第253話 ノート
『あっけなかったね』
「あなたがわたしの体に入ってくる以前では苦戦必至の強敵でした。ランドよりも実力は上でしょう。どうやら思っていた以上に出力は上がっているようです」
事実、ほんの一瞬とはいえわたしの闇魔法に抵抗した。
この要塞に来るまでは名のある軍人だったのだろう。
『あの時全神国でマジ切れしといて良かったね』
「その言い方辞めてください」
わたしは男の死体を漁って鍵を見つけてから遺体を消し、鍵を差し込んだ。
カチャリと音がして、押し込むと扉は鈍い音を立てて開いた。
偽の鍵や罠を警戒したが、なにも気配がない。二百年も侵入者がいなかった場所だし無理もないかもしれないが。
中は全く明かりがない、石造りの狭い廊下だった。
高さも私の身長ギリギリしかなく、横幅も片手を伸ばせない程度。
閉所恐怖症じゃなくて良かった。
暗さに関しては闇魔術師特有の暗視で関係ないので、ズンズンとまっすぐ進んでいくと、ツンとした油の匂いがすぐに鼻につき、この先にロボットがいるという話の信憑性が増してきた。
二十秒ほど歩いて角を右に曲がると、辛うじて物の輪郭が見える程度の薄暗さ(照明の明るさからの推測。わたしは普通に見えてる)、学校の教室くらいの大きさの部屋があった。
見渡すと、予想はしていたがそれでも驚愕の光景が目に飛び込んできた。
ロボットの残骸だ。足だけがないもの、バラバラのもの、完成はしているがチューブに繋げられているもの。すべて合わせれば地下のロボットの総数なんて軽く超えるであろう数のロボットのパーツが、部屋のあちこちに山のように置かれている。
天井を見ると……なんだあれ。
なんか、巨大な鳥かごとか螺旋階段の囲いみたいな、変な黒いのがある。装飾だろうか。
それとも、何かロボットに関係が?
『なにこれ、こんなにあったの?』
「失敗作か設計途中か、何かが気に食わなかったか……いずれにしろどれも動かないようですね」
『いやー、何が何だかさっぱりわからない。ステアとか主様なら分かるのかな』
「ノア様の天才が発揮されるのは人心掌握とか戦いですので、こういうのには疎いんじゃないんですかね。ステアは分かりません、多才な子ですし案外さらっと解き明かしてくれるような気もしますが」
わたしのような非才の身では、ロボットの仕組みだの機械の構造だのは皆目見当もつかないので、もう無視を決め込むことにした。
逆転の発想だ、「それ以外のもの」がないかを探そう。
ロボットの腕、足、胴体、腕、胴体、足、頭、足、胴体、腕、腕、頭、胴体、頭、腕、足、頭、胴体……。
「ろくなものがありません」
『技術的に見ればここにあるもの全部ろくがあるんだけどねえ』
「なんで本棚の中にまで足が入ってるんですか、肝心の本はどこにもないし。どんだけロボット狂なんでしょうねこの部屋の主は」
『まあ、頭はやばいやつだろうね。……あ、なんならボクが過去視してみる?』
「ああ、その手がありましたか。お願いします」
キリがないのでスイの提案に同意し、体を入れ替える。
スイは床に手をつき、《過去思念読解》を発動した。
「うん、うん……。うん?」
『どうしました?』
「いや、ほとんどこの部屋にこもってろぼっとを作ってる場面しか見えなくて……。ミントグリーンの髪色した短髪の男だよ」
『ミントグリーンってたしか《改造魔法》でしたか?なるほど、ロボット作りにはうってつけの魔法ですね』
「うわあ、マジでずっとろぼっとの研究してる……何日も飲まず食わずでよくやるなあ」
わたしにも断片的にスイの見ている場面が見えてくるが、本当に別の場面が映っているのかと疑うほどに変わらない光景だらけだ。
こんなにも見ている甲斐がない映像というのも珍しい。
……いや、待て。
『今、一瞬だけ彼がいないシーンがありませんでした?』
「あったね。ちょっと待って。ああここだ」
その場面には、男がいないことともう一つ違いがあった。
