つ気になるわね」
同じ考えに至ったらしいお嬢が、右手を1本立てて言った。
「そもそもどうして私たちが来たことを知っていたのか」
「ああ、それは俺も気になってたわ。だってあの場所、ステアがこの国で一番目立たなそうな場所だっつって俺に渡してきたもんだろ?」
「ん」
「ステアがミスするとは思えねえ。ならあの時点で俺らを探る方法なんてなかったはずだよな。まして場所の特定なんてほぼ不可能だ」
「ええ。けど神皇は、私たちがあの山中に拠点を構えたことを確信してわざわざ自ら近づいて来た。不気味ね」
「考えられると、すれば、重力魔法?」
「あの山脈から塔まで50キロ以上離れてる。もしそうなら」
神皇は、私を遥かに上回る魔法の発動範囲を持っていることになる。
それが本当なら、今この瞬間に私たちが押し潰されてもおかしくないかもしれない。
特に貧弱な私なんかは、5~6倍の重力を食らっただけで圧死しちゃう。
こっちから攻撃する手段はない、私の精神操作も使えない。
「あんま考えたくねえ話だな」
「ステア、一応聞くけどここから神皇に魔法をかけられない?顔はオウランの記憶からわかるわよね」
「無理」
有効範囲内に入っても、ボタン・スギノキの位置を自分で特定することは出来なかった。
私の精神魔法は相手の姿を視認している状態で使った方が成功率や出力や自由度が高くなる。
けど見ていなくても、スイと体を共有する前のクロ相手でもほぼ確実に魔法を通すくらいの力はある。
それが出来ないということは、ボタン・スギノキは私の操作を弾けるだけの魔力量と強靭な自我を持っている。
オウランの読み通り、その実力はきっとお嬢やリーフに匹敵するレベル。
予想外だった、海洋技術を目当てにここまで来たのにこれほどの手練れがいるなんて。
「まあ、私に近しい実力があるなら姿を直に見ていないと厳しいでしょうね」
「つーことは、連中の誘いに乗ってからステアを近づけて精神操作か?」
「向こうに空間魔術師と精神魔術師がこっちにいることはバレてるのに、対策してこないわけがないでしょう。神皇自身は姿を現さない可能性が高いわ」
「そりゃそうか」
「なによりまずいのは、最悪の状況になった時に打つ手が限りなくないに等しいということね」
「?」
ルシアスは首を傾げるが、私はお嬢が何を言いたいのかを察した。
お嬢が話したのは、私も思い描いた最悪の状況とまったく同じもの。
「つまり、交渉が決裂して戦闘になった場合、何らかの方法で私たちとステアが分断されて、私とルシアスの方に神皇が襲い掛かってくる。これが最悪の状況よ」
お嬢の光魔法と、神皇の重力魔法は相性が悪い。
最悪と言ってもいいかもしれない。
この世に存在するあらゆるものは、重力の影響を常時受け続けている。
その中でも、光は最たる存在だ。
光魔法の光速攻撃。しかしその攻撃が直進するのは、正常に重力が機能しているという前提がある。
つまり反重力によって軽く空間を歪められるだけで、光の向きは変わる。
つまり神皇は、いとも簡単に光魔法を無力化できる。
そして空間魔法も、空間そのものが重力の影響を受けてしまっている以上、操作対象である空間を重力で押しつぶされてしまえばその効力を失う。
光魔法の天敵属性と呼ばれている、闇・時間魔法。
この属性を持って生まれた二人はお嬢に心酔したからこそ、今までお嬢はルクシアを除いて勝ち目が薄い戦いはなかった。
だけど今回は違う。もし戦いになれば、明確にお嬢の天敵となり得る存在。
オウランとの戦いを見て、私の神皇への強さの評価は、お嬢を100とした時に95といったところ。
大した差はない、相性で押し切られる可能性が高い。
なるほど、確かに最悪な状況。
と、私も思った。
「いや、別に最悪ってわけじゃねえだろそれ。何言ってんだあんた」
「は?」
けど、私とお嬢の結論を、戸惑うように否定した男がいた。
「どういうことよ」
「だってよ、お前ら忘れてね?」
ルシアスは、自分の考えを語り始めた。
***
翌日の夜明け前、私たちは手紙で呼び出された場所にフードを被って立っていた。
周りには誰もいない。遥か遠くで漁師たちの心の声だけが騒がしく聞こえてくる。
「確認するけど、最初から戦闘モードで行くんじゃないわよ。まずは交渉。オウランの頼みもあるわけだしね」
「わーってるよ、いきなり乱暴なことはしねえっての」
オウランの声は昨日以来聞こえてこない。
まだ気絶しているのだと信じる。
「……来た」
お嬢の注意を受けていると、太陽が昇って来そうになっている方向から複数人こちらに来た。
読心で近づいてきていることは気づいていたが、どうにも動きが拙い―――と思っていたが。
「なんだあれ」
「籠。この国の、偉い人が、乗るやつ」
「私たち用ってことかしらね」
八人の男たちに担がれてきたのは、下品じゃない程度に美しい装飾がされた、私たち三人くらいなら寝転がれるくらいの大きさがある籠だった。
男たちは私たちの目の前で止まり、多少息切れをしながらこちらに恭しく一礼した。
「神皇陛下の勅命により、迎えに上がりました。お乗りください」
「ええ」
それだけ言葉を交わし、お嬢、私、ルシアスの順で籠の中に入った。
中は草のような―――この国でタタミと呼ばれていたものが敷き詰められ、座布団や小さな飲み物淹れなんかもある。
下手をすれば暮らせそうなスペースだが。
「おっ、なんかすごいな」
「では参りま―――重ぉっ!?」
「なんだこりゃ!」
籠は持ち上がりはしたものの、外から悲鳴が聞こえて来た。
無理もない、成人男性三人分の体重があるルシアスが乗っている。私とお嬢を1人分とカウントしても、四人の男性が乗っているのと同じだけの重量だ。
記憶を見る感じ、この籠というものを使うのはほぼ女性、しかも一人か二人が普通。そこにそれだけの重量が乗ってくれば声を上げるのも仕方がない。
「……進まない」
「ルシアスあなた、外出て歩きなさい」
「え?」
「聞こえなかった?歩きなさい、こんな牛歩じゃ日が暮れるじゃない」
しびれを切らしたお嬢の鶴の一声で、この空間が気に入っていたらしいルシアスはしょぼんとしながら外に出ていった。
来季のアニメが凄いですね、何年かに一度の大豊作です。
実は作者、二年以上前から『葬送のフリーレン』と『アンデッドアンラック』の大ファンでして、ずっとアニメ化してくれと声高に叫び続けた二作品です。まさか同じ時期にアニメ化が決まるとは。嬉しすぎて死にそうです。
だから読者の皆さんも見てください?いいですね?見てください。
以上、フリーレン&アンデラ限界オタクの作者からでした。