第263話 山中の逃走劇
「うおおおおおおおおおおおおお!?」
「わはははは」
「笑ってる場合かよおい!」
僕はボタンを背中に担いで、山の中を疾走していた。
後ろにはもう凄い形相をした十人弱の男たちが、怒声を挙げてこっちを指さしている。
「あそこだあそこ!あの野郎ぶっ殺せ!」
「背中に背負ってんの誰だか分かってんのかごらぁ!!」
「分かってないからこんなに訳も分からず逃げてんだよ!」
「はっはっは、頑張って振り切れオウランよ」
「お前が何とか言ってくれれば止まるんじゃないのか!?お前の部下なんだろあのやばいの!」
「無理じゃなー、ワシと話している時点で」
「どういう意味……うわっ!」
僕の横を高水圧カッターの魔法が通り抜けた。
掠めた魔法は木々を薙ぎ倒し、向かい側にいた猪を一頭犠牲にしてようやく消えた。
凄まじい威力、かつ恐ろしい精度だ。しかもあいつら全員が同じだけの実力を持っている。
一対一ならまあ勝てるし、三人くらいまでなら同時に相手出来るかもしれないけど、流石に九人は無理。
そこらの雑兵とはわけが違う、間違いなく帝国の上級兵士級以上の強さだ。
「なんっでそんな鬼ヤバ戦力がこぞってこいつを取り戻そうとしてるんだよ、一体何なんだよお前ええ!!」
『多分殺されるぞ』。
ボタンが何気なしに言ったその言葉はもう嫌になるくらいその通りだった。
僕がその理由を聞こうとする暇もなく、こっちにドタドタとやってきた男の一人が僕を見るや否や土魔法で拘束してきた。
まあその程度なら拘束の物理耐性を下げて引きちぎれたけど、その後がまずかった。
「おいオウラン、助けよ。ワシまだ帰りたくない」
「は?いやいや、だってお前の部下なんだろ?」
「うむ。ワシを小さな檻に閉じ込め、担ぎ上げ、挙句には視力まで奪いおったそれはもう頼もしい部下たちじゃ。このままじゃまたワシは閉じ込められる。ワシ悲しい。ヨヨヨ」
そんな嘘か本当かもわからないボタンのウソ泣きつきの台詞を受けて、僕は気づけば彼女を抱きかかえて逃げていた。
自分が何をしているのか分からない。なんであんな行動を取ったのかも。
「《耐性弱化・物理》!おりゃあっ!」
いくつもの木の物理耐性を低下させ、蹴りを入れた。
すると木はメキメキと音を立てて倒れ、男たちの障害物となっていく。
「むっ、その魔法……オウランよ、お前もしや希少魔術師か?」
「だったらなんだ!」
「いや、そうか。ふむ。なるほどのぅ」
ボタンと話している暇もなく、男たちは障害物を地形操作で取り除いて追ってきた。
九人中七人が土魔術師、一人が風でもう一人が水。炎はいない。
自分に各属性の耐性を付与しているとはいえ、このまま追い詰められたら僕に勝ち目はない。
「クソッ……あと何キロいけばいいんだ?」
僕の勝利条件は二通りある。
こいつらを完全に撒いて逃げ切るか。
もしくは、僕らのアジトにもう少し近寄るか。
僕らのアジトはここからニ十キロくらい離れてる。ノアマリー様たちが気付くのは無理な話だろう。
だけど、超広大な魔法の発動範囲を持つステアの領域に入ってしまいさえすれば、遠隔で状況を伝えられるし後ろの九人も一蹴だ。
後は申し訳ないけど、ボタンと僕が会った記憶を消すとか、そういう対応も出来る。
年下に頼り切ってしまって本当に申し訳ないとは思うけど、ステアは僕の何十倍も強いし、そもそも僕はどちらかといえば支援や防御が仕事で攻撃の魔法は少ない。
あれほどの手練れが揃うとどうしても逃げに徹した方がよくなってしまう。
「《耐性強化・重力》!」
「むおっ」
自分とボタンの重力耐性を引き上げて体を軽くし、一気に跳躍する。
ステアの領域は、たしか半径約十八キロ。
ざっと計算するとあと二、三キロってところか?
