第236話 しばらくの別れ
昨日予約投稿入れ忘れてました、マジすいません。
「馬鹿も止めたところでノア様、何時頃出発なさるおつもりですか?」
「今すぐにでも出発と言いたいところだけど、スギノキは遠いから高速船を乗っ取る必要があるわ。そういう船を見つけ出すまでは、以前のあの宿で待機ね」
「分かりました。アルスシールはここからそこそこ近いですし、途中までは陸路が使えますから、わたしたちは出発してしまった方がよろしいでしょうか」
「いえ、あなたたちも何とか船捕まえて、アルスシールより先に一度帝国まで戻りなさい。フロムに事の詳細を話せば、アルスシールまでの道をサポートしてくれるはずだわ」
帝国に戻る、フロムに会えると聞いて僅かにリーフの目が輝いた。
「かしこまりました。ではとりあえず、この国を出ましょうか」
「一刻も、早く、こんな国……出る……あわよくば、国民、全員の、パンツ……穴開けて、やりたい……」
「もうステアが色々と限界だからマジですぐに出た方が良さそうだな」
「可哀想に。大丈夫よステア、船旅中はいっぱい甘やかしてあげるから元気出して?」
「ん!」
ノア様は相変わらずステアにだけは異様に甘い。気持ちは分かるが。
「んー……!ようやく出られたわね」
「透明化を使ったにも拘らず、謎の勘でこちらに目を向けてきた化け物みたいな国民が数人いましたね」
「絶対、二度と、来ない」
「次に来ることになったらステアは入れないようにしましょう」
ハイラント全神国を色々からがら出国し、わたしたちは以前世話になった街のそばまで戻ってきた。
「よっと。戻ったぜ」
「ルシアス、どうでしたか?」
「姫さんご所望の高速船は三日後に来るそうだ。それまで俺たちは待機だな。んでクロたちの方だが、良い船があったぜ」
岩陰で休んでいると、偵察に向かわせていたルシアスが転移で帰ってきて、集めた情報を話し始める。
「良い船ですか」
「おう、都合がいいことに見えるか見えないかギリギリのところにこっちに向かってきてる船がある。多分ありゃ海賊船ってやつだな」
「根拠は?」
「旗にドクロ描いてありゃ誰だってそう思うだろ」
「そうですか。……はて、ここからは見えませんが」
「ん?ああ、俺が見えるギリギリだからな。常人は分からねえだろ」
そういえばこの超人、五感もおかしいんだったか。
「じゃあ入港してくる前にまとめて乗っ取って帝国に行かせましょう。リーフ、オトハ、準備を」
「了承」
「はーい」
……その船に乗ってしまえば、しばらくノア様たちとはお別れか。
――ズキン。
「クロ」
袖を引っ張られてはっとすると、引っ張っていたステアが心配そうにわたしを見ていた。
わたしはステアの頭を撫でて笑って言った。
「いってきますね、ステア。ノア様の言うことをちゃんと聞くんですよ」
「……ん。早く、帰って、きて」
「ええ。ささっと終わらせて戻ってきます」
しょぼんとした顔をした可愛いステアの頭に手を乗せたまま、ノア様の方を見る。
「行ってまいります、ノア様」
「ええ。気をつけていってらっしゃい」
ふっ、と笑って心底安心しているような声色でそう言ってくれるノア様の御顔に、わたしへの信頼が表れているのを見て、胸にあった謎の痛みは消えた。
ステアからも手を放し、一つ伸びをして、後ろを向く。
「オウラン、私がいない間お嬢様をしっかり守るんですのよ。もしお嬢様にかすり傷一つでも追わせたら、その数だけあなたの恥ずかしいヒミツをリーフに話しますわ」
「やっていいことと悪いことの区別もつかないのか!しっかりお守りさせていただくからやめてください!」
「じゃあノア、ウチがいない間に死んだら殺すから」
「やあねリーフ、私が死ぬわけないじゃない。あなたこそ勝手に死んだら八つ裂きにするわよ」
後ろで物騒な会話が繰り広げられているが、そろそろ時間だ。わたしの目でもギリギリ分かる距離まで海賊船が迫ってきている。
「ルシアス、お願いします」
「おう。おーいオトハ、リーフ、お前らもはよ来い!固まってくれねえと転移できないだろ!」
ノア様に愛の言葉を百回囁いてからとかふざけたことを抜かし始めたオトハの首根っこを掴み、リーフの側になるべく寄る。
