第248話 分解開始
パッカパッカ……というのが、かつての世界でよく使われてる馬の擬音だっただろうか。
正直個人的にそうは聞こえないが、とにかくそのパッカパッカという感じで、わたしは馬にまたがっていた。
後ろの荷台には例のロボットが転がされており、動くたびに若干ミシミシと床が音を立てている。
既にこの荷台は重みで四回ほど壊れているが、その度にスイが直していた。
「そろそろ見えてくるはずですが……」
既に革命軍の基地を秘密裏に襲撃してこの馬車をかっぱらってから一日近くが経過している。方向が間違っているわけでもないので、恐らくそろそろ目的地に着くはずだ。
『あ、あれじゃない?』
「ですね。じゃあそろそろ降りますよ、敵と勘違いされて攻撃受けたらたまったものじゃありません」
わたしは手綱や鞍を外して馬を逃がし、荷台を消し、ロボットを引きずっていく。
『相変わらずおっっっっも……!』
『トン単位でしょうね。これから調べる以上重みを消すわけにもいきませんし』
『君、よく考えてね?ボクがいなかったらこれを徒歩で運ぶ羽目になってたんだよ?』
『……その点については感謝します』
ノア様の為ならと思っていたが、流石に精神論で何とかなるレベルの重さではなかった。
スイの我儘がなければわたしは道半ばで折れていたかもしれない。
『さて、後はもうリーフを呼んで運んでもらいましょう。もう面倒くさいです』
わたしは建物内に入ろうとして―――足を止めた。
出来ればこのロボットから、一瞬たりとも目を放したくはない。
わたしの予測が正しければ、これはこの世界の理解……いや、魔法と言う概念さえ超えたオーバーテクノロジーだ。
無生物であればわたしが触れている間に限り《消える存在》の効果は発動するが、離れてしまえば無防備だ。
出来ればこのロボットは、革命軍の連中の目には入れたくない。
『なんとかリーフだけ呼び寄せられないものですかね』
『リーフだけ?じゃあ簡単だよ、ちょっと気配遮断を弱めてみて』
『?これでいいですか』
『んで、あっちの本部に向けて思いっきり殺気を放ってみればいい』
『殺気って……そんなもの生まれてこの方はなったことありませんよ』
『全神国を国民ごと滅ぼそうとした口で良く言ったもんだね君。あのときの感じを思い出してみなよ、主様に対して随分な無礼を働いた連中があそこにいて、しかも主様から殺しなさいと言われてると思って』
そんなことを言われても。
取り敢えず言われた通りに、あのときの状況を思い出し、ノア様のことも考えて―――。
直後、凄まじい速度で基地の窓が壊れ、何かがこっちに飛んできた。
「きゃっ!?」
「賞賛。あれほどの殺気を放てるとは相当の実力者と見うける。ウチと……クロ?」
『ほらね、出たでしょ?』
『……なんか複雑なんですけど』
リーフ以外は騒ぐ様子がない。
弱めていたとはいえ気配遮断を使っていたから、常人の何十倍も勘が鋭いリーフだけが反応できたのか。
「疑問、なぜあんな殺気を?」
「あなたを呼ぶためです。ちょっと手伝ってほしくて」
「……?再疑、足元のそれは何?」
「今回一番の収穫です。革命軍にばれないよう、こっそり自室に運んでください」
「了解。あとおかえり」
「はい、ただいま戻りました」
リーフは暫くロボットを見て首を傾げていたが、やがてふわりと風で持ち上げて目にもとまらぬ速さで自分の部屋に投げ入れた。
……どう少なく見積もっても1トン以上あるものを風力だけで持ち上げて吹っ飛ばすって普通に考えたらおかしい。
あと、投げ入れられた部屋から「ぎゃあああ、なんですのぉ!?」と小さく聞こえてきたのはおそらく聞き間違いではないだろう。
「意見、とりあえず革命軍への報告は後で。まずはあの妙な人形について色々と聞きたい」
「そのつもりです」
「クロさん!帰ってたんですの?」
「はい、ついさっき。先ほど叫んでいましたが直撃しませんでしたか?」
「このみょうちきりんな人形のことですの?まあ問題はありませんでしたが、これは一体?」
