第255話 日記
「で、そちらは何か見つけましたか?」
「首肯。こちらも妙なものを見つけた。こっち」
天井まで血が飛び散った廊下と部屋を、リーフに案内されるままに進んでいく。
想像よりはるかに早く攻略できてしまった。この分ならオトハのサポートにも戻れるし、ノア様との合流も近そうだ。
生体感知の反応が皆無なのを確認しつつ、リーフの後をついて行くと。
「ここ」
「これは……」
辿り着いたのは、まるで教会のような場所。
既存の教会の体積を半分くらいに縮小した、つつましやかな宗教施設だ。
中で人は死んでいなかったが、代わりにあちこちで本棚やいすが散乱している。
大方リーフが探し物のために吹き飛ばしたのだろう。
そして一番奥の左側、本棚があったであろう場所の裏側に、ベタにも小さな通り穴が見えた。
「主張、この奥にある」
「狭いですね……」
かがんでもギリギリの大きさだ。
リーフが先に通り、わたしがその尻を追う形で四つん這いで進んでいく。
抜けた先にあったのは、私が見つけたノートの部屋と同じくらいの大きさの、狭っ苦しい正方形の部屋。
ただ、その部屋は天井が高く、わたし三人分くらいある。
そしてそれと同じ高さだけ大量に積まれた魔導書の山が三つと、引き出し付きの小さな机と椅子だけがあった。
リーフはその引き出しを引き、中から紙束を取り出した。
「意見、これを見せたかった。もしかして例の異世界の文字なのでは?」
「どれどれ」
紙束を受け取り、目を通すと―――驚いた。
たしかにあの世界の文字だ。しかも。
「日本語ですね。これならわたしも読めます」
「おお」
さすがに十年以上使っていないので、忘れていたり知らなかったりする漢字もあるけど。
それでも、本当に久しぶりに触れる日本語だった。
「請願、読んでみてほしい」
「ええ」
わたしは分厚い紙束に目を向け、読み始める―――。
『○月×日。
あのジジイのロボット作りは順調みたい。流石は地球でもワタシが生きていた時代まで天才と呼ばれていた男だ。しかしそれにしたって「自身の死後から100年分のあらゆる科学知識」という転生特典の曖昧な知識だけでロボットを作るとは恐れ入る。最近は様々な魔法を解析し、その性質を科学で再現することを目標にしているそうだ。これ、あいつが満足する頃にはやばい破壊兵器になっているんじゃないだろうか?』
どうやら、ロボットを作った男と同じ時代にもう一人、日本人の転生者が存在していたらしい。
しかし……転生特典?
なんだそれは。わたしはそんなもの貰った覚えがない。
それとも、この平均よりも高い魔力と闇魔法がそれに該当するんだろうか。
『○月△日。
ジジイの様子が最近おかしい。どうも体が限界を迎えかけているようだ。《改造魔法》で自己改造を繰り返して若い体を保ち続けていたが、やはり細胞分裂の残存回数までは変えられないのか?いずれにしろ、もう長くはないだろう。しかしその前にやってもらうことがある。ワタシの魔法でもう少し寿命を延ばしてやろう。本当ははるか先まで生き長らえさせることも可能だが、流石のジジイもワタシの目的を知れば止めにかかってくるはず。改造魔法は脅威だ、悪いけどこのまま天寿を全うしてもらう』
どうやら、この日記の著者はロボットを作った男を利用するために近づいたっぽいな。
そして一番気になる文言―――『ワタシの魔法でもう少し寿命を延ばしてやろう。本当ははるか先まで生き長らえさせることも可能』。そんな魔法があるか?
可能性があるとすれば時間魔法だが、後で聞いてみよう。今は続きだ。
その後はロボットの製作者との話し合いや罵りなどが続き、そしてついにロボット制作者が倒れた、その直前の記述。
『●月◇日。
……駄目だった。《改造魔法》を用いてすら、ワタシの望む魔法は作れなかった。何故だ。何が足りない。百二十年もの間研究し続けているというのに、一体何が悪いんだ。こうして書き留めていないと、自分を保てなくなりそうだ。……なんら難しいことではない筈だろう?ワタシが知る限りでも、この世界の歴史で十人以上、あの世界からの転生は確認されている。その転生のメカニズムを解明するだけなのに、何故すべてが無駄に終わる。まさか、転生は神の御業だとでもいうのか。だとしたら、ワタシの人生はなんのためにあるんだ』
著者はまさか『転生』の研究をしていたのか?
