第260話 仕立て屋
「キャーーー!!」
「おお……」
つい数時間前、「海洋国家スギノキ攻略、スタートね」ってキリッとした顔で言ってた人が、頬を赤らめて私を見て叫んでいた。
私たちが今いるのは、スギノキにある呉服店。当然だけどお店の人は認識操作で髪色を誤魔化している。
お嬢が「万が一見つかったときもギリ密入国者だとバレないように服はこの国に合わせておきましょう」って言ったから、皆と一緒に来た。
それで、渡された服を着たらこの反応。なんだろ。
「お嬢、なんか、変?」
「変なものですか、かっわいいわよステア!」
「こ、こいつは……なんというか危険だな」
「うん、誘拐とか普通にされそうで怖いね……」
?誘拐って、私が?
なんでだろう、可愛いから?
お嬢とかクロはよく私に言ってくるけど、自分では分からないから戸惑う。
それに可愛いっていうなら、お嬢とかクロとかゴラスケの方が可愛いと思う。
「クロに見せられないのが勿体ないわね!……店員さん、こっちとこっちも着付けてあげてくれる?」
「かしこまりました。いやはやこんな美人さんを着付けられるなんて、この仕事をやっていてよかったですよ!」
「そうでしょうそうでしょう」
「……なあ姫さん、俺らの服はどうすりゃいいんだ?」
「そっちに男性用あったでしょ、サイズ合うヤツ見つけてくればいいじゃない。……店員さん、こっちもお願い!」
「温度差!」
私、知ってる。
こうなったお嬢は止められない。大人しく暫く着せ替え人形になるしかなさそう。
「良い国ねえスギノキ、こんなに女の子の魅力を最大限発揮させるような服があるなんてね!私が世界征服した暁には着用義務化しようかしら!」
「いたく気に入ったらしいな」
「まあ、あれだけ可愛いステアを見ちゃねえ……」
そんなにいいのかな。
ひらひらしてて落ち着かない、でも風通しは良くて涼しいくらいしか感想がないけど。
というかそれよりも……。
「お嬢は、着ないの?」
「私?後で適当なの着るわ、どうせ何着ても似合うし」
これをまったく曇りのない目で言い切ることができるのが、お嬢の凄いところだと思う。
でも正直、私だけがこんなに大変なのはちょっとやだ。
「お嬢も、一緒に、着よ?」
「え?」
「おっ、そりゃいいな」
「ええ……まあいいけど」
お嬢は一瞬嫌そうな顔をした。この服ちょっとお腹がきついから、楽な格好が好きなお嬢はあまり好きじゃないのかも。
お嬢はクロが放っておくとずっと家でパジャマでいるタイプだから。
仕方ないなあって感じでお嬢は着付けしてもらいに行って、数分後。
「お腹はちょっときついけど、他は軽くていいわね。思ったより気に入ったわ」
「うおおお!」
「す、すご……」
「お嬢、きれい」
「ありがとう」
出て来たお嬢は、凄かった。
黒地にピンクの花の絵が描かれてるワフクが、すっごく似合ってた。
オトハがここにいたら多分死んじゃってたと思う。
ルシアスとオウランも完全に見惚れてる、流石はお嬢。
「あー、でもさすがにこんな足までヒラヒラしてると魔法が使いにくいわね。なんかスカートみたいな感じになってるやつないの?」
「それでしたら、その生地を仕立ててご希望の形にすることが可能です。勿論お代はかかりますが」
「じゃあそれよろしく。膝がギリ出るくらいのやつがいいわ」
「かしこまりました」
クロの知識にあった「ミニスカゆかた」ってやつだ、それ。
お嬢が要望通りに仕立ててもらっていると、男用の服を着て戻ってきたルシアスが言った。
「なあ、ところでよ。ここで使われてる金ってもしかしなくても俺らの国と違うんじゃねえか?」
「そりゃそうよ」
「じゃあどうすんだよ。他の国みてえに両替は出来ねえだろ」
「馬鹿ねルシアス、そんなときのステアじゃないの」
「おい」
ルシアスは非難するような視線を向けた。
