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第267話 オウランvsボタン

「……その話は最後にするんじゃなかったのか?」

「むう?おおそうじゃったそうじゃった。はやる気持ちを抑えきれなくてのう。えっとなんじゃったか……そうそう、お前の仲間についてじゃ」


 軽い口調でそう話すボタンだったが、僕はとてもそんな軽い感じにはなれない。

 相手は覚醒した魔術師、おそらく魔力量は僕の倍以上あるはず。

 短期決戦で勝てるわけがない、持久戦に持ち込んでも魔力の差で押し敗ける。

 いくつかパターンを考えてみたけど、どうあがいても勝ち目が見当たらない。


(なら……出来ることは一つだ)


 僕は自らにさらに重力耐性を付与し、床(壁)を蹴ってボタンの服を掴もうと迫った。


「おりゃあ!」

「ぬおっ」


 服を掴んで投げ飛ばそうという僕の目論見。だが。


「っ!?」

「甘いな」


 突然重力の向きが元に戻り、僕の手は向きが変わってボタンの足にヒットしかける。

 しかし僕の手はボタンに触れる直前で弾かれ、ひるんだ瞬間に更にベクトルを変えられて別の壁に激突した。


「クソッ!」


 ぶつかった瞬間に飛び散った木の破片の一部を、壁を歩いているように見えるボタンの脇腹目掛けて投げる。

 寸分違わず脇腹に命中すると思われた木片、しかしボタンは苦もなくそれをヒョイと避けた。


「お前見えてるんじゃないだろうな!」

「聞こえとるんじゃよ」


 ボタンは反撃とばかりに近くにあった棚を重力で持ち上げ、僕に向けて放った。

 横に飛んで避けたが、その先には一瞬で距離を詰めたボタンの姿が。

 これも避けようとした。しかし、突然ベクトルが元に戻り体制が崩れ、拳は僕の鳩尾に突き刺さった。


「がふっ!」


 僕はそのままの勢いで天井にぶつかり、跳ね返って戻ってきたところを横向きに蹴り飛ばされた。

 強耐性を付与していなければ間違いなく上半身の骨が砕けていたであろう猛攻。それでも何とかまだ立ち上がれる。


「これで骨の一本すら砕けた感触がないのは流石じゃのう。魔法の相性ではお前に分があるようじゃ」

「アホか……ゴホッ、死にかけたよ!」

「しかしお前、近接戦の才能はないのう。まず反射神経が遅い。後方支援系の魔術師特有の反応の遅さじゃ」


 まあ、それはそうだ。

 あのルシアスから「接近戦の才能ねえわ」って言われたくらいだし。


「じゃが、あの体制から投擲して当たりそうになるとはたまげたぞ」

「良く言うよ、避けやがったくせに」

「わはは、わざわざ受けてやる義理はないから、な!」

「うわあっ!?」


 話をしている隙に、横にあった金の猫の置物が僕の頭目掛けて飛んできた。

 回避した瞬間にボタンが距離を詰めてくる。


「それはさっき見た!」

「思い込みじゃな」

「ぐえっ!?」


 同じ動きをしたボタンの攻撃は回避。

 しかし空中で動きを変えたボタンの回転蹴りが僕の後頭部に命中。

 耐性を付けているにも拘らず首がもげるんじゃないかって程の衝撃にのたうち回りたくなる衝動に駆られるが、頑張って耐えて距離を取った。


「重力魔法じゃぞ?滞空時間なんて魔力が続く限り無限じゃ。今までの戦いの感覚でいると痛い目を見るぞ」

「もう見てるよ!」


 やっぱり、僕ではボタンに勝てない。

 なら、出来ることはただ一つ。


 ひたすらに耐え続けて、こいつの魔法を極力引き出す。

 ステアがここに近づけば、その情報を僕の記憶ごと渡せる。

 だから僕は、ステアがこの場所の近くまで来るまでこいつと戦い続ける。


「そろそろ話す気になったかのう?」

「生憎だね」

「そうか。ああ、そういえば言い忘れておった。お前がワシに気絶させられたあの場所に手紙を届けさせてな。仲間がここにお前を迎えに来るはずじゃ」

「!」


 そんなことまで。

 いや、これは好都合だ。ボタンはまだ、こっちにステアっていう規格外の中の規格外がいることを知らない。

 精神魔法の知識はあるのかもしれないが、それはあくまでただの精神魔術師の話。超広大な魔法領域と範囲内の全員の心を読める超越級の魔力と、そのすべての情報を苦もなく処理して把握できる常識外の頭脳を持つ神才の存在なんて予想できるわけがない。


「呼び出してどうするつもりだ?」

「お前たちの要求が分からんからのう、何とも言えんがこっちの要求は一つ。『オウランをワシに寄越せ』、これだけじゃ。まあ本来なら人質を取っていうことを聞かせるつもりだったんじゃが、ワシはお前を好いてしまったから話は変わっての」

