第241話 くだらない国
『ぐぎゃあああああああああああああ!!!』
『げぼえっ……クソックソッ……殺し、ぎいいいいい!!』
「じゃあ、『じょうとうく』で」
「返答、『くいどうらく』」
「くで六文字って他に何かありましたっけ……あ、『くちじょうず』」
「む……賞賛、なかなかやる。『ずいこうしゃ』」
「『やみぞくせい』」
『おえっ……は、はなじだ……全部話したよぉ……』
『があああああ!!ぐぼえっ!あああああ!!』
『ああもううっさいですわね!話が聞こえないでしょう!』
「問題、『この世界には上り坂と下り坂、どっちの方が多い?』」
「どちらも同じ数ですね」
「正解。この手の問題はどちらも引っかからなくてつまらない」
「じゃあ趣向を変えましょうか。『あなたは人食い魔獣に会いました。魔獣は「俺が今考えていることを当てることが出来れば食わないでおいてやろう」と言いました。さて、なんと答えれば食べられずに済むでしょう』」
「??……魔獣を殺す」
「いやそういう話じゃなくて。なんと答えればって言ったじゃないですか」
『がっ……ごっ……』
『あ、やばっ。解毒しないと……あーダメですわねこれは』
『ひっ!』
『まあいいですわ、代わりはまだいますし』
「むぅ……降参、全然分からない」
『あ、ボク分かった!』
「では答えです。自分を食べようと思っている、と答えればいいんです。正解なら食べられませんし、不正解なら食べようと考えていないということになり、どちらにしろ捕食を回避できます」
『よし合ってた!』
「感嘆、全然気づかなかった。良い問題」
「オリジナルはわたし考案じゃないですけどね」
『あーあーあー、きったないですわね。でもあらかた情報は引き出せましたし良しとしますわ。じゃあタイプ33を抽出して、と。《劇毒霧》』
『ぎげっ……』
『な、なんで、ぇ……!』
リーフ、スイとささやかなゲームを楽しんでいると、次第に小屋の中から聞こえる声が少なくなっていき、やがてブツブツ何かを言っているオトハの声以外しなくなった。
数分すると扉が開き、血臭と刺激臭と共にオトハが出て来た。
「終わりましたわよ。クロさん、臭いと服のシミ消していただけます?」
「お疲れ様です」
「慰問、ご苦労様」
要請通りオトハに付いた色々なものを消し、ついでに小屋の中の匂いも消す。
鼻を鳴らして大丈夫なことを確認し、わたしも中に入った。
「うわ……えっぐい殺し方してますね」
そこにあったのは、体中の穴という穴から血や涙、あるいは汚物を垂れ流して絶命している七人、安らかな顔をしている一人の死体。
ある者は首を搔きむしって傷だらけに、ある者は顔半分が溶解、ある者は目口鼻から尋常じゃない量の血があふれ出ている。
「一人は素直に吐いたんですね」
「ええ、私が助けたのだと勘違いしてまあぺらぺらと話してくださいましたわ。お礼に優しく安楽死させてあげましたの」
「脅威、どうやったらこんなに惨いことになる」
「そっちの方は全身が異様に痒くなる毒を首にぶっかけましたわ。あっちの方は強酸の類いを。こっちは出血毒を致死量まで打ち込みましたわね」
客観的に見れば間違いなく邪悪な残虐行為を行ったはずだが、当の本人であるオトハは全く表情を変えず、ただ淡々と事実を語った。
拷問が得意というだけでSではないオトハにとってあくまで拷問は情報を得るための手段であり、そこに加えて見知った人間以外の生き死にを心底どうでもいいと思っているオトハの性格も相まってのこの反応だろう。
わたしが言えた義理ではないが、なかなかこの子も壊れている。
「で、有力な情報は得られましたか?」
「まあ、大方は。なんとなーくですが、この国がどんな国かも輪郭を把握出来ましたわ」
「それは素晴らしい」
「疑問、一体どんな国だと分かった?」
リーフの質問に、オトハは何故か難しそうな顔をした。
やがて、何かを諦めたように額に手を当ててため息をつき。
「一言で言えば―――クッッッッッソくだらない国、ですわね」
「はい?」
