第23話 内部探索
「どうするんですかノア様。あの子もう影も形も見えませんよ」
「さ、探そうかしら」
「よろしいんですか?あんな感じで気前よくお金渡して、やっぱり返してって相当かっこ悪いですよ」
ノア様は頭を抱えてしまわれた。
あの財布の中身で一人の人間が買えたかどうかは定かではないけど、少なくとも手土産に話を聞くことくらいはできたかもしれない。
それをあんな風に使ってしまったのだからそうなったって仕方がない。
「一時のテンションに身を任せるやつは身を滅ぼす」とは誰の言葉だったか。
「どうします?」
「と、とりあえず様子を見てみましょう」
「どうやって?」
「そりゃ魔法でよ。何のためにこの三年間があったと思っているの?」
「少なくとも、人探し中に調子乗ってお金を魔法のように消すためではないかと」
「クロ、あなたが闇魔法を展開するのが早いか、私の光魔法があなたの自慢の頭を貫くのが早いか、試してみない?」
「ゴメンナサイ」
開き直り始めたノア様は、わたしより先に魔法を発動する。
「《光の屈折》」
瞬間、ノア様の姿が消えた。
『フォトン・リフレクト』は、その名の通り光の屈折を操る光魔法。
そうして別の場所に像を結んで幻影を作ったり、姿を見えなくする。
「《失せる存在》」
対してわたしの闇魔法『デリート・サイン』は、姿が消えるわけではなく存在感を「消す」魔法。
理に干渉し、あらゆるものを歪め、消す力を持つ闇魔法だけど、この魔法は自分にしか使えないのが難点。
何故なら、闇魔法は自分以外のものは消すと元に戻らないからだ。
わたしだけならば存在感でも目でも腕でも消したら元に戻せるけど、その他のものは一度そうしたら最後、何があっても戻らない。
取り返しのつかない魔法と言い換えられる。
さて、それはともかく、これでどちらも姿が消えた。
これで子供が酒場に近づいても何も言われない。
「クロ、姿は見えないけど聞こえてるわね?わたしは姿を消しているだけだけど、クロは相手に認識されないから、余程のことがない限り気づかれないわ。だからわたしは外からあの水色の子を調べるから、あなたは奥に行って彼女の主人や扱いを見てきなさい」
わかりました、と言ったけど返事がない。
存在感を薄めたわたしは、受け答えをしても気づいてもらえないのだ。
ノア様の言いつけ通り、わたしは酒場の中に入る。
そして入った瞬間気づいた。
「異常だ」と。
酒場はそこそこ広かったが、ありあわせの素材で作ったボロボロの壁や机で出来ている。
既に数人の客がいて、全員どうみても紳士とは言えない雰囲気を漂わせていた。
「おら、早く酒持ってこい!」
「は、はい………」
「もたもたしてんじゃねえ!」
「す、すみません!」
そして最もおかしかったのは。
給仕係が、全員子供だということだった。
年齢に多少のばらつきはあるものの、最年長でも今のわたしと同い年かちょっと上くらいだと思う。
見渡しただけでも七人いる、それぞれが暗い顔で仕事をしていて、その中にはお目当ての水色髪の幼女の姿もある。
そしてその全員が、首に小さな首輪をしていた。
「全員奴隷?これほどの数?」
どうなっている。
奴隷ってのは末端価格も決して安くない。貧民街で七人………いや、裏手に三人いた。
十人もの奴隷を保有できるほどの財力が、ここの住民にあるとは思えないんだけど。
いや、それを考えるのは後か。わたしの仕事は裏手を見ることだ。
調理場にいた三人の子供のそばを通り抜け、奥にあった扉を開ける。
ここまで堂々として気づかれないとは、我が魔法ながら便利。
奥に入ると、そこには一人の男がいた。
一言でいえば熊のような男だ。でかい図体に茶髪、濃い体毛にずんぐりとした体形。
何日も風呂に入っていないのか、酷い悪臭に思わず顔をしかめる。
その男は何をするわけでもなく、ただ寛いでいた。
(彼がここの主人?奴隷を持てるような男には見えないけど)
気にはなったけど、わたしはわたしの務めを果たさなければならない。
そこそこ広い男の部屋を、こっそりと荒らす。
さすがに大きな音を立てたり派手すぎる行動をすると気づかれる恐れがある。
少しずつ、引き出しやベッドの下なんかを調べていく。
そして―――
***
三十分ほどして、わたしは外に出て魔法を解いた。
時同じくして、ノア様の姿も徐々に見えてくる。
「クロ、収穫は?」
「ありました。ノア様はどうでしたか?」
「まあ、そこそこね。詳しい話を聞きたいし、お金も無いし、家に戻りましょう。帰り道で話をするわよ」
ノア様の言葉に同意し、わたしたちはわたしが覚えていた道を進んで元来た道へ戻る。
「で、どうだったの?」
「裏手には、表にいた水色の髪の子を含む七人とは別に三人の子供がいて、厨房で仕事をしていました。そのさらに奥にも扉があり、中には男が一人。ずんぐりむっくりした体系の茶髪男で、恐らくはバイロンという名前かと」
「恐らくというのは?」
「その男の部屋の引き出しに、十人分の奴隷名簿があって、その責任者の欄にバイロンと書いてあったんです」
「責任者?所有者ではなく?」
「それがその書類、所有者の欄にも同じ名前が書かれていたんです。つまりあの男は多分」
「まさか、奴隷商人?」
「確証はありませんが」
しばらく歩くと貧民街を抜け、既にほとんど陽が沈んだ夜の市街地が見えてきた。
「でも確かに、その男が奴隷商人なら納得が行くわ。あれほどの奴隷を集めていたのも、子供を扱う奴隷商人だからということなら頷ける。でも所有者もそのバイロンだということは、つまり?」
「あの男は、奴隷を売る気がない。全員俺のものだと言っていることになりますね」
「バイロンという名前、調べてみる必要がありそうね」
「そのように手配いたします」
少し歩くと、すぐにわたしたちが宿泊しているホテルが見えてくる。
中に入り、ノア様の後に続いてエレベーターに乗る。
「ノア様の方はどうでしたか?」
「あの奴隷たちの様子を観察してたけど。あの水色の子に限らず、見えた限りでは全員が相当ひどい扱いを受けているみたいね。常連客と思しき連中から暴力を振るわれるし、お酒をこぼしただけで滅多打ちにされていたわ。でもあの水色ちゃんは特に痛めつけられてるみたいで、体中に痣があった」
やっぱり、劣等髪を揶揄するのはどこでも同じということか。
わたしもノア様に拾われなければ、それと同じくらい、あるいはもっとひどい、地獄のような日々を送っていたかもしれない。
「あ、水色ちゃんで思い出しました。その子の名前、わかりましたよ」
「あら?珍しいわね、あの歳の奴隷で名前があったの?」
「ええ、名前を付けてもらえる程度には、両親の愛着はあったようですね。おそらく口減らしで泣く泣く手放されたのでしょう」
「なるほど。で、彼女の名前は?」
「ステアです」