第250話 問題ない
わたしとホルンという前例がある時点で、他にもいる、あるいはいた可能性が高いことは考えていた。
科学技術を用いて作り出されたロボットともなれば、たしかに真っ先に考えるべきことだったかもしれない。
「クロさん、どうしたんですの?」
「……これは、文字です。わたしがかつていた世界の」
「へっ!?」
「……納得。クロと同じ世界から来た者であれば、こんな妙なものを作れても不思議ではない」
「一つ確かなことは、これを作った異世界人と思しき者は、わたしなど比較にならないほど卓越した頭脳の持ち主ということです。少なくともわたしではこんな芸当は出来ません」
「何が何だか分からないものから何が何だか分からない新事実が出て来たのでよく分からないんですが、これ作るってやっぱりすごいことなんですの?」
わからないことだらけじゃないですか、とつっこみたくなったが、同じ立場ならわたしもそんな感じになるだろう。
この世界は魔法という文化はあるものの、産業も技術もなにもかもかつての世界に劣っている。
それで一からこれを作るとは、あの世界でも最高峰の頭脳を持っていないと無理だ。
例えるならそうだな。
「発明家版のステアだと思ってください」
「とんでもない天才じゃありませんの」
これで通じるの助かるな。
天才が身内にいてよかった。
「やはりこの世界には、わたしやホルンの以前にも転生者がいた。考えていなかったわけではありませんが、こんな風に明らかになるとは思いませんでしたね」
そう、考えていなかったわけではない。
だってこの世界には、かつての世界と共通する部分がかなりあった。
例えば言葉。『一石二鳥』とか、『二度あることは三度ある』とか、日本にあった多くのことわざや慣用句が、こっちの世界の言葉で表現されている。
わたしが知らなかったことわざも、日本以外の国で使われていたものが原型なのかもしれない。
恐らく、以前の転生者が使っていた言葉が元になっているんだろう。
そして、相手が転生者の知識を持っているとなると、今後の計画を大幅に変更する必要がある。
「リーフ。本来の作戦は、わたしたちはあくまで革命軍のサポート。裏工作や最低限の暗殺で勝たせ、あの要塞を堕とさせたところで主要メンバーを皆殺しにする予定でしたね」
「肯定。ウチたちの存在は極力隠した方が良いとクロが」
「変更です。ここはオトハに任せて、明日からわたしとあなたは政府軍本拠地のマッドナグ要塞に向かいますよ」
「え、私おいてけぼりですの?」
「疑問、なぜ?」
「ロボットだけならばまあよかったんですが、それが異世界人の知識の産物となれば話が変わります。もしかしたらロボット以外にもあるかもしれませんから、その存在を革命軍に一ミリたりとも見せたくありません。なので早々にわたしとあなたで要塞を攻略し、先に隅々まで調べて目ぼしいものを回収したいんです」
「思考、一理ある。しかしこっちをオトハ一人に任せるのは流石に危険では?」
リーフが少し心配そうにオトハを見るが、それはおそらく大丈夫だ。
仲間随一の冷静な判断力に加え、ドーピングによって高い身体能力を持つことができ、おまけに毒無効で空気すら自分で生み出せる。余程のことがない限りその辺の有象無象にオトハは殺せない。
正直、表立って動けない状況での後方支援や暗躍ではわたしやリーフよりもオトハは優秀だ。
「オトハなら問題ありません。ですよね」
「まあ、リーフが一言『彼女に従え』とでも連中に言ってくださればなんとか動かしますが。それでも行軍や政府軍との戦いのことを考えると、どう少なく見積もっても要塞まで二ヶ月ちょっとはかかりますわよ?」
「進路上の政府軍が全滅していた場合はどうです?」
「それなら三週間前後かと」
「では、要塞の調査が終わり次第わたしとリーフで潰しておきます。オトハはなるべく早く革命軍を要塞まで引き連れるように動かしてください。反対勢力を多少暗殺しても構いません」
「意外と過激ですわね。慎重派のクロさんにしては珍しい。ですが私としてもそこに異論はありませんわ、一刻も早く終わらせてお嬢様とあんなことやこんな罵倒を……フヒッ、フヒヒヒヒヒ……!」
「キモいのでやめてください」
「寒気、きしょい」
そろそろ禁断症状が現れ始めたんだろうか、ノア様を思い出してトリップする時間が長くなってきたなこの変態。
リーフにも大分慣れられてしまった。
「とにかくお願いしますよ。早めに終われば帰ってきますから」
「悦喜、未知の強敵と戦えるかもしれないと思うと血が騒ぐ……」
「過度な期待はしないでください。あとその闘争本能剥き出しの顔やめてください、うちでそういうのはルシアスだけで十分です」
「でも、お嬢様も意外と戦闘好きですわよね」
「まあ、ずっとリーフと決着を付けたがっていましたからね……あれ、そう考えると我々って8分の3戦闘狂なんですか?」
「そうなりますわね」
「……なんでしょう、今更ながら向こうの面子が心配になってきました」
こっちは基本的にノア様に対する大きすぎる各々の感情さえ目を瞑れば超一流の優秀なメンバーが揃っていた。おかげでわたしの心労は正直ほぼゼロだ。
しかし向こうは、安心と信頼の我儘主人ノア様ががいる挙句、横にいるのは強者を見るや戦いたがる随一の戦闘狂ルシアスと、ノア様がなにをやったってお構いなしのマイペースクール娘ステア。シンプルにマトモなのがオウランしかいない。
「オウラン、片思いのお相手に気持ちを伝える前に胃潰瘍とかで死んだりしませんかね。一番の心労の原因がこっちにいるとはいえ」
「なんで私を見るんですの?」
「驚愕、オウランに片思いの相手が」
言いたい。「あなたです」と。
「……まあ、なんとかなるでしょう。向こうにはステアがいますし」
『だよね、ステアいるもんね』
「そうですわね、ステアがいますから」
「同意、ステアなら安心」
わたしたちのどんな魔法よりも心強い魔法の言葉だ。
“ステアがいるから問題ない”。
「向こうの心配をしている場合ではありませんね、こちらもなるべく早く終わらせましょう。リーフ、明日は何があるか分からないのでしっかり休息を」
「同感」
異世界人の産物。
それもわたしのような凡人ではなく、天才が生み出したもの。
その価値は計り知れない。
なんとしても手に入れなければ。