「冗談よ。ちゃんとあるわ、ほら」
「お?どうやって手に入れたんだそれ、しかもそんなに」
「いや、さっき目立たないように路地裏通ったでしょう?その時に随分と荒々しい連中がいかにもな会話をしてたから、ボコしてついでに財布を頂戴し」
「善行にさりげなく悪行混ぜるんじゃねえよ!つーかいつの間にかそんなことやってのか!」
二秒くらいでやってたから気づかないのも無理はないけど、私はちゃんと見てた。
でも、「へっへっへ、今日もあの店で大暴れしてやろうぜ」とか言ってたし別にいいと思う。
「これで完了です。動きにくい点等ございませんか?」
「大丈夫よ、はいお代」
「ありがとうございましたー」
服を買い終わって、ルシアスの転移で仮基地に戻った。
森の中に小さな家が建っている。ルシアスのパワーとお嬢の光魔法伐採、オウランの耐性操作の殺虫で数時間で建てられた秘密基地。
住み心地は意外と悪くないけど、出来ればベッドか布団が欲しい。
「さて……服も新調したことだし、もう一つの目的の結果発表といきましょうか」
お嬢が丸太の椅子に座ってそう言った。
もう一つの目的、それは詳しい情報収集。
気付かれないようにこっそりと、裏から街を観察すること。
「まずは僕からいいですか?」
「どうぞ」
まずはオウランが手を挙げた。
「この街、何故かは分かりませんが―――やたらと《土魔術師》が多いですね」
「お、やっぱ気になったよな?十人いたら七人か八人は茶髪なんだよ」
これは私も気になってた。
帝国や王国では、完全にに1:1:1:1くらいの比率だった土魔術師が、ここでは1:1:1:7くらい。
誰もそれを疑問に思っている人がいなかったから記憶を読んでも原因は分からなかった。
「次は俺だな。あの街の構造をなんとなく把握してみた。こんな風に、碁盤の目みたいになってる」
「分かりやすくていいわね。地図の埋められるところは埋めていきましょう。で、一番北にあるここが政を司ってる機関ね」
「ああ。そいで、その更に奥にあるこの異様に高い塔。ここに例の『神皇』がいるらしい」
「なるほど。護衛とかは?」
「思った以上の数がいるな。高い所から何人か見てみたが、門番だけでもなかなかの覇気があったぜ」
「ふぅん。想像以上に大切にされてるみたいね、神皇って存在は」
「お嬢、次、私」
「ステアも何かあるの?」
「ん。神皇、関連」
私は自分の情報を全員に伝達した。
この国で神皇という存在は、私たちが思った以上に信仰されている。
少なくとも私が記憶を観た千人近くの人たちに、神皇を悪く思っている人は誰もいなかった。
というのも、災害を始めとする大問題が国内で起こったとき、それを必ず静めてくれるのが神皇だから、という理由が大きい。
例の奇跡の力で、たちまちすべてを解決してきたって話。
だけど―――誰もその姿を知らない。
『神皇が代替わりした』とかその程度の情報は一般に公開されるけど、民草の前にでる場合も必ず濃い垂れ幕で自分の姿を隠しているらしい。
だから色々な噂や考察が流れている。
筋骨隆々な大男だとか、細身な女だとか、まだ子供だとか。突飛な話では、不老不死で今までの神皇はすべて同一人物という噂もあった。
そして、今までに起こしてきた奇跡。
巨大な畑を作る計画の邪魔だった大岩を一瞬で破壊してしまった。
自分が入っている籠ごと空を飛ぶことができる。
通っただけで、その覇気で首を垂れることしかできない。
誰も知らないその姿と、その能力。
私は様々な状況と全員で収集した情報を分析して、一つの仮説を導き出した。
「お嬢。神皇のこと、分かったかも」
「なに?」
多すぎる土魔術師。
私の集めた情報から導き出せる魔法。
希少魔術師は先祖返り、故意に産むことは出来ない。
じゃあ―――元は希少魔術師じゃなかったら?
「多分、神皇は―――《重力魔法》を使う」