「今から説明します。リーフもオトハも座ってください、重要な話です」
リーフの部屋で毒の研究をしていたらしいオトハにも声をかけ、リーフに防音をかけてもらい、スイに窓を直してもらったところで、わたしは見て来たすべてを話した。
「……魔法を再現する人形?マジなんですの?」
「はい。これはもう既に行動不能にしてありますが、十種以上の属性を使って襲って来ました。アルスシールを不動の国家たらしめているのは、この人形―――わたしのかつての世界で言うところのロボットが原因とみて間違いないでしょう」
「質疑、そのろぼっと?というのは、クロのかつての世界でも横行していたということ?」
「いえ、あの世界ではロボットはどちらかと言えば人々の暮らしを支えるためのもので、戦闘用というのは物語の世界である場合が多かったですね。なので中身がどうなってるかとか、そういう詳しいことは分かりません。ですが」
わたしはロボットに歩み寄り、艶やかな装甲をコンコンと叩いた。
「仮説が二つあります。それをたしかめるために、今からこれを分解します」
「一匹……一台?とにかく一つしかないのにいいんですの?」
「ええ、仕方がありません。まずはちょっと二人共手伝ってください」
継ぎ目のようなものをくまなくさがしたが、やはりなにもない。
しかたがないので指を二本闇魔法で切断し、二人に寄越した。
「この指をどんな方法でもいいです、破壊してみてください」
「まあ、やれと言われれば……」
「了承」
二人は若干戸惑いつつも、各々の魔法で破壊を試みた。
しかし。
「あ、あら?」
「……!」
指は、そう簡単に壊れなかった。
まずは雑な方法で壊そうとした二人の魔法ではビクともせず、二人が次第に出力を上げ、オトハの方はかなりの強酸を分泌し続けて五分以上かけてようやく溶解、リーフの方はポイッと投げて超高速の風で塵に変えるまでして破壊、という結果だ。
「な、なんですの、このやったらめったら丈夫な指」
「このように、このロボットの装甲は現代では考えられないほどに強固です。しかも素材が全く分からない。最低でもアルスシール政府を守るために二百年以上稼働しているにも関わらずこの程度の傷や汚れというのもおかしな話です。これらのことから明らかなオーバースペックであり、並大抵の兵士では一機すら破壊できずに蹂躙されてしまうということが分かります」
「納得。どうあがいても破壊できない敵がいたなら、革命軍が政府を打倒できなかった理由も説明がつく」
「ええ。そしてもう一つですが」
次に私は、ロボットの装甲の一部を消した。
するとそこには、わたしが予測していた―――しかし、出来れば間違いであってほしかったとんでもないものが見えた。
「……?これは、なんですの?」
「スイ。あなたは要塞に侵入した時、二十体以上のロボットの時を停止させていましたね」
『うん、そうだけど』
「おかしいと思いませんか?人間大の大きさのロボットの時を止め続けても、あなたはそんなに辛くないと言っていた。あれほどの火力の魔法を出せるロボットの時を同時に操っていたにも関わらずです」
『……そういえば』
時間魔法の性質的に、操作する対象の質量と魔力に反比例して自由度や消費する魔力が前後する。
あの火力をみるに、どう少なく見積もっても魔力量は70以上ある。
それほどの魔力を秘める相手を、十体くらいなら分かるが二十七体も止め続けるというのは、いくらスイでも難しい。
『どういうことなの?』
「これが答えです。このロボットに魔力は使われていない。つまり魔力が0だったために、スイでも止め続けることが出来たんです」
そしてわたしは、再び目を落とした。
配線や電気版らしきものが見えている、ロボットの中身に。
「このロボットに使われているのは、魔法技術ではありません。『科学技術』です」
次回お休みいただきます、すみません!
3の倍数の日に連載することにしましたのでもう1日ずらして、次回は6月3日予定です。