第257話 超秘密主義鎖国国家
一時間遅れました……。
「ふあ……」
二度寝から起きたら十一時だった。
まだ眠い。けどこれ以上寝たら「健康な心身は健康な生活によって培われるんです」って、頭の中のクロに怒られる。
まだ眠気を訴える脳を魔法で無理やり醒まして起き上がり、いつの間にかベッドの横に落ちてたゴラスケを抱きかかえた。
部屋の扉を開けると、大きな甲板と帆が見えた。
昨日の夜から借りている高速帆船。あの忌々しい全神国を出発した私たちは、クロ、スイ、オトハ、リーフと別れて海洋国家スギノキへ向かっている最中。
「お、起きたかステア」
「やあ、おはよう」
「ん。おはよ」
「姫さんは上だぞ」
海を眺めて話してたルシアスとオウランに挨拶して、わたしは階段を昇った。
途中、何人かの船員とすれ違ったけど、誰も私に見向きもせずに静かに仕事をしている。
全員私が洗脳してるから当たり前だけど。
「あと、何日?」
「四日程度かと思われます、ステア様」
「ん」
舵を取っている男に質問した後は、船の一番後ろの所に大きなビーチチェアとビーチパラソルを勝手に置いて寛いでる人のところに向かった。
「あらステア。おはよう」
「ん、おはよ、お嬢」
お嬢は私に気付くと、サングラスを上にあげてニコッて笑った。
水着姿で、完全にバカンス気分みたい。初日に穴が開くほど見てたルシアスは目つぶしされてた。
お嬢の日焼けがちょっと心配だったけど、光魔術師のお嬢は日光の負の影響を受けないから焼けないみたい。
いつもの綺麗な白い肌で、お嬢は私に手招きした。
「ほら、こっち来なさい。お話しましょ?」
「ん」
私はお嬢の隣に座って、お嬢のジュースをちょっと貰った。
美味しい。甘くて幸せ。
最近はやることないから、ずっとこんな感じ。
一日中お嬢のそばで、堕落して過ごしている。
……二年お嬢に会えなかった分を取り戻すみたいで、すごくうれしい。
「おいおい、相変わらず良い御身分だなお前ら」
「ノアマリー様、今日はスギノキへの上陸作戦について説明するってあなたが……」
「あら、そういえば」
お嬢は仕方なしというように起き上がって、伸びをしてから立ち上がった。
その様子にいち早くオウランは目を隠し、ルシアスも逡巡の後に横を向く。学習したらしい。
「じゃあ、さっさと始めて終わらせるわよ。この説明もだけど、攻略自体も」
「ん。早く、クロに、会いたい」
「うん、僕もリー……オトハに」
「隠さなくていいだろお前、本人以外全員知ってんだからよ」
「我が側近ながら攻略難易度鬼の恋愛に臨むものねえ。最強・鈍感・天然・クール、男が堕とし難い要素全部盛りみたいな子よ?」
「う、うう……」
全神国にオトハと行った後に帰って来たら、オウランのリーフへの感情が行く前と真逆になってるときは思わず自分の魔法の故障を疑った。
でもその後の反応を見て、本当にリーフが好きになってると確信した。仲間の詮索はあまりやらないようにしてるから記憶見てないけど、何があったんだろう。
「し、仕方ないじゃないですか……その、す、好き、に、なっちゃ、ったん、です、から……」
「「「………」」」
「な、なに?全員黙りこくって」
「いや、恋した女は可愛いと聞いたことはあるが」
「男でも美少年だと可愛くなるものね、ちょっとだけキュンとしたわ」
「オウラン、女々しい」
「……なに?このすっごいえぐい公開処刑。あとステア、凄い傷つくからやめてくれ……」
私は出発前のクロにお願いをされた。
『オウランが変な癖に目覚めそうになったりしてたら止めてほしい』って。
クロがこれ以上悩みとかを抱えないように、ちゃんと私がオウランを見張っとかなきゃ。
「もう、僕のことはいいんですよっ!それよりスギノキの話でしょう!?」
「俺としてはもうちょっとお前をいじって遊ぶのもやぶさかではないんだが」
「私もね」
「これ以上僕の話題を続けるなら、いじめられたってクロさんに泣きついてやる!」
「落ち着け、すっげえ情けないこと言ってるぞお前」
「分かったわよ、話題を変えるわよ。スギノキの話ね?」