「言葉の通りですわ。正直、軍事技術が無ければお嬢様に支配していただく価値もないような国ですわよ、ここは」
そう話すオトハの顔に出ていたのは、明らかな侮蔑の表情だった。
……珍しいな、オトハがここまで嫌悪感を露わにするとは。
好きの反対は無関心という言葉がかつての世界にはあったが、オトハはまさにそれを地でいっているタイプで、他人や物に抱く感情は基本的に『超超大好き』『好き』『心底興味なし』の三つだけで構成されていると思っていた。
私の知る限り、オトハがこんなにも嫌うというそぶりを見せたのはルクシアに対してくらいだし、それにしたって嫌悪というよりはノア様をつけ狙う相手に対する敵意と言った方が正しい。
そのオトハが、ノア様が関係していないところでここまで何かに対して蔑む顔をするとは。
「詳しく説明してくれますか」
「歩きながら話しますわ。革命軍のキャンプの位置を吐かせましたので、案内しますわね。……まずこの国は、噂通り兵器などに関しては非常に高度な技術を持っているようですわ。これを」
オトハは無造作に懐から何かを取り出し、それをわたしに渡してきた。
「質問、なにこれ」
リーフは首を傾げたが、わたしはそれに見覚えがあった。
ずっしりとした重量感、それでいて片手大の大きさ。
そう、前世でハンドガンとかピストルとか呼ばれていた類いの武器だ。
「小型の銃ですわ。ここをこうして、ここのトリガーを押し込むだけで弾丸を飛ばし、人を容易に殺傷できるとか。特に炎魔法の使い手なら、使い方次第では半身を吹っ飛ばすことくらいは出来るらしいですわね」
「ほう……」
この世界の銃は、前世で言うところの種子島に伝来した時のような銃が主流だ。
弓のように練習せずとも誰でも使えるという利点はあるが、重いし邪魔だし、まして魔法という文化があるこの世界ではあまり好かれるものではない。
だが、ハンドガンともなれば話は別だ。
「しかも最大八発まで連射可能。魔法の術式編纂中にも使っていられるので、今やこの国ではほとんどの人がこの銃を保有しているのだとか」
「驚愕、何十年も先を言っている技術。すごい」
「確かに、オーバーテクノロジーというほどではありませんが、十二分に驚異的なものですね」
「他にも色々とあるらしいですわよ、装甲で覆われた自動で動く要塞とか。技術のみに話を絞るのであれば、我々の数手先をいっているのは否定できませんわね」
そう褒めながらも、オトハの表情は険しい。
「それで?あなたがこの国をくだらないと断じる理由は何です?」
「……あんな下っ端から得た情報ですので、確証というわけではありませんわ。しかし、拷問した連中全員が―――」
オトハは一度動きを止め、深いため息を再びつき。
「……口をそろえて、『政府を倒すために戦っている』としか言わないのですわ。どうやらそれは、革命軍全員が似たような感じのようです」
……………。
ああ。
そうか、そういうことか。
なるほど、オトハが不機嫌になるわけだ。
「つまりあなたが言いたいのは―――倒した『先』を誰も見ていない、ということですね」
「ええ」
「……嘆息、オトハがくだらないと言うのも納得」
リーフもそれを聞いて呆れの表情だ。
革命において、既存の制度を壊すのはあくまで『過程』だ。重要なのは、その後にいかに平等や自由といったものに重きを置いた新たな制度を作れるかということで、武力による戦いはあくまで手段の一つでしかない。
だがこの国は、長く戦いすぎたんだろう。いつの間にか「新体制を作る」という目的が、「政府を倒す」こと自体が最終目的というように変わってしまった。
つまりこの国の革命軍は―――おそらく、壊した後のことを何も考えていない。
ここに不満があるからこうして欲しいとか、そういう思いによって動くべき兵士たちにこの国を変えようという意思がなく、ただ政府を壊すという義務感で動いている。
……なるほど。確かにくだらない。
一回更新お休みさせていただきます。
次回更新は4月30日予定です。