「ははっ!あの人はそんな脅しが通用する人じゃない。多分怒らせるだけだからやめた方がいいよ。あと好いてくれてるならこんなボコボコにしないでくれ」

「怒らせるだけ、のう。まあお前がそういうならそういう脅しは逆に起爆剤になるタイプなんじゃろ。じゃがこれは脅しではない、れっきとした交渉じゃ」


 会話で時間を稼げるなら稼げ。

 その方が簡単だ。


「交渉?」

「うむ、まあぶっちゃけお前に出会うまではきっちり脅すつもりだったがな。話は変わった。大抵の要求なら聞き入れてやるつもりじゃよ。不法入国の罪を消してやってもいいし、秘密裏に取引がしたいというなら制限付きで行っても良い。……じゃがそやつらが邪悪な心を持っておって、この国を支配しようとでもしておるなら、ワシは神皇として、民を守る立場として、お前の仲間をぶっ殺す必要がある。故にこうしてお前を痛めつけてでも事前に情報を得ようとしとるんじゃろうが」


 ……めちゃくちゃ邪悪な心持ってるんですけど。

 僕の頭には赤い月明かりの下で血と死体の山の上に立つ我が主(ノアマリー様)と、その横で跪いて犬になっている馬鹿(オトハ)という見た覚えのない情景がありありと浮かんでいた。

 違和感が一切ないのがまた怖いところだ。

 僕は顔が引きつりそうになるのを超頑張ってこらえた。


「本当に好いてくれてるなら痛めつけるのはやめてくれよ。聞きたくないだろ僕の悲鳴とか」

「聞きたいが?」

「え?」


 …………。嫌な予感。

 首筋がぞわっとするこの感覚、知っている。

 そう、ノアマリー様のやばいところを始めて見た時みたいな。

 横にいたバカが涎を垂らしていた時と同じ。


「お前の悲鳴じゃろ?聞きたいぞ。悲鳴だけではない、笑い声も喜ぶ声も、悲しむ声も泣き叫ぶ声も痛がる声も苦しむ声も全て聞きたい。正ー直、さっきからお前の痛がる声で興奮しっぱなしじゃ」


 ……あ、やっぱり。


「お前もドSかよ!」


 なんなんだ。

 ノアマリー様といいルクシアといい、この世界には強い女は皆サディストになる理でもあるのか!


「いや、別にサディストというわけではないが?逆にお前がワシを痛めつけてくれても構わんぞ、それがお前の愛の形ならばな」

「そんな趣味はないよ!僕は笑顔が可愛い子が好きだって言ったろ!」

「なんじゃ、ワシの笑顔は可愛くないと?傷つくぞ」

「あ、いや……そういうわけではなくて」

「それともなんじゃ、リーフとかいう女がそんなに好きか?それとももう付き合ってるのか?」

「………」

「言葉を発さずとも聞こえるぞ、まだじゃなこれは?一方的な片思いか?」

「う、うるさいな!」

「わははは、揶揄うだけで面白いやつじゃ、ますます気に入ったぞ。じゃが」

「何を―――うおっ!?」

「会話で時間稼ぎをしておるのがバレバレじゃぞ。何を待っておる?」


 読まれてたか。

 だけど想定の範囲内だ、どんな猛攻でも受けきってやる。


「ふむ、さっきから妙じゃのう。これだけの実力差があると分かっておるのに、心音や脈拍は運動による加速以外は至って正常じゃ。余程何かに自信があるようじゃな。それはお前自身の切り札か?それとも、仲間の誰かのものか?……ふむ、仲間の方。やたらと時間を稼ぎたがっておるのははてさて何のためか」


 ……クソッ。

 気を付けていても、ボタンの聴力の前では黙秘も嘘も無意味か。

 ステアほどじゃないけど厄介な力だ。


「仲間に切り札がおって、時間を稼ぐ理由は限られておる。圧倒的実力でワシを叩きのめす能力がそやつにあるか、もしくはワシの情報を渡すことで対策をさせるのを狙っておるか。前者なら攻撃系、後者なら特殊系じゃな」

「……!」


 これ以上情報を聞かれるのはまずい。

 僕は近くに浮いていた鉄球を掴み、ボタンの体―――に当てるのは女の子だしさすがにまずいから、足を目掛けて投げた。


「なんじゃこんなもん」

「うわっ!」


 狙い通りに当たった鉄球。しかしボタンは全く動じず、それどころかそのまま跳ね返してきた。


「悪いのう、自らの周囲に強い反重力を展開すればこんなもんじゃ。というわけで基本的にお前の物理攻撃は効かぬぞ。そろそろ降伏して情報をいくらか話してワシに嫁げ。悪いようにはせん」


 僕はそのボタンの強迫じみた発言には答えず、逃げるために扉に向かって駆け出した。

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