第245話 不動の要塞
誰も何もしゃべらなかった。
脱臼した腕と砕けた顎を抑えている男の唸り声以外は、なにも聞こえない。
呆気にとられたかのような静寂を、最初に破ったのはリーフだった。
「賞賛、よくやった」
「勿体なきお言葉です」
「しかしリーフ様、我々に対してこのような無礼を働いてくる輩がいるようなところに手を貸す必要はないのでは?今からでも政府軍の方に行くことを提案いたしますわ」
「ま、待ってくれ!いや、待ってください!」
機転を利かせたオトハの台詞に焦ったのか、リーダー格らしき男が慌てて立ち上がった。
「ジャム……この男は、こちらで厳罰に処します。なのでどうかご容赦を……!」
「ふむ。指摘、実害を被ったのはお前。お前が決めていい」
「このままでいいのでは。ここから政府軍の方へ行くのも面倒ですし」
「了解。彼女がこう言ってるので今回は大目に見る」
全員がホッとしたような顔をした。
だが同時に、懐疑や恐怖の感情が浮かんでいる。
「ちなみに一つお聞きするんですが、リーフ殿の名は聞き及んでおりますが、そちらの劣……いやお二人は一体?」
「説明、帝国暗部組織カメレオンの一員で、ウチ直属の部下。実力は二人とも保証する。先ほど見た通り、魔法が使えないからと甘く見ると痛い目を見る」
「恐れ入ります」
わたしとオトハがそれぞれ焼き印を入れた部分を見せると、連中は納得の顔をした。
カメレオンは帝国と縁がない国では半ば都市伝説扱いされている諜報部隊、誰が在籍していたっておかしくないからわたしたちのような髪色でも納得、という考えだろう。
「リーフ様、とりあえず我々の作戦を簡潔に説明しましょう」
「了承、よろしく」
「……やっぱりわたしがやるんですね」
仕方なくわたしは、机に広げられている地図に目を落とし、断りを入れて近くにあった駒も置いた。
「我々は先ほど、あなた方の居場所を探るためにこの駐屯地を訪れました。しかし異常を察知して確認したところ、全員が死亡しているのを確認しました」
「なにっ!?」
「遺体を調べたところ、ほぼ間違いなく死因は毒殺。しかも液体に混入された形跡がなかったため、毒ガス兵器の類いであることが伺えます。死後硬直の状態から鑑みて、ガスマスクを着けていた者を含む全員がほぼ同時に死亡していることが分かりましたので、かなりの即効性でしかも既存の対処法では防げないかと」
実際はオトハの仕業である毒ガスをあたかも政府軍の仕業のように言ってみたが、上手くいったようだ。
もしかしたら心の中でわたしたちを疑っているヤツもいるかもしれないが、一応は幹部になれる程度には強かった男を目の前でボコされた状況で疑いの言葉は出せない。思いのほか役に立ったなあの男。
「ですので、ここで固まっているのは危険です。あの規模の駐屯地を全滅させるだけの威力があるなら、ここに撃たれても壊滅的被害を受けることになるでしょう」
「……では、打って出るべきだと言いたいのですか?」
「まあ。ありていに言えば。乱戦状態に持ち込めば向こうも毒ガスは使わないでしょうし、なんなら本拠地を抑えてしまえば毒ガスがこっちで使えます」
「我々とて、それが出来るならばとっくにやっています。しかし政府軍の本拠地は鉄壁という言葉ですら語れない不動の要塞。だからこそ、政府軍は本拠地の周囲の周りをがら空きにしているのです」
たしかに、アルスシール政府の要塞の堅牢さは二百年不壊の歴史が証明している。有象無象がいくら攻め入ったところで、堕とすのは困難だろう。
だが、なにせこっちにはリーフという人智を超えた最強生物がいる。わたしとオトハがサポートすれば、彼女ならほぼ確実に二百年の歴史に幕を下ろせる。
そのためにはなんとかしてこいつらを政府軍本拠地に打って出させ、『政府軍は革命軍が倒した』という事実を作る必要がある。
しかしリーフは強すぎるあまりその実力を帝国、というかフロムからも隠されていたため、本来の実力よりも低く見られているから交渉がしづらい。
「このまま無策に全軍を動かせば、要塞を攻めあぐねている間に敵兵に挟撃されます。そうすれば我々は全滅するかもしれない」
「要塞にどのようなギミックや兵がいるのかはご存じないんですか?」
「ええ、なにせ侵入した者は誰一人として帰って来てませんから……」
聞いていた通りか。
嘘はついていないし、今の発言で目を逸らしたりしたのもいない。噂は本当だったということか。
「成程。では、少し偵察に行ってきましょう」
「え?」
「リーフ様が制圧できるレベルならそれで終わりですから。リーフ様、わたしが行ってきてもよろしいでしょうか」
「不可。いくらお前でも危険すぎる」
「虎穴に入らずんば虎子を得ず。すべては帝国の為、ひいてはあの御方のためです」
「……むぅ」
リーフは不服そうだったが、やがてため息をついて頷いた。
「ありがとうございます。リーフ様、お手数ですが魔法で運んでいただけますでしょうか」
「了解」
「それからオトハはここで待機です。可能だったら一人か二人誘拐してくるので、拷問して情報吐かせてください」
「わかりましたわ。……気を付けて」
「ええ」
わたしなら、闇魔法で気配を消し、邪魔なものも消し、怪我をしてもスイに入れ替わって時間魔法で治癒できる。
自分で言うのもなんだが、潜入という点でわたしより相応しい人材はいないだろう。
「鼓舞。幸運を祈る」
「ありがとうございます」
窓を開け、リーフが風を発生させるのを感じる。
「一週間かけて帰って来なかったら、あの御方に連絡を入れて判断を仰いでください。では」
リーフは頷き、勢いよくわたしに風を吹かせた。
わたしの体は一気に浮き上がり、凄いスピードで要塞のある北東へと進んでいく。
『ちょっとクロ、縁起でもないこと言わないでくれないかな。君が死んだらボクも死ぬんだよ?そもそもボクらの命は主様のものなんだから、あの御方の許可なしに死んだりしたら駄目だよ』
『最悪の状況を想定するのもわたしの役目です。未知の兵器に即死級の罠、考えられる可能性はいくらでもあります。でも大丈夫です、死ぬ時は一緒ですから』
『嫌だよ、君と心中なんて!』
『ならしっかりわたしをサポートしてください』
スイが頭の中でギャアギャア言うのを諌めながら時計を確認した。
リーフの魔法によって音速に近いスピードで移動しているため、景色がよく見えない。そのため、時間で距離を確認する必要がある。
革命軍と政府軍の本拠地の距離は約370キロ。このままいけば約20分で辿り着く。
残り2分になったところで《消える存在》を使うか。
『ああもう、わかったよ。いざとなったら全力で守るから、ちゃんと入れ替わってね?』
『わかってますよ』
時間を確認し、魔法を発動して気配を消去。
ほぼ同じタイミングで次第に風が弱まり、やがて霧散。わたしはふわりと地面に降り立った。
『あの向こうに見えるあの……でっか』
『あれが政府軍本拠地、マッドナグ要塞ですね。こうしてみると恐ろしく大きい』
大きさは、二十階建てマンションと同じくらいだろうか。
崖の下に作られていて、砲門や火薬がそこらにくっついている。
なるほど、不動の要塞と呼ぶにふさわしい姿だ。
『さ、行きますよ』
『はいはい』
その無敵の要塞に、わたしは堂々と正面から向かっていった。
現実に降りかかってくる問題を全てガン無視してプレイするティアキン、楽しすぎます。