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第24話 深夜の子供たち

「ステアね、覚えたわ」


 わたしたちはノア様の部屋に戻り、手を洗って、椅子に腰かけた。

 今日は疲れもたまったし、ノア様もよく眠れるだろう。


「先ほど通りかかった際に、ニナさんにバイロンという名前について調べておいてほしいと言っておきましたので、明日か明後日には報告があるかと。わたしは一応、明日もあの酒場に行って情報を集めてみるつもりです」

「私も行きたいけれど、明日は予定があるのよね。クロに任せるわ」

「かしこまりました」


 わたしはノア様に頭を下げ、自分にあてがわれた部屋に戻ろうと―――


「あら、どこへ行くのクロ?」

「いえ、自分の部屋に戻ろうかと」

「そう。じゃあ、3時間後にまた来て頂戴?」

「へ?」

「ここに戻ってきたのは、クロ以外の使用人が騒ぎ出すと面倒だからよ。だけど深夜なら部屋に入ってこられることもないし、いないことに気づかれないわ」

「………あの、まさかノア様」


「深夜になったら、あの酒場にもう一回行って、そのステアって子に話聞きに行くわよ」


 その時のわたしの顔は。

 どれほどに引きつっていただろうか。




 ***




 深夜零時。

 日もまたぐというそんな時間に、八歳にも関わらず貧民街を出歩く、良い子は真似しないでねの極致みたいなことをしている童女が二人。


「ノア様、やっぱりやめましょう。ここどこだと思っておられるんですか、何が起こったっておかしくない無法地帯、貧民街ですよ。スラムですスラム。昼でも危なっかしかったここを深夜に歩くとか」

「ここまで来て何言っているのよクロ」


 そう、わたしたちです。

 もう嫌だこの主。


「昼でいいじゃないですか。あの酒場、夜から営業だったんだし、昼でいいじゃないですか」

「だから、昼は私が用事あるのよ。クロだけ行かせるわけにもいかないでしょう?」

「だ、だからってこんな時間に行くことは」

「じゃあいつ行くのよ。わたしたち、三日後には帰るのよ?一瞬たりとも時間を無駄にできないわ」

「うぐっ」


 言っていることは分かる。

 分かるんだけど、何かが違う。


「ほら、見えてきたわよ」

「はあ、もう分かりましたよ………案の定、まだ営業中ですか」


 ぼやいても仕方がないことを悟ったわたしは、眼前に見えてきた酒場を見据える。

 中ではまだ小さい影が動いている。


「こんな時間まで子供を働かせるなんて、なんて酷いところなのかしら。可哀想に」

「ノア様、ノア様。横見てください。こんな時間まで働かされている可哀想な子供がもう一人います」


 わたしの言及を無視して、ノア様は酒場に近づく。


「クロ、魔法で存在感を消したら、わたしの肩に捕まりなさい」

「はい」


 先にわたしが魔法を発動して、言われた通りにノア様の肩を掴む。


「さすがにここまでされると、違和感が肩にあるわね。じゃあ私も」


 ノア様も数秒後に魔法で姿を消した。

 でも肩を掴んでいるから、そこにいることは分かる。

 ノア様がゆっくり歩きだしたようで、わたしもそれに合わせて前に進んだ。

 今回はノア様も酒場に入るつもりのようで、躊躇いなく中へと入っていった。


 酒場の中はさっき来た時とほとんど変わっていなかった。

 中にいる客が若干多くなっている程度で、子供の顔も、その疲れたような顔も、まったく変わっていない。


(休憩なしかな。これは酷い)


 ステアという名の水色の少女を見ると、その細腕で酒を運んでいた。

 今にも落としそうに腕をプルプルさせているけど、その顔は疲れているようには一見すると見えない。

 だけど、表情を読み取る特技があるわたしは、彼女は常時ポーカーフェイスなだけだと察した。

 あの子はここにいる誰よりも疲れ、傷ついている。


「なにちんたら歩いてんだ、ああっ!?」

「劣等髪の分際でよぉ、俺らに逆らおうとするんですかぁ!?」


 罵倒されても、手を出されても、彼女は表情を変えない。

 まるで感情が抜け落ちたかのように、淡々と仕事をしている。

 この中で一番小さいのに。


「ちっ、相変わらずうんともすんとも言わねえガキだな」

「とっとと酒を机に置けよ」


 ステアは言われた通り、お酒をお盆ごと机の上に乗せる。

 そうしてステアが下がろうとすると。

 男の一人が酒瓶を下に向け、ステアにかけ始めた。


「おっと悪い、手が滑った!」

「でもいいんじゃねえの?これでその劣等髪も少しは消毒されるだろ………ぎゃはははは!」


 よし、アイツら殺す。

 どうせここにいることは認知されていない、やったってバレないし、闇魔法だって知られていないんだから死因すらわからず事件は迷宮入りだ。

 怒りのあまり、わたしが闇魔法を放とうとした瞬間。


「ぎゃぺっ!?」

「お、おいどうしたあ!?」


 男の一人が、放たれた光によって吹き飛ばされ、店の壁を突き破って外に飛び出た。

 死んではいないだろうけど、恐らく骨の数本は折れているだろう。

 あんなことが出来るのは一人しかいない。

 わたしが肩を掴んでいた左手が、唐突にグイっと上がる。

 そしてもう一人の男にも光が放たれ、もう一つ穴をあけて吹き飛ぶ。

 そのまま左手はグイっと出入口方面に向かい店を出たところで、隠れていた姿が見えてきた。


「何やってるんですかノア様」

「本心は?」

「よくやってくださいました」


 当然、魔法を放ったのはノア様だった。

 でも、助かった。あのままだとわたしは、もしかしたらあの男たちを殺していたかもしれない。


 なんというか、見ていて我慢できなかった。

 前世の、両親の奴隷のように生きていた自分を見ているようで、あのステアという子を放っていけず、暴走しかけた。


「私もね、我慢できないのよ。才能あふれるあの子が、無能なあんな連中に見下されてるのがね」

「危うく殺しかけました。ありがとうございます」

「クロも結構熱いところがあるのねえ」


 後ろを振り向くと、血を垂れ流して伸びている男二人が見えた。

 あのまま放っておいても死にはしないだろう。

 いっそ死なせてやりたいくらいだけど、さすがにそういうわけにも―――


 ドサッ。


「ス、ステアちゃん!?」

「ステア!」


 妙な音と、ステアを呼ぶ声がして振り向くと。

 そこには、その場で倒れるステアと、彼女に必死に呼びかける、子供たちの姿があった。

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