半泣きで無理やり話題を元の議題に戻したオウランは、顔を真っ赤にしながらも持っていた地図を開いた。
お嬢は地図の端っこ、東側にある小さな島国を指さす。
「海洋国家スギノキは、その名の通り海と共に生きる国。海外との交流は最小限で、ほとんど自国であらゆる物事を行っているから、アルスシールや全神国以上に情報が少ない鎖国国家よ。この鎖国状態は、千四百年続いているらしいわ」
「まったくもって実感がわかねえ時間だなおい」
「あれ?ってことは、この国ってノアマリー様の前世の時代にもあったってことですか?」
「ええ。その頃ですらすでに四百年鎖国してたから、転生してまだ存在しているって知ったときは本当にびっくりしたわ。間違いなく世界最古の歴史を持つ国ね」
千四百年、ほとんど他国と繋がりを持たずに存在している国。
しかも、この千四百年幾度となく武力国家や野心家たちがスギノキの攻略を目論んだけど、すべて返り討ちに合っているらしい。
「帝国のフロムさんも『防衛力だけなら帝国の倍近い能力を持っている』って言ってたな。しかも他の国と違ってマジで情報がねえから敵の勢力を探りようがないってのもやばいよなあ」
「近づいた船は問答無用で砲撃されるって話ですし、どうやって乗り込む気なんです?」
そう、スギノキは入出国自体は自由の全神国や、国境がほとんど機能していないアルスシールと違って、そもそも入ること自体が難しい。
無理やり押し入ることはこの四人なら出来るだろうけど……。
「どうすんだ、正面突破か?」
「なわけないでしょう、敵がどんな能力を持っているのかも分からないのよ?」
「それに、千年前、既に鎖国していたって、ことは、向こうは、希少魔術師の、存在を知っている、可能性、あり」
「ああ、そういえば希少魔術師の魔導書が禁書として焼き払われたのは950年前だっけ。鎖国してたならお構いなしだよね」
「姫さん、本当に何も情報ないのか?」
「あったとしても、私の知識は千年前のものよ?あてにならないわ。……まあ、一人だけスギノキ出身のやつが同盟関係にいたけど」
「同盟?」
「そ、ルーチェの国を攻め落とす時に、死ぬ気でスギノキから出国して生き延びた男の力を借りたことがあるのよ。でも義理堅いというか堅物というかとにかく面倒な奴で、『捨てた国とはいえ故郷の情報を売る気はない』とか言ってスギノキの情報は結局吐かなかったわ。ルーチェの国、聖光国ルミエールを攻め滅ぼした後はどこか行って、それ以来会ってないし。私が関わったスギノキの話はそれしかないわね」
千年前、世界征服まであと一歩まで近づいたお嬢ですらその詳細どころか漠然とした話すら知らない国。
全神国すら比較にならない、超秘密主義鎖国国家。
……凄く厄介。
「なんかもう……そんなに引きこもってたいなら放っといていいんじゃねえの?って気持ちになってくるな」
「うん。正直、共和国連邦と同じで最後に残しておいて、他の国全部ノアマリー様が支配してから大軍隊で攻めた方がいいんじゃないですか?」
「事前情報が全くないのに攻められないじゃない。その手法を取ったとして、仮に広範囲殲滅系の魔術師が複数いたらどうする気?私たち以外の軍隊は全滅するわよ」
何十、何百という艦隊を用意したとしても、強大な力を持つ魔術師一人に圧倒的有利な戦局がひっくり返されることもある。それがこの世界の戦争。
光魔法の超高速で、感知不可の攻撃で瞬く間に船を堕とせるお嬢とか、感染型のウイルスや細菌でいくらでも敵を蝕めるオトハ、落雷魔法で無数の雷を落とすだけで艦隊なんて簡単に沈められるリーフ、それに洗脳ですべての敵を味方に変えられる私も。
他の皆もやりようによっては多分出来る。そういう能力を持ってる敵が相手にいたら、数を揃えても意味がない。
だからこそ今、少数人数で向かうことに意味がある。
「だがよ、実際どうするんだ?潜入方法はかなり限られてるぞ」
「まあ、そうなのよねえ。やりようはいくつかあるけど……」
お嬢の考えに賛成の私は、スギノキに入国する方法を17パターン思いついた。
その中で、一番成功率が高くて有用なのは―――。