何故わたしたちがあの世界からこの世界に記憶を持って生まれて来たのか。それを解明しようとして。
信じ難いが―――百二十年もの間、研究に身を費やした。
『望む魔法』という記述から、おそらく転生を魔法で再現しようとしていたのだろう。
あの世界に戻ろうと思っていたのか……?
とにかく続きだ。
その後は何十ページにも渡って研究と失敗を繰り返し、それを嘆いたり怒ったりする文章がつらつらと並んでいる。
次第に書き留められるのも数日おきになり、長い時には二か月以上飛んでいる部分もあった。
そして、二年分捲ったところで気になる記述を見つけた。
『□月▼日。
百二十年以上に渡る研究を繰り返し、あらゆる希少魔法の検証、組み合わせての複合などを繰り返したが、終ぞ転生の力をこの手にすることは出来なかった。歴史上に現れた転生者たちの情報から、こちらの世界とあちらの世界は時間の進み方がまったくことなり、不規則に変化していくことは確認している。もうわたしがいたあの時代は遥か昔に通り過ぎてしまった可能性もある。それを思うだけでその場で命を絶ちたくなる衝動に駆られる。……最後の研究に手を出すしかない。おそらく途方もない時間がかかるだろう。それが無駄骨に終わる可能性もある。もしそうだったら、潔く死のう。一人でいるだけのワタシの人生に価値などないのだから』
……文章は、後半に差し掛かるにつれてドンドン負の感情が顕著になっていく。
途中、いくつかの紙に水滴の跡があるのを見つけた。涙を流しながら書く姿が目に浮かんでくる。
また数十ページに渡って研究報告やメモが書かれていた。この世界で日本語はこれ以上ない暗号代わりになったのだろう、万が一奪われた時の対策だろうがほとんどがびっしりと文字のみで埋め尽くされている。
そして、ついにラストから数ページのところに―――。
『○月○日。
いける……いける!!まさか一人の人間がここまで強い力を発揮できる可能性を秘めているとは思わなかった。死霊魔術師の存在と長年の観測によって魂の存在は証明出来ていたが、それを犠牲にすることで、理論上では一時的にだがその辺の子供でも希少魔術師に対抗することができるほどの爆発的な瞬間魔力を引き出すことができる。しかし、これを魔法技術として確立させるにはまだまだ時間がかかるだろう。かなりの人数の実験台と希少魔法、何より時間と金が必要だ。さらなる研究のため、この国の王に取り入ろう。ワタシの魔法を使えば容易いだろう』
それまでの不安や焦燥を払拭するような文章が書かれていた。歓喜に満ち溢れているのを文字だけで感じる。
だが、記載されていることはかなり恐ろしい話だ。というか、魂を犠牲にして瞬間魔力を引き上げるって、それって……。
いよいよラストとなったページを、わたしは妙な緊張感を持って読んだ。
『■月■日。
ついに理論が完成した。魂だけでなく全身のあらゆるものを犠牲にすることで発動する魔法ブースト……「禁術」と名付けたこの技術を使えば、私の仮説が正しければ《闇魔法》《死霊魔法》《空間魔法》《強化魔法》《改造魔法》、そして《時間魔法》の使い手が魂を含める自分のすべてを犠牲にワタシが作った術式通りに魔法を発動し、その術式を組み合わせることによって、転生魔法を発動できるはずだ。しかし問題がある。六つの魔法中、五つはいい。希少魔法の中でも必ず百年に一度は現れる魔法だ。何故だか分からないがワタシに心酔している精神魔術師に使い手を操らせ、禁術を使わせればいい。抵抗できないよう、禁術を使うと脳内麻薬が異常分泌して頭が壊れるように設計したし抜かりはない。しかし《時間魔法》だけは話は別だ、二千年に一度しか現れない随一の希少魔法。この使い手が現れるまではわたしは魔法を完成させることができない。もどかしい。しかし、こればかりはどうにもできない。あちらの世界の時間が、わたしがかけた時間よりも遅くなっているのを願うしかない。なるべく早く現れてくれることを祈る』
日記は、ここで終わっていた。