第243話 焼き印
全ての情報を仕入れ、少し離れてから魔法を解除し、リーフとオトハの所に戻った。
「お待たせしました。何してるんです?」
「ああ、おかえりなさいませクロさん。ちょっと今、どうにかして水を生み出せないかの研究を」
オトハはバッグに常備している試験管を握って、その中に液体を生み出していた。
リーフはその液体の中に、その辺の砂粒を入れて。
「……駄目、気泡が出た。毒」
「かあーっ、やっぱり難しいですわね。無害だと思っていた液体なんて作ったことありませんもの……イメージが全く湧きませんわ」
「毒劇魔法は全魔法の中でもトップクラスに、イメージというのものがものを言うそうですからね。ならば二つの液体を混ぜ合わせて中和させるというのは?」
「ああ、なるほど!思わず一から作ろうとしていましたが、そういう考え方が!」
「盛り上がっているところすみませんが、後にするか体内でお願いします。スイのおかげで粗方情報が集まったので」
「関心、どうだった?」
「革命軍及び政府軍の本拠地、兵装など、色々と分かりましたよ。ステアがいれば即座に伝達できるんですが、口頭説明しなければならないのが歯がゆいですね」
「意見、それが普通」
「ですね。まあその話は道中でします。まずはその前に―――」
わたしは未だ集中から抜けきっていないオトハの肩を叩き。
「仕事です」
「はい?何のですの?」
当然の疑問を投げかけて来たオトハの問いに、駐屯地を指差して答えた。
「あそこ、殲滅してください」
「……はあ。まあ、やれと言われればやりますが。皆殺しにするならクロさんがやってくればよかったのでは?」
「毒で殺しておきたいんですよ。それからリーフ、帝国からいくつかの偽造用証書を渡されてましたね。一つ使わせてください」
「了解。でも何をする気?」
「革命軍に取り入ります」
「?……ああ、なるほど。そういうことですのね」
オトハは何度か頷き、リーフも遅れてハッとした顔をした。
「じゃあ、ちゃちゃっとやってきますわ。皆殺しで構いませんわよね?」
「ええ。出来れば気体で、しかも吸った瞬間に派手に吐血して苦しみ悶えるようなヤツを」
オトハは手をヒラヒラと振って応え、散歩でも行くように駐屯地の方へと向かっていった。
数分後、駐屯地から小さく悲鳴が聞こえ始め、わたしとリーフもそっちへと向かう。
「終わりましたわ」
「お疲れ様です。では連中の本拠地に向かいますが、その前にリーフ。適当に風で荒らしていただけますか?」
「承知」
リーフは要望通り、人が荒らしまわったようにかき回してくれた。
「じゃあ、もう察しているとは思いますが、歩きながら作戦を説明しますよ」
スイの情報を頼りに南の方へと足を向けながら、わたしは話した。
「結論から言いますと、これから革命軍に味方して政府軍を堕とします。さっき駐屯地を潰したのは、政府軍に強毒兵器があると革命軍に誤解させ、乱戦に持ち込ませるためです」
「乱戦状態にあれば、味方にも被弾する毒ガスは使えませんものね。敵味方入り乱れる戦いであれば我々も動きやすくなりますし」
「そういうことです。そしてリーフ、ここからはあなたが主体の作戦となります。あなたの立場を利用させてもらいますよ」
「了解」
「筋書きはこうです。ディオティリオ帝国は世界支配のため、戦争先進国・アルスシールの兵器を求めている。しかし内戦状態にあると国外に流すのは難しいため、政府軍か革命軍のどちらかに肩入れして内戦を鎮めようと考えた。しかし一ヶ所に固まっていることが多い政府軍と比べ、革命軍はかなり多くの拠点を持っているがゆえに潰しまわるのが面倒。故に手を組むのは革命軍と決定した」
無茶な理由と自分でも思うが、帝国の圧倒的武力を考えるとこれくらいの突飛な話の方が信憑性があるという判断だ。
内戦国とはいえ鎖国国家ではないアルスシールにも、ディオティリオ帝国という大武力国家の存在は知れ渡っている。
実際、オトハが拷問した連中も帝国の話は知っていた。