部屋の真ん中に階段があるのだ。人一人がギリギリ通れる程度の大きさの。
わたしは再び体を戻し、階段があった部分の仕掛けを―――見つけるのは面倒くさかったのでもう床を消した。
「これですね」
過去の映像通り、階段は存在した。
暗視で見る限りそう深くはなさそうだ。ここよりも小さい部屋が奥にあるだけ。
警戒しながらも降りてみると、本当に小さい―――二畳くらいの部屋に小さな机があるだけの部屋で。
そして机の上には、わたしたちが望んでいたものがあった。
「これは……ノート?」
『日記とかかな?』
手に取ってみると、さすがに推定数百年前のものなだけあって気を付けないと力を入れただけで破れそうなほど脆かった。
慌てて手を離し、スイに時を戻してもらう……が、流石のスイもただのノートとはいえ数百年もの時を戻すのは困難だ。
焼け石に水程度に丈夫になったノートを恐る恐る一枚開いた。
そしてそこには。
『……?何この文字。全然見たことないんだけど』
「これは―――英語です。わたしがかつていた世界で使われていた言語です」
90%の可能性が100%になった。
やはりここにいたのは、わたしと同じ異世界転生者。
しかも日本からではなく、外国から転生してきたらしい。
もう見ることもないだろうと思っていたあの世界の言語を再びこの目で見ることが出来たことで、驚くことに僅かに感動している自分がいた。
あんな救いのない人生でも、何か思い入れがあったのだろうか。
……まあ、一つ問題があるとすれば。
『へえ、じゃあ読んでみてよ』
「…………」
『?どしたの』
「……読めません」
『は?』
「いや、だから読めないんですよ」
『いやいやいや!だって君の世界の言葉なんでしょ!?え、なに?もしかして前世では字が読み書きできなかった感じ?』
「いえ、読み書きくらいは出来ました。ただし日本語だけですが」
『は?』
「その、ですね。こっちの世界と違って、かつての世界は国ごとに使ってる言語が違ったんですよ。だからお隣の国でも一から勉強しないと言葉が通じないんです。わたしがいた日本という国では日本語を使ってましたが、この文字はアメリカという国で主に使われてる英語という別の言葉なのでその……わたし、分からないんです」
『はああ!?何その面倒くさい世界!』
「ほんと、世界共通言語というこの世界の便利さには感服しますよ」
享年十四歳、英語なんて空港税関を抜けられるかどうかすら怪しいレベルの中学生に、こんな高難易度問題を突きつけられても分かるわけがない。
辛うじて『science beats magic(科学は魔法を超える)』とかの簡単な文章は読めたが、長い英文になるともお手上げだ。
「ま、まあ、とりあえず持っていきましょう。ステアなら何とかしてくれるかもしれません」
『ボクらさ、とりあえず困ったらステアに何とかしてもらうってスタンスそろそろ見直すべきだと思う』
「こればかりは仕方がありません」
こうなったら一縷の望みをかけてステアに解読作業をしてもらうしかない。
なんとなく頭に浮かんだステアが某猫型ロボットと被ったが、そんなことが出来そうなのはあの子しかいないのだからやむを得ない。
あの子がわたしたちにとってのほんやくコ○ニャクだ。
「他に目ぼしいものも無さそうですし、戻りますか」
『そだね。さっさとリーフと合流して―――』
――――ズゥゥゥゥン!!
「……なんですか今の」
『上からだったね』
その後も似たような音が連続的に聞こえてきて、ようやくこれが戦闘音だということを悟った。
しかし、おかしい。連続で聞こえてくるということは、この間ずっと戦い続けているということだ。リーフ相手に。
中小国なら一人で国民全員皆殺しに出来るポテンシャルを持つリーフ相手に十秒以上持ちこたえるなんてどう考えても異常事態だ。
「行きましょう」
『だね』
わたしはノートをタオルでくるんで鞄に入れて、急いで階段を駆け上がり、黒い扉を開けて部屋の外に出た。