第237話 船旅Ⅱ
海賊船に揺られ、手にコーヒーの入ったマグカップを持ってわたしは海を眺めていた。
爽やかな海風を感じながら湯気でなんとなく風向きを確認しつつ一口啜り、息を吐く。
実にまったりとした時間だ。船の制御は海賊たちに任せておけばいいし、嵐や方角もすべてリーフの魔法が解決してくれるのでわたしはやることがない。
そう、やることがないのだ。このわたしが。つまり休暇だ。
なのでわたしは今を最大限に楽しむため、早速景色を楽しむことにしたわけだ。
うーん、改めて見るとこの世界は美しい。
かつての世界、ビルや汚い川ばかりを見ていたあの場所に比べるとなんと素晴らしいことか。
うねる波の音。流れる白い雲。飛び跳ねる謎の綺麗な魚―――。
「オロロロロロロ!」
……人が珍しく自然に対するリスペクトを感じている時に、隣から自然から反した音がした。
いや、反したのは胃から口にかけてだが。
「……あの、せめて反対側でやってくれませんかね。こっちは飲み物飲んでる最中なんですけど」
「ず、ずびばぜ……おぶろろろ」
見てくれだけは清楚系美少女と言って差し支えない女が、わたしの隣でとてもじゃないが清楚とは言えない嘔吐を行っている女がいた。
というかオトハだった。
「そういえばあなた、乗り物酔いするタイプでしたね。もう完全に忘れてましたが」
『あー、そういえばオウランの耐性魔法でガードしてたんだっけ。でも今回はいないからこうなったと』
『これはわたしの魔法じゃどうにもなりませんし、それにかまけて酔い止めの研究しなかったこの子の自業自得でもありますね』
「はっ、はっ、はっ……うう、死んだ兄と父が川の向こうから一所懸命に橋をかけようとしているのが見えますわ……」
「そんな積極的に三途の川渡らせようとする人います?」
その兄と父を殺したのはオトハとオウランなので死ぬほど恨まれているのは当たり前だが。
思い出すな、二人に初めて出会った時のことを。こちらを警戒して、話も上手く出来なかった。
それが今は……今は……どうしてこうなったんだろう。
「うう……船酔いするわお嬢様はいないわ、地獄ですわ……ですがこれは試練。お嬢様のファーストキスを頂く試練なのですわ!おぷっ!」
「頬にキスってファーストキスに入らないんじゃないですかね」
「無理やりテンション上げて酔いを誤魔化してるのに無用なツッコミ入れないで貰えませんの!?あっちょっ、もう無理……」
先程までわたしが美しいと思っていた海に、汚いキラキラを盛大に吐き散らかしたオトハは、出すもの出しつくしたという感じで青い顔でその場に倒れた。
再び海に目を落としたが、さっきまでの海とはまるで違う景色に見えた。悪い意味で。
「……?疑問、オトハは何をしている?」
「ただの船酔いです、お気になさらず。いつもの自由奔放ぶりを考えたら丁度良い仕置きになるでしょう」
仕方ないのでオトハに肩を貸すと、リーフが伸びをしながら歩いて来た。
どうやら、帆に風を送るくらいならノールックノーモーションで出来るらしい。相変わらずの規格外ぶりだ。
「ほら、船室行きますよ」
「うう、面目ないですわ……」
「心配、顔が面白い色になってるけど大丈夫?」
「ええ、出すものは出したので後は―――」
「死ねえ!!」
「《静かなる暴風》」
「《死》」
「もう完治を待つだけですわ。もうちょっとしたら慣れそう……やっぱり無理かもですわ」
「ちょっ、ここで吐くのはやめてくださいね」
銃を握った死体を蹴り飛ばして海に落とし、オトハを船室に寝かせた。
気絶するように入眠したのでしばらくは大丈夫だろう。ずっとこんな風に大人しければいいのに。
「リーフ、連中ってあと何人残ってます?」
「回答、九人」
「随分減りましたね。でもそろそろわたしたちを殺すのは無理だと諦めたみたいです、怯えながら全力で仕事してますし」
「質問、彼らは帝国についた後どうする?逃がすか逮捕か」
「殺しますが。それ以外あります?」
「肯定、ウチも同意見」
帝国にさえ行ければ用済みだ、船ごとわたしの魔法で消し去ってしまおう。
数日前までのわたしだったらそんな芸当不可能だったが、今なら片手間だ。
「順調ですね。当初は三人だけだと不安でしたが、割と何とかなるものです」
「首肯、最大の問題児であるノアがいないからでは」
ノア様がいない。
その言葉を聞いて、再びわたしの胸にズキリとした痛みが走った。
『クロ?』
『なんでもないです』
「そのノア様がいなければ、問題行動の九割九分がノア様絡みのオトハも自然とマトモ寄りになりますからね。いっそこれからも引き離すべきか―――リーフ、後方に数発《暴風弾》を」
「げばっ……!」
「嘆息。残り八人」
「学習しなさすぎでしょうこの馬鹿共。これ以上減らすと操縦に支障をきたすので、次からはオトハに拷問させて従順にさせますか」
「同意」
なんか今のリーフへの指示、あれみたいだったな。
あの、前世の……名前が出てこない。ポ……ポ……ダメだ。
思い出せないということは、そこそこ大事な記憶だったのだろうか。
だが何故だろう、リーフが落雷魔法を使っているところを頭に浮かべると、何かを思い出せそうな気がする。
「クロ?」
「すみませんリーフ、ちょっとこう……身を震わせて全身から雷出してみてくれませんか」
「は?」
「いえ、なんでもありません。忘れてください」
困惑させてしまったことを詫びた。
我ながらなんて阿呆な要求を言ってしまったのか。どうも最近、前世のことを思い出そうとしてしまっていけない。もう一人の転生者に出会ってしまったからだろうか。
「リーフ、あとどれくらいで着きます?」
「予測、一日半程度」
「今から一日半だと夜になりますね。多少揺れてもいいのでもう少し短縮できますか?」
「肯定。だけどオトハがまずいのでは?」
「船酔いで死にはしないでしょう」
「納得」
リーフは船を加速させ、船室の中から「おぶえっ」という淑女とは思えないカエルをつぶしたような声が聞こえてきたが、努めて無視した。
ポ……ポ……なんのことなんでしょうね。
ちなみに全然関係ないんですけど作者は水タイプが大好きです。いや本当に全然関係ないんですけど。第一世代以外は一回目は絶対に水選びますね。第五世代とか性能微妙なの恨んだくらい見た目好きでリージョンフォームもらえた時は狂喜しました。いやほんと全っ然関係ないんですけどね?
一番好きなのはラプラスです。なんでSVにいないんだよ畜生。