「しかし表立って力を貸すのはまずい。王国には勝ったとはいえ、かなりの戦力を失ったし、旧王国の反抗勢力もあります、大量の兵士を派遣でもすれば内側から食われかねませんから。……実際は反抗勢力はフロムと紅蓮兵団がほぼ皆殺しにしましたが。そこで、少数精鋭―――帝国最強のリーフを秘密裏に派遣することを決定した。これがこの場にわたしたちがいる理由になります」
「意見、ウチはいいとして、二人のことはどう説明する」
「『カメレオン』の一員として説明してください、カメレオンのエンブレムはフロムさんに頼んで焼き印を貸してもらいました。これです」
出発前、リーフを軸に作戦を立てる場合に備え、フロムに用意しておいてもらったものだ。
現在こそカメレオンであることを示すエンブレムは刺青だが、数十年前まではこれを使っていたそうだ。
炎魔術師が耐性を持っているため、付けるのに時間がかかるという理由でやめたらしい。
「ちょっ!それじゃ消えないじゃありませんの!」
「問題ありません、火傷跡ごとき後で闇魔法か時間魔法で戻せます。劣等髪についてもカメレオンの構成員ならいくらでも理由が立てられますからね」
「納得。魔法は使えないが腕は立つウチ直属の構成員とでもすれば辻褄は合う」
「ええ。後はわたしたちが乱戦の中で密かにサポートして、政府軍の戦力を削り、機が来たら政府軍本拠地に潜入・制圧し、革命軍を勝たせます。そして」
「革命軍の主要メンバーを殺す、ですわね?」
「理解が早くて助かります」
わたしが考える限り、内戦国を乗っ取る一番手っ取り早い方法だ。
どちらかに勝たせて国を治める立場を手に入れさせた後に中核を担った英雄、つまりその後に王や大臣になる資格を持つ連中を相打ちにでも見せかけて殺す。
そして適当な無能を選んでトップに据え置き、支援し、いずれはわたしたちがいなければ国が成り立たなくすればいい。
それだけで事実上の支配が完成する。
「疑問、向こうは未知の兵器も所有しているはず。その対処はどうする?」
「それですが、スイの情報を見る限りおそらく問題ありません。たしかに既存の魔法で防げないような高火力なものも多いですが、それはあくまで常人の話。あなたが防げないようなものはおそらくないでしょう」
この国よりも遥かに兵器技術が発展していたかつての世界ですら、リーフを傷つけられるようなものは少ない。
もしリーフを兵器で仕留めたいなら、絶え間なく核ミサイルを撃ち込み続けるくらいしか方法はないだろう。
そして情報の中で一番の優秀な兵器は、かつての世界でガトリング砲と呼ばれていたあれに酷似しているもの。普通の戦争なら一機で戦況を覆し得る恐ろしいものだが、生憎その程度じゃリーフはおろかオトハすら仕留められない。
「じゃあ早速焼き印を。オトハ、どこに押しつけてほしいとかありますか?」
「夕飯のリクエスト聞いてるんじゃないんですから!え、本当にやらなきゃいけませんの!?」
「目を瞑ってノア様に焼き付けられていると思ってください。ノア様によって普通なら消えない傷をつけられる、どうです?」
「とっっても興奮しますわ。……はぁ、なんでクロさんなんだか」
「我慢なさい。ほら、じゃあ太ももの裏側あたりにつけますよ」
「そんないきなり!?待ってくださいな、自分に麻酔かけますから!」
オトハが部分麻酔を施したのを見計らい、印を魔道具で熱し、太ももに押しつけた。
「あっづ!?え、麻酔かけてこれですのぉ!?」
「熱いですんだだけよかったじゃないですか、生身でやると本当にやばいらしいですよ。じゃあ次わたしです、この辺にお願いします」
服を捲り、へそと横っ腹の間辺りを指さした。
オトハは若干涙目になりつつわたしから印を受け取り。
「……クロさん、意外とエロい腰つきしてますわね」
「ぶっ飛ばしますよ。ほら、感覚消したので問題ありません。さっさと当ててください」
オトハはため息をつきながらわたしに押し当てる。
肉が焦げる音と匂いがして、数秒してオトハが離すと、カメレオンが木に巻き付く絵がわたしのお腹に刻まれていた。