「じゃあクロ、何かあったら連絡しなさいね。スイもよろしく」
「はい、主様!万事ボクにお任せを!」
仕方ないので一瞬だけ切り替わってやり、すぐに元に戻った。
「ではノア様、あなたもお気を付けて」
「ええ」
「お嬢様、約束をお忘れにならないでくださいませ!もし終わった暁には、わわわわわ私の頬に、キ」
「《転移》!」
ルシアスのその声を最後に、わたしたちの目の前がぐにゃりと曲がり、気づいた時には。
「な、なんだ!?突然現れたぞ!」
既に海賊船の上だった。
ノア様たちは―――岸の方に目を向けても姿が映らない。分かってはいたが若干悲しい。
「疑問、どれくらい減らす?」
「とりあえず半分ほど。総人数がわたしたちを除いて……四十三人ですね。二十人ほど殺します。残りはオトハが麻痺させてください」
「……なんか釈然としませんが承りましたわ。ルシアスあの男、タイミングというものを弁えたらどうですの!ええい八つ当たりですわ!!」
「では、《蒔かれる終わり》」
かつては不完全で、四十人そこらを殺すだけで随分な量の魔力を持っていかれていたこの魔法も、今や構築の時間すら一秒程度で済むようになった。
これだけでもハイラント全神国での体験は無駄ではなかったということだろう。
だからといってもう一度行きたいかと聞かれれば首をねじ切るつもりで横に振るが。
「なんだあ、こ」
「え?」
十作った死の種子が寸分たがわず十人に着弾し、全員一瞬で死んだ。
「オトハ、甲板に出ている他の全員を拘束。リーフは中に入ってもう十人ほどてきとうに殺してきてください」
「了解」
状況が全く呑み込めていない海賊たちを気にも留めず、リーフがゆっくりと船の中に入っていき。
直後、水が噴き出てくるような音と断末魔が同時に十回ほど聞こえて来た。
「はあ……ステアがいないと本当に何かと不便ですね」
「クロさん、全員の麻痺完了しましたわ」
「ご苦労様です。じゃあ後は死人を海に放り投げるので手伝ってください」
「うわあ……クロさんって本当に容赦とか情けとかないですわね」
「そんなものであの御方を守れるなら身に付けてます。ほら、死体の体重を消したので簡単に投げられますよ」
殺した十人を全員を海に突き落とし、死体の中の空気を消して全員沈めた頃、船室の中から顔を真っ青にして血まみれのむさい男が十人と少し出て来た。
最後尾には勿論、彼らにトラウマを植え付けた張本人であるリーフ。風で吹っ飛ばしたのだろう、彼女自身に血は一滴も付いてないが、男たちにものすごい量がべっとりくっついているので、相当むごい殺し方をしたに違いない。
「謝罪、四方八方に血が飛び散って掃除せざるを得なくなった。しばらく船室が使えない」
「何してるんですか、勘弁してください」
「失礼、つい」
「でもまだこんなに人数がいるのですから、彼らに掃除させればいいではありませんの」
「血の匂いって結構残るじゃないですか。ちゃんと換気してくださいね」
普通に考えたら、まだ何もしていなのに突然現れた連中に仲間を半分殺されて、しかもその過程で発生した血肉の掃除をさせられるという彼らの境遇は同情に値するが、ノア様のために可及的速やかに行動しなければならないわたしたちにはあまり関係ない。
「ふ、ふざけんじゃねえぞ……なんなんだてめえらはよぉぉぉおお!!」
堪忍袋の緒が切れたのか、一人の巨漢がわたしたちに剣を向けてきたが。
「《死》」
もはや指を向ける必要すら無くなったお気に入り魔法で殺し、海賊たちは更に阿鼻叫喚だ。
「ふ、副船長!」
「チクショウ……なんだよ、これ……」
「ああなりたくなければ働いてくださいね。とりあえずわたしたちをディオティリオ帝国まで運んでください、そうしたら解放して差し上げます。オトハ、リーフ、あれ消しといてください」
リーフの風にオトハが強酸をぶっこむことによって出来上がる人体溶解洗濯機でドロドロになっていく副船長とやらを見て、他の男たちは泣きわめきながら船を動かすために各々の責務に戻っていった。
一回分お休みさせていただきます。
一日繰り下がった帳尻を取るので一日繰り上げて、次回更新は五日後の4月9日予定です。