第238話 戦争先進国
「………」
「………」
「………」
「………」
「あー、リーフよ」
「……はい」
「まずはよくぞ無事で帰ったと言っておこう、うん。お前を失わずに済んだこと、軍人としても一個人としても非常に嬉しく思う。お前のことだ、しっかりお役目も果たしてきたのだろう」
「け、謙虚、ノアたちがいたからこそ」
「はっはっは、お前が謙虚などという言葉を使う日が来るとはな。お前の成長を感じられてうれしいぞ」
「かか、歓喜、フロム様に褒められると嬉しい」
眼がちっとも笑っていないフロムと、いつもの堂々とした姿が嘘のように縮こまって正座しているリーフを見ながら、わたしとオトハは我関せずと出されたお茶をすすっていた。
ときどきチラチラとリーフがこっちに目線を送ってくるが、こればかりはどうしようもない。
間違いなくリーフが悪いのだから。
「さて、じゃあお前を褒めるのはこれくらいにしよう。……ここからは説教だ」
「説教……」
「説教だ。特に―――」
フロムはリーフを抱き上げ、窓のそばまでぐいっと持って行った。
わたしとオトハも釣られて窓の外を見た。
いや違った、オトハはまだ残る船酔いを外の空気で誤魔化そうとしただけだった。
「……あの港に突っ込んだ、お前たちが乗っていた船についてな!!」
「………謝罪、ごめんなさい」
「ごめんなさいで済むか!!」
「ひうっ」
わたしたちが着港した場所は、まさに現在進行形で大騒ぎだった。
場所こそ皇族御用達の限られた者しか使えない場所だったから多くの人に見られたわけではないが、大破した船と崩れた港の後始末で多くの兵士が必死になっている。
その光景を見ながらお茶を一口。相変わらず美味しい茶葉を使っているが、どこ産だろうか。
「おい、そこで自分は関係ないとばかりに茶を啜っている二人!……片方はすさまじく辛そうだから一人!何故こうなったか説明しろ!」
「何故と申されましても。先に言っておきますが、わたしはむしろ止めようとしたんですよ。ほらあの船、帆がないでしょう?咄嗟に消したんです。あれが無かったら被害はあの程度では済まなかったでしょう」
「感謝、助かった」
「言ってる場合か!」
「まあざっくり説明しますと、帝国が迫ったあたりであの船の元の所有者である海賊共が一斉に海に飛び込んだんですよ。わたしたちの目撃情報を残すわけにもいかなかったので追撃する必要があったのだが、すっかりグロッキーになって『コロシテ…』とか言ってたオトハは使い物にならなかったのでわたしとリーフで狙い撃ちしたんです」
「……遮ってすまないが、オトハ君は何故そんなことに」
「船酔いとノア様がいない精神的ショックのダブルパンチです。で、見事全滅させるまではよかったのですが、それに気を取られまして。そしたらリーフが帆に風をぶっぱなしてたのを自分で忘れてて、気が付いたらもう止まれない段階に。船を丸ごと消すのは間に合わず、仕方ないのでリーフに頼んでわたしたちだけ脱出して今に至ります」
というわけで今回の件のどこに非があるかと聞かれれば間違いなく、自分で魔法を撃っているのを忘れるという、天才でなければ有り得ない失敗をしていたリーフだ。
「弁明。よく考えてほしいフロム様、この話で間違いなく事の発端は逃げた海賊。つまりウチに責任は―――」
この後、フロムの説教はリーフが半泣きになるまで続いた。
「……で、そろそろ話を聞こうか。ハイラント全神国はどうなった」
「条件次第では服従するという話を向こうが持ちかけて来たので、一応は飲みました。ですが帝国にも関係していることなので、ノア様からこちらをお預かりしています」
「ふむ」
わたしはノア様から受け取った、ハイラント全神国の自治と信仰の自由について、安全保障条約の締結、大陸資源の相互提供について書かれた資料をフロムに手渡す。
フロムはそれをパラパラと確認し、言った。
「たしかに。すぐに結論付けるべきものではないな、貴族や文官も交えて決議する。だがまあ、この程度であれば承認しても良いというのがワシの個人的意見だな」
ディオティリオ帝国の目的は世界の統一。だが、世界を全て手中に収めたとして、そのすべてを今まで通りの国家運営で管理するなど不可能だ。
だから要所要所に監視付きで自治を認め、運営させるという措置が絶対に必要になる。
それにあたって、宗教という政治と相反すると言っても過言ではない分野を任せるにあたって、全神国ほど適任もいない。ならいっそ最初から任せてしまってもいいかもしれない、という判断になりそうだ。
まあ、あの狂信ぶりは何とかする必要はあると思うが。
「それで、この話が最後になってしまったが。ノアマリー殿たちはどうしたのだ?」
「スギノキに向かいました。わたしたちはアルスシールに向かい、互いに攻略しようという話に」
「手分けしたというわけか、悪くない策だな」
「それで、帝国であればアルスシールの情報を掴んでいるだろうと思い、リーフの里帰りも兼ねて戻って来たんです」
「なるほど、帝国としてもアルスシールを何とかしてくれるのであれば好都合だ。あの国もまた、全神国とは別の意味で厄介者、いやさ厄介国だからな」
不動の国家アルスシール。
全神国のような秘密主義というわけではなく、外交にかまけている余裕がないので外に漏れるような情報があまりない、というのが現状のため、あまり情報がない。
分かっているのは、その内乱はわたしたちが生まれる遥か前から続いていること、それによって軍事技術の発達はおそらく世界トップだということだけだ。
「アルスシールは、言わずもがな世界で最も危険な国だ。比喩ではなく本当に血で血を洗うような光景が見られ、政府と革命軍が数十年周期で冷戦と戦争を繰り返す。そのサイクルが二〇〇年近く続いているらしい」
「にひゃっ!?」
「『戦争先進国』というのがあの国の別名でな。アルスシールの軍事技術力は、大陸最強国であるこのディオティリオ帝国の数段先を往っているそうだ。それ故にどの国も手を出せん、せいぜいがどちらかに簡単な物資を送る程度のもの。十五年ほど前、当時の『カメレオン』の首領が精鋭を引き連れて潜入し、二日で消息を絶ったという折り紙つきよ」
「クロさん、私たち今からそこ行くんですの?」
あまりの状況に僅かに気力が復活したオトハがわたしにそんな質問を投げかけてきたが、何も答えられるはずもなく。
「……潜入方法は何かありますか」
「それは簡単だ、国境から普通に入ればいい。入ってくるものを拒んでいる余裕などあの国にはないのだよ。最も、あの国から引き返すことが出来たのは全体の0.2%だがな」
「ご、五百人に一人」
「リーフがいれば死ぬことはないだろうが、現在は絶賛戦争期だ。十二分に、万全に、万難を排して、準備をしていかねば本当に危険だぞ」
……わたしも少しだけ、自信が無くなってきた。