それくらいなら逃げ切れるはずだ。
「《大地隆槍》!」
「《耐性強化・刺突》!」
足元から飛び出してきた槍型地形に乗ってさらに跳躍、木の上を走ってショートカット。
よし、大分連中との距離も離れて来た。このままいけば大丈夫そうだ。
「なあ、オウランよ」
「なんだよ、今どっかの誰かのせいで忙しいんだ」
「いや、お前なぜ助けてくれとるんじゃ。いや、助けを求めたのはワレじゃが、お前はワシを放っておくことも出来たじゃろうに。これほどの手練れじゃ、ワシを抱えていなければ早々にあの者共を撒けたじゃろう?」
「それは……まあ」
そう、正直ボタンを抱えてなければあいつらを撒けるし、なんなら運と地形が味方すれば勝てる可能性もあった。
弓は置いてきたけど、投擲も上手いと最近気づいた僕の腕なら、一人ずつ狙撃すればなんとかなるかもしれない。
でも、あの時の僕にはボタンを置いていくという選択肢はなかった。
何故かは自分でもよく分からないけど、強いて言うなら。
「さっきさ。ボタンの視力を奪って閉じ込めたのがあいつらだって言ってたよな」
「うむ。だが嘘かもしれんじゃろ。むしろその可能性の方がはるかに高い」
「そうなんだけど、ただ―――冗談っぽく言っていた言葉が、なんだか本気な気がして。つい」
「……そうか」
「で、実際どうなんだよ。嘘だったのか?」
「半分はな。視力を失ったのは自らの意思でもあったからの」
自分の意思で視力を失うって、どんな状況だ。
「時にオウランよ。お前、この国の人間ではないじゃろ」
「ぶっふ!?な、何を言っているのやら……」
「お前のう、この国で十六まで希少魔術師であることを隠し通せるわけが無かろうに。外国からの密航は死罪じゃぞ、分かっておろうな?」
感づかれたか。
これはいよいよステアのところに連れて行かなきゃいけなさそうだ。
多分ノアマリー様に怒られるけど仕方がない、完全に僕のミスだ。
「じゃが、お前をあの部下たちから守り、死罪にもせずに済む方法がある。乗るか?」
「残念、僕はまだ勝算を持って逃げてる最中だよ!」
「ほう、そうかそうか」
ボタンがどことなく不穏な雰囲気を出している。
「なんだ……ぐあっ!?」
「ほれ、これで逃げられまい?」
なん、だ……!?
ボタンが、急に重くなった。
何百キロ、下手したらトンというレベルの重さを腕に感じて思わず倒れこむ。
「ふむ。こっちに逃げてきたということは向こうに仲間でもいるのかのう?お前の部下か?上司か?希少魔術師なのか?色々と聞きたいものじゃ」
「陛……ボタン様!ご無事ですか!」
「おう。少し待て、この者にいくつか質問する」
いきなりの状況変化に頭が付いていかない。
何故、ボタンはいきなり僕を足止めした?やっぱり不法入国者である僕を殺すためか?
仲間……に関しては向こうの三人なら大丈夫だとは思うけど、絶対に話したりしてはいけない。
「拷問されたって何もしゃべらないぞ」
「違うわ、ちょっとした性格診断みたいなものじゃ。正直に答えよ」
「何の話……」
「ではまず、趣味はなんじゃ?」
「……は?」
「聞こえなかったか、趣味は何かと聞いておる」
……聞く意味が全く理解できない質問が上から降ってきた。
「読書、かな」
「ふむ、ワシと同じじゃ。では―――」
こんな感じの何が何だか分からない質問を、二十以上に渡ってされた。
僕は意味も理解できずとりあえずそれに答え、このおかしな状況をどう打開しようかと同時に頭を巡らせていた。
「では最後―――どういう女がタイプじゃ」
「えっ……」
全ての思考が強制的に中断されて頭に浮かんだのは、今は離れてしまっているあの人の―――。
「笑顔が可愛い人、かな」
「うむ、うむ」
「おい、これ本当に何のっ」
「気に入った。気に入ったぞ、オウラン。喜べ、ワシの嫁にしてやる♪」
最後にとびっきりの意味不明な台詞を吐いたボタンに何かを言う前に。
僕の頭に衝撃が走り、僕の意識は沈んでいった。
ぎゅっと圧縮したくて詰め込んだ結果駆け足展開になってしまってしまってすみません・・・。