第22話 水色の幼子
少女が指をさした方向に私たちは走り、あちこちを探した。
それこそ、路地からゴミ箱の中に至るまですべてだ。
しかし。
「………見つかりませんね」
「あの子供、私を騙すとは本当にいい度胸してるわ。クロ、アイツ探すわよ。そして体の通気性をよくしてあげるの」
「落ち着いてくださいノア様、遠まわしに体に穴開けるって言ってるんですか」
嘘を見破る特技があるわたしだから分かることだけど、あの子が嘘をついているようには思えなかった。
つまり、多分見たというのは本当。
この街のどこかに、まだ見ぬ水色の髪はいるはずだ。
「わたしはあの子が嘘を言っているようには見えませんでした、この近くにいるのは確かだと思います」
「まあ、クロがそういうならそうかもしれないけど」
その後の懸命な捜索も虚しく、夕方近くになるまでかかっても、水色の「み」の字も見つけることはできなかった。
「あー、もう面倒臭い。クロ、良いことを思いついたわ。この辺一帯を闇魔法で更地に変えてしまいましょう。そうすれば見つけやすくなるわ」
「そんなことできるわけないでしょう、正気にお戻りください」
このままではまずい。
ノア様が疲れとストレスで、光魔法を乱射とかやりかねない。
「ノア様、今日はそろそろ帰りましょうか。明日もあるんですし」
「馬鹿言わないでちょうだい。ここまで来て帰るなんて真っ平よ。徹夜してでも探し出すわ」
「いや、本当にそろそろ帰らないとノア様を心配する人がいっぱいいるんですが」
残念なことにこの人は、そうやすやすと事を運ばせてくれる人ではないし、変なところで頑固だ。
「じゃあ、そろそろもう一回休憩しましょう。せめて。本当に」
「まあ、そうね。どこか座れるところとかあるかしら」
「あそこに椅子があります」
このままだといろいろな意味で爆発しそうだったので、わたしはノア様を落ち着かせるために休憩を入れることにした。
椅子に座って息を吐き、お茶を入れてまったり。
これで割とストレスが抜けるから、人間ってすごい。
「はー、落ち着いたわ。クロの言う通りそろそろ帰った方がいいかしら。別に迷惑をかけるのはいいんだけど、怒られて睡眠時間が削れるのは勘弁だわ」
「迷惑かけないでください。ノア様が何かする度にわたしが怒られるんですからね」
ノア様も冷静さを取り戻し、状況が見えるようになって来たようだ。
転生者とはいえ、ノア様の脳は子供のもの。ちょっとしたことでストレスを抱えてしまうのは当然。それとうまく付き合っていくことこそ、わたしの勤めの一つ。
ちなみに同じ境遇のわたしは、前世でストレスをコントロールしないと生きていけなかったから、イライラしないように心がけてる。
「日も落ちます。明かりが少ないこの貧民街じゃ、夜は人探しに適しません。戻るのが得策かと」
「そうしましょうか、仕方ないけど。じゃあこれ飲み終わったらね」
「まあ、こういう話をして諦めかけたその時、ポロっと見つかったりするんですけどね」
「ふふっ、クロったら物語の読みすぎよ。現実でそれがあるとするなら無くしものくらいのものだわ」
ノア様とわたしは、疲れを忘れて談笑していた。
そしてそろそろ帰ろうと立ち上がり―――
―――ガコン。
音で後ろを振り向くと、二人の幼子が重そうに看板を持って外に出ているところだった。
夜開店の貧民街の大衆酒場といったところか。
しかし、あの看板を持っている片方、かなりの美少女だ。
姿は汚れているけど、子供なのに目がパッチリしていて、将来性を感じる。
そこに水色の髪色も非常にあっていて可愛い。
貧民街でもあれほどの逸材はいるんだなあ。
うん。
………うん?
「さ、帰るわよクロ」
「………」
「何を黙っているの?私帰り道覚えていないのだけれど、クロは抜かりないわよね?」
「………ア、様」
「え?なんですって?」
「ノ、ノア様」
「なによ」
「あ、あれ」
「あれってなによ」
「で、ですから、あれ。あれ!」
「だからあれって何かって聞いてるのよ。なに、指さして。人を指さすのはマナーが………悪………い………」
そう、その看板を持つ幼女の一人は。
水色の髪をしていた。
「い、いたあ!?いましたよノア様!」
「でかしたわクロ!」
幼女は疲れた表情で、一緒にいたもう一人と一緒に店の中へと入っていった。
「では早速!」
「ええ、行きましょう………と言いたいところなのだけれどね。ちょっと待ちなさい」
「え?何故です?」
「あの子たちの首、見て」
ノア様に言われるままに、幼子たちの首に注目する。
「小さな首輪?てことはあの子たちは」
「奴隷ね。これは面倒だわ」
「どういうことです?」
「クロも元々奴隷商のところで育ったなら知っているでしょう?この国の奴隷の所有権について」
ピンと来ていなかったが、ノア様の言葉でハッとする。
「なるほど。たしか奴隷の所有権は絶対的に―――」
「『購入者に完全譲渡され、何人も許可無しにその権利を侵害することはできない』。つまり所有権を持つ人間からは、たとえ貴族だろうが王様だろうが、奴隷を双方の納得と正当な取引がない限り奪うことはできない。私すら、あの子の主人と取引しなければならないわ」
「侵害した場合、たとえ貴族であろうと重罪。無理に連れて行って訴えられたら終わりですからね」
奴隷の首輪は、数少ない現代で製造可能な魔法アイテム。
首輪に所有者となる者の魔力を流し、特殊な刻印をすることによって、奴隷は所有者に一切危害を加えることが出来なくなる。
加えて、所有者が指定した範囲でしか動くことが出来なくなるという、極めて非人道的アイテムなのだが、奴隷制度が認可されているこの国ではそれすら合法だ。
「ただ、その恐ろしさゆえに厳正な審査を受け、試験に合格した者しか奴隷商人の免許は持てないんでしたっけ」
「ええ。免許なしに奴隷商人装ったのがバレたら問答無用の死罪。それほどのリスクがあるから、奴隷商人はこの国ではエリート職なのよねえ」
「同じ種族を売り買いする仕事がエリートなんて、世も末ですね」
「まったくよ」
ノア様はため息をつき、そして店に向かって歩き出した。
「どうするんですか?」
「決まっているでしょう、奴隷を解放する方法は二つ。主人が解放することを宣言するか、主人が死ぬかのどちらかよ。なら、お金払ってあの子の所有権を私に譲らせてから解放するしかないじゃない」
ノア様は歩きながらそう言って、腰にある財布を―――
「あの、ノア様。あなたさっき、調子に乗ってお金全部あの子供に渡しちゃってましたよね?」
「あっ」